6.耐える戦い
「ねえ、こんなので本当に勝てるの?」
ユニの勝ちたいという気持ちを確認した後、俺は考えていた作戦をユニへ教えた。
それを聞いた一言目がこれである。
ユニのために考えたのに『こんなの』扱いされるとは心外だ。
「さっきも言いましたけど確証は無いです。勝てないモノを勝てるかもしれないまで持っていくだけです」
「聞いた限りではそうなんだろうけど、それまで耐えられるかわからないよ?」
「その辺も教えたNPCたちの短所をうまく使ってください」
作戦を伝えると同時に、ユニには相手であるNPCの短所を教えてある。
たとえば魔法使いならばMPの消費量や魔法のクールタイム。獣人ならば技を出した後の技後硬直の時間など。
細かくは教えていないが作戦を実行するとなれば、それなりに役立つ情報なはずだ。
「というか、よく知ってるね。そんなことシープさんですら知らないと思うよ」
「まあ同じような立場ですからね」
他のNPCの場所を教えてくれるだけのNPCと、ゲームのことをほぼ全て知っている製作者の俺と比べてはダメだと思う。
俺がクリエイターの一人だと教えてもいいが、なぜこの世界に来ることができるのかまだわかってない。迂闊なことは言わないほうが良いだろう。
「あれ? 案内役って聞いた気がするけど?」
「あー、複数の役割を持っているんですよ」
記憶力が良い。適当に言った設定なのによく覚えているものだ。
「私と比べると悲しくなるくらいの優遇さだね……。まあ良いよ、今から楽しいことが始まるんだもの」
良いポジティブさだ。こっちとしてもあまり深く掘り下げられると説明に困る。
設定とかを考えるのは苦手なので、どこかで墓穴を掘りそうだ。
「さあ行こうか!」
ユニが右手の握り拳を掲げながら元気な声でそう言い、俺たちは戦場に向かっていった。
◇◇◇
「みんなはここで待機、前衛が崩れたら援護して。あー、ダメダメ。真ん中くらいで相手と戦ってね、死んでも下がっちゃダメだからね」
ユニは戦闘に参加するNPCに作戦通りの配置を教えながら戦闘準備を行っている。
ついでに敵側の短所も教えてるようだ。本当に記憶力が良くて羨ましい。
いつもと全く配置が違うのでNPCたちは戸惑っているようだが首を傾げながらも指示に従っている。
それにしても死んでも下がるなというのも、すごい指示だ。
言われたNPCたちも気にしていないところを見ると、自身がNPCなので死ぬことはないというのを理解してるから言うことができるユーモアなのかもしれない。
「そろそろ始まるよ」
「そうですね」
指示をし終わったユニが俺の横へ来た。
今回は櫓は無い。
置ける場所が無いというものもあるが、櫓の上から見ながら指示が必要ないということもある。
「みんな……がんばって……」
ユニの小さな呟きが横から聞こえる。
不安そうなユニの言葉に応えようとした瞬間、戦闘開始を告げるだろう爆発音が響き渡った。
「後は待つだけだよね?」
「それまで全滅しないように耐えるのが前提ですけどね」
作戦とは言ったが、ある重要な出来事が起きなければ始まりもしない作戦だ。
ゆえに今回のNPCたちの配置は、いつも通り攻めと守りに分かれているのではなく時間稼ぎとして全NPCが守りを重点に置いて全滅しにくようになっている。
しかし、それだけではファンタジー側の勢力との身体能力の差は埋まらない。
ファンタジー側の勢力とまともにぶつかりあって倒されず戦い続けるのは、ほんの一握りのみだろう。
事実、戦場を観察すれば主力となる中央のグループは相手をこちらに全く寄せ付けていないが、その両サイドにいる他のNPCは数度鍔迫り合いや撃ち合いをすると倒されてしまう。
いつもよりは時間がかかっているようだが誤差程度だろう。
「ユニ、砲撃班へ指示をしてください」
俺は口出しをしないとも言ったし、するつもりもなかったが少しまずい。予想より倒される数が多すぎる。
このままでは作戦を決行する前に全滅してしまう。
