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5.勝つために

 


 ディレクターに機能追加の許可をもらい、ゲームへ反映させた。

 そして、その後には滞っていた他の機能実装やバグ修正などをしていた。

 その最中、ふと疑問に思う。


 どうやって試すのか。


 そう、ユニの笑顔を見る事だけを考えてプログラムを組んでいたが実行方法を考えていなかった。


 俺が追加した機能は俺にしかわからない。

 運が良ければ、場所や時間がハマってうまく出来るだろうがそれは厳しい。

 機能を作っていた時は俺がその場にいるという前提で考えていた。

 しかし落ち着いて考えると実行するには、もう一度ユニに出会って伝えなければならない。

 どうやってユニに会いに行くか目の前の仕事のことを忘れ、頭を抱えながら考える。


「先輩唸ってますけど、どうしました?」


 いつもの癖の声を出してしまうことはなかったが唸ってはいたようだ。

 後輩のメイが後ろまで来て声をかけてきた。


 彼女の名前は【白崎メイ】。

 俺と同じファントムリコードのプログラマーであり、三歳下で大学時代の後輩だ。


 黒髪のショートヘアで人懐っこそうな優しげな目元が特徴的であり、身長が俺の肩程までしかない小柄な女性だ。

 こう言うと当人は怒るが、俺にとっては妹みたいな存在だと思っている。


 女性のプログラマーは珍しいが、メイはプログラミングスキルがとても高い。

 どこぞのリードプログラマー泣かせなくらいには頭が良い。

 代わってほしい、切実に。


 俺のそんな気持ちを知らずに、メイはよく俺の席へ来る。

 距離的には近くない席だが、社内の唯一の女性プログラマーで人見知りということもあって女性が多くいるデザイナー席へは行かずに気心の知れた俺の所へ来る時間が多い。


 まあ、俺も数少ない素で話せる相手だから悪い気持ちはしない。

 むしろ今は気持ちがリフレッシュできるのでありがたくはある。


「ああ、完成させた機能があるんだけど、それの実行方法が思いつかなくてな」


 いつもなら歳下の相手でも癖で敬語になるが、メイは別だ。

 もう五年以上の付き合いになり、敬語はやめてくださいとも言われてるので普通に話している。


「実行方法? いつも通り普通にやれば良いんじゃないんですか?」

「まあそうなんだけど」


 確かに普通ならばゲームをプレイするだけで動作の確認は可能だ。しかし、今回は違う。いつも通りなんてものはない。


「ん? いつも通り?」


 前にユニと出会った時はいつもより早く仮眠室へ行き眠った。あんな早い時間に仮眠室へ行ったのは働いてから初めてのことだ。

 眠った時間も長く、眠ろうとした時間も早かった。

 それがトリガーだとしたならば。


「メイ、今何時だ?」

「え? もう定時はとっくに超えてて、八時近いですね。だから先輩の席に遊びに来たんですけどね」


 遊びに来たということは、今日のタスク全部終わったらしい。

 定時過ぎてやることないならば家に帰って自分の時間にすれば良いと思ってしまう。


 今は八時過ぎ。前回は九時前くらいに仮眠を始めたはずだ。

 条件は大体同じだろう。試すとしたらちょうどいい。


「先輩、本当に大丈夫ですか?」

「ああ、ちょっと眠くてな。寝ぼけてたみたいだ」

「……あまり無茶しないでくださいよ、先輩。体調崩されると困りますからね」


 その体調の心配は俺が休むと、メイがリードプログラマーの位置に立って頼られることになるからだろう。

 おそらくメイならそう考えているはずだ。


「そんなわけで俺はちょっと寝てくる、遊びに来たってのに悪いな」

「いえいえ、体調が悪いときに邪魔するほうが悪いですからね。今日は帰ります」


 体調が悪いわけではない、眠気も普通だ。

 だが、ユニのことを考えるならば今しかない。

 メイには悪いことをするが何かで埋め合わせをするとしよう。

