8.勝敗、そして
「かんぱーい!」
コップを片手に近くのNPCと乾杯を交わす。
相手は身体がモフモフとした獣人や傍らに杖を置きローブをまとっているNPC。
つまり、先程まで戦っていて敵だったファンタジー勢力のNPCたちだ。
アンリを含めた味方のNPCが戦場に向かった後、ほんの数分で決着が付いた。予想通りファンタジー側の勝利で。
数分しか保たなかったのは、やはりそれまでに時間がかかりすぎて消耗していたせいだろう。
作戦を提案した俺としては申し訳ないと思う。
戦闘が終了して参加していたNPCが全員復活した後、俺はユニから酒場に呼ばれた。
聞くところによると、いつも戦闘が終わった後には敵味方関係なく盃を交わすらしい。
前回もあったみたいだが、ユニが誘うのを忘れていたと言っていた。
知らない間に現実の世界へ戻っていた俺も悪いが、忘れられていたのは正直悲しい。
「今回はあんたとチュートリアルの娘が指揮をしてたんだってな! まさかフィールドのイベントを使ってくるなんて、やられたぜ!」
豪快に笑いながら俺の背中を叩いてくるゴリラの獣人NPC。
腕であるにもかかわらず俺の足以上の太さを持っていて、なおかつ獣人特有の腕力の高さで叩かれるのはシャレにならない。どこか骨が折れるんじゃないだろうかと思うくらいの衝撃だ。
コップの飲み物が半分以上こぼれてしまった。
確かに俺が作戦を考えたり途中の指示もしたが、ユニの実力ということにしておいたほうが良いだろう。
そのために機能の実装やアドバイスをしたわけなのだから。
そう言おうとした瞬間、俺の背中に何かが覆いかぶさってきた。
「そうなのー! 私、がんばったの! すごいでしょー!」
酔っ払ったユニだった。
ユニが両腕を俺の首に回して密着してくる。
背中に感じる胸の感触がとても気持ちいいが、隣にいるNPCは羨ましいのか睨まれるような視線が痛い。アンリからの視線はそれ以上に痛い。
「ユニ、落ち着いてください。今日はがんばりました、お疲れ様です」
「でしょー。えへへー」
とりあえず褒めておいて、ユニを俺からやんわりと引き離す。
酒のせいか、頬がほんのり紅くなっていて妙に色っぽい。
それにしても、この飲み物はアルコールだったらしい。
まだよくわかっていない世界なので飲んでるフリをして手を付けなかったが、酒ならばとても飲みたい。
最近会社にずっと居るので、こういうタイミングでしか飲めなさそうだ。
ここにはたくさんのNPCたちが居るので、この世界がどういう世界なのか聞きつつ何の酒なのかも聞いてみよう。
で、もし安全そうならば飲ませてもらおう。
「みなさん、この世界って――」
「やあ、みんな楽しそうにやってるね」
どういう所なのか聞こうとした瞬間、老人のような声に遮られてしまった。
「あ、シープさん! 見てましたか!? もうちょっとのところで勝てそうだったんですよ!」
俺を遮ったNPCは、シープだった。
白い髪と白い髭が特徴的で右手に持っている杖も相まって、いかにも仙人のように見える。
まあ実際は、ただの物知りおじいさんだ。
「ああ、見てたとも。今回は勝てなかったが次は勝てるんじゃないのかな?」
「はい! 次は絶対に勝ちますよ!」
ユニが今回の戦闘で負けたことを気に病んでいるようでなくて良かった。むしろ次は勝利を目指すと意気込んでいる。
勝負には負けたが結果は良い方向に向かったみたいなので、俺の実装も無駄ではなかったことがわかって一安心だ。
「ユニ、そんな君に朗報だ。正式に指揮官としての役割を与えられた」
「はえ?」
ユニがポカンとした顔で、返事なのかよくわからない間抜けな声を上げた。
漫画みたいな口を開けたマヌケな表情が可愛い。本物の人間ではできない、NPCならではの表情だ。
「どうも新しい機能として、この街にもプレイヤー間の戦闘が追加されるようでな。隣街のコンポネと同じ仕様と聞いている」
「えっと……」
「プレイヤーとNPCが協力して、あるいはプレイヤー対NPCとして戦闘をするイベントということだ。そしてNPC側の指揮官役としてユニ、君が設定されたようだ」
「……はあ」
ポカンとした表情のまま返事を返しているが、これはおそらく理解が追いついていない顔だろう。
これが俺が実装した最後の機能。
プレイヤーとNPCが混合で戦闘をする突発イベント。
元々はプレイヤーが次に向かう隣街の【コンポネ】にあったものだがそのままコピペして、この街のイベントとさせた。
俺の考えとしては、このイベント実装自体は保険のようなものだった。
もし戦闘に負けて落ち込んでしまったら、こういうイベントが実装されたので次はプレイヤーと一緒にがんばりましょう。と励ますつもりだった。
今の状況を見る限り、無くても良かったが考えたとおりになるほうが少ないので仕方ない。
「良かったですね、ユニ。やはりユニは必要なNPCだと思われているんですよ」
「う……うん」
いまいち信じられていないようなので祝福の言葉を送るが、ユニはまだ戸惑っている。
「そっか……喜んで良いんだよね? これって嬉しいことなんだよね?」
「ええ」
ユニの顔がゆっくりと笑顔になっていく。
やはりユニは明るい笑顔が良く似合う。この笑顔を見れただけで今回がんばったかいがあるというものだ。
「……そうだよねっ! あなたのおかげだね、ありがとう!」
よほど嬉しかったのか、ユニは勢いのまま俺に抱きついてきた。そして、その柔らかな唇を押し付けられた。
◆◆◆
仮眠室の椅子の上で目を開ける。
目の前には見慣れた机と時計が置いてあった。始業まではまだ余裕があるようだ。
NPCたちとの宴会の最中、ユニからキスをされたと思ったら俺の視界が白くフェードアウトした。
そして目が覚めたら、いつもの場所に戻ってきていた。
ここ最近は仕事ばかりで忙しくて恋愛やらのそっち方面はご無沙汰だが、アレは間違いなく唇の感触だった。
もっとも頬にされたのでスキンシップの延長線だろう。
今回も、あの世界のことを事細かく覚えている。
夢なのかどうかとまだ疑問が少し残っていたが、今回の出来事で確信に変わった。やはりあれは夢なんかではない。
ゲーム世界に召喚、転移とでも言うのか。まるで漫画やアニメのようだ。
向こうへ行ったのはこれで二回目。
夢では無いとすれば、誰かが何かのために俺をゲームの世界に入れていると考えた方が無難だろう。
俺自身にゲーム世界にいけるような力を持った覚えは無く、そんな装置も無い。
本当に漫画やアニメのような現実とは思えないようなことが何回も起きていると確定したのならば、不思議な力を持った何かが関与していると考えたほうが推測はしやすい。
ならば、何のために。
なぜ、俺が選ばれたのか。
なぜ、あの世界なのか。
俺はそんな事を考えながら、落ちてくる瞼に逆らうことができず、もう一度眠りについた。