7.起死回生
「みんな下がって!」
チャットアイテムの青い水晶を通じて、ユニの叫びが戦場のNPCたちへ伝わる。
既に作戦を知っているため、戦っていたNPCたちが即座に敵から離脱しこちらへ向かってきた。
土石流は俺が追加した山に複数あるイベントのひとつ。
一概に土石流といっても種類があり、さながら映画の様にプレイヤーの後ろから土砂が襲ってきて巻き込まれれば即死したり、見た目は同じでも一切ダメージは無く、その場に土や岩が積もるだけで進行の邪魔をするだけというものもある。
元々雪山から雪を消して普通の山として使用しているが、仕様自体は雪山の時のままになっている。
雪山では定期的に雪崩が起きるようになっており、その原因は地震や台風などの街で起きる自然災害をトリガーに設定されている。
そして今回、土石流を起動させたトリガーは豪雨。
豪雨で発生した土石流には多少ダメージがある。
本来なら、一番範囲も大きくダメージも大きい山の頂上にあるアイテムを入手した瞬間に起きる即死イベントを起こさせたかったが、頂上まで行くのは骨が折れるので妥協した。
それに即死ではなくなるが、ここは最初の街にいるNPCなので大きなダメージも必要無いだろうという理由もある。
実際に見たことはないが、半端ではないほど危険なことは離れているこの場所から見てもよく分かる。
土煙の薄くなった部分からNPCたちが土砂に飲み込まれているのが確認できた。
全ては見えないが、時折隙間から覗いている輝く光を見るからには相手のNPCたちを多く巻き込めているのだろう。
それにしても、プレイヤーとNPCの判別処理は無いのは助かった。そのおかげで余計な処理を入れずにコピペだけで済んだ。
元の場所ではNPCが近くに居ないからバグでは無いと思っておこう。
ユニの指示によって味方のNPCたちが後退し、俺たちの居る場所へ集まってくる。
しかし、これまでに時間を掛かりすぎたのか集まっても元々の一割程度しか残っていない。
それに集まったNPCたちも鎧の一部が欠けていたり、服がボロボロだったりと満身創痍なのが見てわかる。
「言われた通りにしたが、敵は倒せたのか?」
集まってきたNPCのひとりが訪ねてきた。
一応どんな作戦かは事前に教えてあるので心構えは出来ていたはずだが、ギリギリまで後退させなかったことに少々怒っているように見える。
ユニは土石流の方に釘付けになっているので俺が応えておこう。
「山の土砂が落ち着くまで待ってください」
「後ろにいた奴だな……ユニ、こいつ何者だ? 初めて見るが……」
訪ねてきたNPCが目を細めて睨みつけてくる。
このNPCの名前は確か【アンリ】。
俺より少し高い身長だが腰まである目立つ真紅の髪で顔立ちや目つきなどは、ユニに良く似ている。
男っぽい話し方だが女性のNPCだ。種族としては騎士。
一応、アトストアの中で最強と設定されているNPCだ。
最強ならば一騎当千くらいしてほしいところだが、ゲーム全体で見れば下の上程度なので仕方ない。
最初の街の最強なんてものは、たかが知れている。
「うん、前に話した新人君だよ……待って、見えてきた」
雑な紹介をされた。
そういえば名前も言っていなく、ユニからはずっと新人君と呼ばれているので仕方ないのかもしれない。
それに、ユニからすれば俺の事よりも重要な状況だ。
というより、前に話した言ったが俺の何を話したのだろうか。ユニは俺のことを全く知らないはずなので気になる。
ユニの言うとおり、土煙や土砂が落ち着いてきて見通しが良くなっている。
砲撃によって起こした土煙の効果時間はかなり長い設定になっているはずだが、雨のおかげか戦場を覆う土煙はほぼ無くなっていてよく見渡せる状況になってきた。
「あっ!?」
ユニの声が驚きの声をあげた。
その声につられて俺も目を凝らす。
戦場の中心近くで小さな膨らみを作った土砂の向こう側には、こちらの残存NPCの倍以上の数の影が見える。
土石流のイベントだけでは相手を全て倒せなかったようだ。
やはり土砂の範囲が狭いのが原因か。
山の麓まで土砂が流れ込んでくるがそれほど大きな範囲では無いので、おそらく山から遠くにいたNPCが生き残ったのだろう。
実のところ、この結果自体は予測はできた。
土石流の範囲と時間から全滅とは言わずとも残党討伐で勝てる程度までには減らせる確率的の方が高いはずだった。
しかし、結果としては防御重視で戦っていたはずだが残った味方の疲弊も思っていたより大きく、相手の残存勢力もこちらの倍以上。
このまま戦い続けても時間の問題なのは目に見えている状況になっていた。
運の悪いことに、良くない方の確率を引いてしまったようだ。
「さて、ここからは私たちの出番みたいだな」
アンリが肩に大剣を担ぎながら俺たちの前へ出た。
アンリに続いて残っていたNPCたちも前に進みゆっくりと構える。
全員がボロボロながらも、その後ろ姿らは大きく見えて頼もしく感じた。
出番と言ったが、かなり絶望的だ。
この街で最強のNPCと言えど複数の敵との戦闘は厳しい。
それにアンリ以外のNPCは、アンリ以下の能力値だ。倍以上の数を相手にしては無謀に等しい。
「アンリちゃん……」
ユニがアンリへ手を伸ばしながら見つめる。
顔立ちが似ているからか、まるで姉を心配する妹のように見えた。
「ユニ、お前はここまでよくやってくれた。過去にこれほど勝てそうな戦いは無い。お前のおかげだ」
「だけど……」
ユニには、この作戦が終わった時に味方より敵の数が多かった場合、ほぼ負けると作戦を説明したときに言ってある。
だからこそ、この状況で勝てる見込みが無いのをわかっているはずだ。
「私たちを信じろ」
だがアンリの一言は、そんな心配を払拭させるかのような力強い言葉だった。
ユニへ向けるアンリの表情は、ユニが俺に向かって『勝ちたい』と言った時にそっくりだった。
「……うん。がんばって!」
「ああ! 任せておけ!」
ユニの頭を軽く撫でた後、アンリは残ったNPCたちとともに雄叫びを上げながら戦場へ向かっていった。