 前みたいにメイの家へ行って飯を作るのが良いかもしれない。メイは壊滅的に料理が苦手なので、おそらく喜ぶだろう。


「では、お疲れ様です。先輩も時々は家に帰った方が良いですよ」

「ああ、おつかれ。タスクが無くなったら帰るとするよ」


 メイと挨拶をし合い、俺は仮眠室へ向かった。



 ◆◆◆



 確信は無かった。

 前回と条件が同じならもしくは、と思うくらいの曖昧なものだった。


「……また、来ることができたな」


 前と変わらない、きらびやかな建物と多くのNPC。現実では見られないような光景はいつ見ても目を見張る。

 二回目ともなり、この世界のことを詳しく調べたいと思ってもいるが、まずはユニのことを片付ける。


 まるで積まれたタスクを順番に処理している気分だ。


「あれ? 新人君じゃん。全然見なくて、どこ行っちゃったのかと思ったよ」


 これだけのNPCが居るのだから見つけるまで時間が掛かるだろうと思っていたが、前と同じ場所で見つけることができた。

 自由に動けるとはいえ、制限みたいなのがあるのだろうか。それも後で調べてみよう。


「よかった、ユニさんを探していたんですよ」

「もうユニで良いって言ったでしょ、敬語もやめてもいいんだよ? 私たちは同じNPCなんだから上も下もないのよ。というか探してた? 私を?」

「そうです、あなたを探してました」


 会うのは二回目だが、いつもながらユニは饒舌で透き通る良い声だ。

 聞き惚れそうになるが、今はそんなことよりも重要なことがある。


「あのですね、ユニさん――」

「ユニ!」


 変な所を拘る。

 まあ、この世界に居ることができる時間もわからない。無駄な言い合いは極力少なくしよう。


「ユニ、あなたはチュートリアル説明の役割に不満を持ち、自分がやりたいと思った他のNPCと戦うことを選んだ。しかし、戦闘能力は無いため指揮官の役割をやることにした。そうですよね?」

「うん、前に話した通りね」


 これは確認だ。

 ユニの見せた涙を思い出せば確認はいらないだろうが、早とちりをして後悔したことは多くある。再度確認は必要だ。


「指揮官の役割を他のNPCから任せてもらえた、しかし勝てない」

「そうだね」


 ユニが不機嫌そうな顔になる。


 当たり前だ。

 ユニは自分が何も出来ないから負けたと思っている。

 それは役割が違い適性が無く、うまく指揮ができていないから。

 そんなことはユニ自身がよくわかっているはずだ。それを第三者から言われれば不機嫌になるだろう。


「もし……もし、勝てる作戦があると言ったら、その案に乗りますか?」


 ユニが目を見開く。

 信じられないとばかりに俺を見つめた後、何かを考えているように視線を足元へ落とした。


「ただし、確実に勝てるという保証は無いです。最後は完全に運です。それと私は作戦を提案するだけで実行と動きの指揮はユニにやってもらうつもりです」


 俺が指揮をすれば間違いはない。

 しかし、それでは意味が無い。ユニにやってもらわなければ解決にはならない。


 正直な話、俺が指揮をしても勝てる保証はやはり無い。

 プログラムと仕様が許容できるギリギリを攻めてはいるが、かなり分は悪い。


「どうしますか?」


 俺の本心としてはやってもらいたい。この為にプログラムをして機能を実装したのだから。

 だが無理強いは嫌いだ。やるかやらないかは、ユニ自身に任せる。


 足元へ視線を落としていたユニがゆっくりと顔を上げ、俺の方を見る。

 その目には何か強い意思がこもっている様に見えた。


「……勝ちたい」


 いつもの元気なユニからは想像できない、小さな呟き。だがそれは力強い言葉だった。


「勝ちたい! みんなと一緒に勝ちたい!」


 胸の前で拳を握り、再度自分の意思を表明するユニ。

 その拳は震えるほど固く握られていた。

 ユニの意思の確認ができれば、俺の返す言葉はひとつだ。


「勝ちましょう」




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