「指示? なんて言えばいい?」
ユニも俺と同じ気持ちなのか、早口で焦りが見える。
「右側の山へ向かって砲撃をしてください。あの辺は崩れやすいので土煙のようになり目くらましになるでしょう」
「わかった。砲撃班、右側の山へ向けて大砲を撃って! 他のみんなは、その後に横に広がって! できるだけ仲間の背中を守り合うように固まって! 周りが見えなくなるから自分自身を守ることを最優先にして!」
手に持っていた青い水晶のようなものにユニが叫ぶ。
確かあれはグループチャットをする時のアイテムだったはずだ。ここだと文字ではなく音声の通信手段として使われるようだ。
ワールドチャットはアイテム不要でいつでもできるが、その他のチャットはアイテムが必要になっている。
チャットくらい普通にしても良いと思うが、ディレクターの考えることはよくわからない。
ユニの指示の下、砲撃が山へ撃ち込まれて山に積まれていた土が巻き上がり、思惑通り戦場へ覆いかぶさる。
ユニは俺の言ったこと以上の指示を出した。
守りを重点に置くとなると互いにフォローしていくほうが時間が稼げるが、土煙で敵味方が見えないときは味方の邪魔にならない様に自分の身だけを守ったほうが生存率も上がるということだろう。
後ろからの攻撃は仲間に任せろという指示でもあるが、仲間たちの信頼関係を知っているからこそできる指示だ。
ユニ自身、指揮官の適性がないと言っていたが、そんなことはないと思う。十分にやれている。
実を言うと砲撃を指示した山は、この場所に存在しなかった。
この戦闘の為に俺が追加したものだ。元々は別のフィールドにある山をそのまま持ってきて、ここに配置した。
この山自体には複数のイベントが付与してある。その内の一つがこの土煙。
山の頂上にはアイテムが設置されていて、頂上までたどり着くことにより入手ができる。
アイテムはレアなため、木々に紛れてモンスターが襲ってきたり土煙で視界を悪くして迷わせたりと、それなりに攻略難易度の高いものになっている。
土煙の発動トリガーはいくつかあるが今回は山へ砲撃で振動させることによって発動させた。
他にもイベントが仕込まれているが、まだ条件が足りない。
そんなことを考えていると俺の頬にポツリと何かが当たった。
「ユニ!」
「間に合った!」
ユニも気付いたようで俺と顔を見合わせる。
いつも以上に華やかで楽しそうな笑顔だった。
ポツリと当たったそれは、そのインターバルを短くしていき戦場を埋め尽くしていく。
そう、俺たちが待っていたものは『雨』。
もちろん通常の雨ならば誰も待っていない。
しかし、ここアトストアで降る雨は辺りを数十分で海に変えるような豪雨が起きるようになる効果が付随している。
これも俺が新たに追加した特別イベントだ。
アトストアの街は最初に訪れる街であり、低レベルのプレイヤーが多く居る想定で作られている。
だが高レベルになっても再度訪れてもらいたいという建て前のもとに生まれたのが、このイベント。
一定確率で豪雨が発生し、街が水浸しになった後に特定のアイテムを使用することで高難度クエストが発生するという隠し要素だ。
同じようなクエスト発生方法が他の街にもあったのでそのまま移植してきた形になっている。確か元々は雨ではなく雪だった。
とはいえ、今回は必要なアイテムを持っていないため豪雨のみを使わせてもらう。
この戦闘の為に雨が降る確率を上げているのでバレたら怒られそうだが、まあバレる前に戻せば良いだろう。
豪雨なだけあって、すぐに足首まで水位が上がってくる。
足元の地面が見えなくなってきたのを確認し、俺はユニへ目配せをした。
ユニも頷き返しながら青い水晶へ再度指示を送る。
「みんな、合図をしたら後退して!」
その言葉の数秒後、それは発生した。
大きな揺れと音が件の山から響き渡り、戦場へ雪崩込む。
そう、これが俺たちの待っていた勝利のための起死回生イベント。――土石流だ。