4.ゲーム世界から現実世界へ
見慣れた天井だ。
どうせなら夢が続くか、本当に異世界へ行ってファントムリコードの天井を見たかった。
両手を上げ、グッと背を伸ばす。
手元にある時計を確認すると短針は九時より少し前の場所にあった。
確か眠りについたのは定時から夜の九時頃。つまり半日近く寝ていたことになる。
仮眠のはずが、ガッツリ眠ってしまったようだ。
久しぶりにゆっくり寝たからなのか身体の疲れは取れている気がする。
タスクが山積みだが体調も良いことだし、どうにかなるだろう。
再度、グッと背伸びをしながら昨日の夢を思い出す。
ユニがいなくなり、ファンタジー側の勝利を見た後、俺は知らない間に現実へ戻っていた。
いや、夢から覚めたのだろう。
「……あれは本当に夢だったんだろうか」
俺が今作っているゲーム、ファントムリコード。
プレイヤーから話しかけることはあっても、NPCがプレイヤーに話しかけてくることは無い。
自分がNPCとしてプレイすることなんて、もっと無い。
それ以前に現在会社で目覚め、これから仕事をしなければならないのだ。
夢以外には考えられない。
そのはずなのだが。
「リアル過ぎた」
ふと、考えが呟きとして漏れる。
そう、リアル過ぎた。
俺は夢を見ることが少ない。見たとしてもほぼ忘れてしまう。
だが今回の夢は驚くほど細かく鮮明に覚えている。
遠くから見ているにも関わらず肌を震わせるNPCたちの雄叫び。
花火をした時のような火薬の匂いや、爆風によってめくれあがる土の匂い。
そして、本当の人間のような涙。
「……」
操作方法を教えてくれるチュートリアルキャラとして配置場所から消えるという謎のバグを起こしているNPC。昨日の夢に出てきたユニ。
ユニが見せた悲しい笑顔と涙が頭から離れない。
眠気がまだ残っているのか、俺は昨夜の出来事を夢だと信じきれていなかった。
他人が聞けば馬鹿げていると思われるだろう。
しかし俺は何も不思議とは思わず、ただユニを笑顔にすることだけを考えることに夢中だった。
◇◇◇
あれからずっと仮眠室でユニのことを考えていたが、十時近くなり他の人達も出社し始めたらしく遠くから話し声が聞こえてきた。
「そうだな、とりあえず仕事をしないとな」
そう自分に言い聞かせながら洗面所へ向かって顔を洗い、会社に常備している携帯食で軽く朝食を取っておく。
俺も仕事を始めようと自席に戻り、昨日の夜に放り出していたユニのバグを再度調査し始めた。
「どうすれば笑顔になるのか」
また独り言を言ってしまった。
どうもプログラマーになってから独り言が多くなった気がする。
近くの人がまだ出社していなくて良かった。もし居たらまた生暖かい目で見られる所だっただろう。
ユニはチュートリアル説明のNPCとしての役割を持っている。しかし、それは不要なものだとユニは言う。
確かに俺自身も不要だとは思っている。だが役割を外すわけにはいかない。
そんなことをしたら多数の人達に迷惑をかけてしまう。現状バグとして出ている。
進行不能ではないので直接的には関係ないが、進路通りに進めないため迷惑には変わりない。
ユニ自身が出した結論は、チュートリアル説明の役割を放棄して戦闘の指揮官の役割につくことだった。
ただし、その指揮官は正規のものではないためうまくいかない。
ユニにとっては八方塞がりも良いところだろう。
「ならばどうするか」
「なにか言いました?」
「いや、なんでもないです。バグをどう直そうかと思ってて」
結構な時間を思いふけっていたようだ。周りの空いていた席が埋まっていた。
独り言を言っただけで、そんな目で俺を見るなと言いたいがやめておこう。
ユニ自身は何もできないだろうが、俺ならば違うアプローチができる。
なにしろ、俺はこのゲームのプログラマーなのだから大抵のものは作ることが可能だ。
新たな処理を追加すればバグが生まれやすくなる問題があるが、その部分の解決方法も思いついている。
『ユニとの出来事は夢のはず』と思っていたことをさっぱり忘れ、俺は頭の中で構想を浮かべながらキーボードを打ち始めた。
◇◇◇
とりあえず機能はできた。
デザイナーやプランナーに迷惑がかからず、プログラムも俺の担当範囲で完結する。
あとはディレクターに相談するだけだ。
あまり気が進まないが、黙って勝手にやっては怒られてしまうので報告をしに行かなければならない。
俺の席からそれほど離れていない位置に座っているディレクターの席へ向かう。
いつ見てもふてぶてしい格好だ。髪はボサボサ、身体はまんまるで達磨のように見える。
これでいて世間では、それなりに有名なディレクターというのが解せない。
「うん、良いんじゃない? この街には少なかった要素だし、プレイヤーにとってもおもしろいものだと思う。それに影響は少ないんでしょ?」
重い足取りで報告をしに行ったが、何を考えているかわからない表情のまま軽い返事であっさりと許可がもらえた。
右手には湯気が立っているコーヒーを持っているが、体型が横に広いのでまったく似合わない。
炭酸飲料でも飲んでいたほうがよっぽど様になっている。
「バグが出ないとは言い切れませんが、出にくいですね」
「じゃあ、良いよ。追加しておいて。進捗共有会での資料も作っといてね」
「わかりました、ありがとうございます」
よし、ディレクターの許可はもらった。あとはサーバーにアップすればゲームに反映されるようになる。
自分の席で何度もチェックをしたからバグの心配も少ないので、そちらも問題はないはずだ。
「でも、珍しいね。黒田くんがこんな機能入れたいだなんて言うなんて。いつも言われたことを黙々と作っていたのに何かあったのかい?」
ディレクターが手に持っていたコーヒカップに口をつけながら質問してくる。
このディレクターとは確か三年ほど一緒に働いているが、時々核心を突いてくる。
その辺は流石、人をまとめるベテランという事だろう。
とはいえ、今回は単純に疑問に思った程度だと思う。
声のトーンや視線からしても、それほど興味がないように見える。
「いえ、昨日少しプレイしてたら物足りないなと思いまして」
「なるほどねえ、普段あまり遊ばない人がプレイするとそういう所が見つけられて良いね。これからも、もっと遊んで思ったことを言ってほしいな。無理なものでなければ許可するよ」
「わかりました、その時はお願いします」
まあ、それを実装するのは俺だろうから今回みたいなことじゃなければ提案なんてしない。
それにしても、今日のディレクターは機嫌が良くて助かった。機嫌が悪いと小言ばかり言ってくるのでタイミングが良かった。
とりあえず一段落した。
集中してたからか、それほど時間もかからずに実装することができた。
俺は達成感を抱きながら昼食のために外へ出ていった。
※実際のゲーム開発現場では、一人の判断で新たな機能を実装することはほとんど無いです