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3.NPCの戦い

 


 実際には見たことも体験したこともないが、戦争を題材にしたゲームはいくつか作ったことがある。

 歴史上にあった戦争をモチーフにしたり、近未来的な兵器によるSFのような戦争を想像しながらなど様々なジャンルのゲームを作ってきた。


「だけど、こんな戦いは初めて見るな」


 今、俺の目の前では見たことがない光景になっている。


 まず目を引くのが先程から爆発音を鳴らし続けている大砲のようなもの。

 外見は昔の海賊船にあるような古めかしい大砲だが、着弾するとか周囲一帯に炎を撒き散らす爆弾のようなものを撃ち出している。


 それを受けているのは杖を持ち足首まで隠すローブを着た、まるで魔法使いのような者達。

 まるでと言うより、そのまま魔法使いだろう。

 打ち出された爆弾が当たる前に杖から出した火の弾や水の弾を上空で当てて被害を最小にしている。

 魔法使いの方が数は多いようで、迎撃をしていない者たちは同じように火の弾などを大砲に向けて撃っているが、大砲同士の隙間を埋めるように建っている鉄の壁によって全て阻まれていた。


 見る限り遠距離での撃ち合いは拮抗しているらしい。


 そのすぐ横では日本刀を持った袴姿の侍と、太陽の光を反射させるほど綺麗に磨かれた甲冑を着ている大剣を持った騎士がいた。

 そのふたりは、二メートルはあるだろう巨体で大きく鋭い爪を持った毛深い熊の男と、大きな牙が生えている猪の顔をした男と鍔迫り合いをしていた。

 よく見れば他にも周りには持っている得物や姿形は違えど同じように戦闘が行われている。


 さながら実在兵器とファンタジーが混ざり合う戦争のようだった。


「あ、来たねー。こっちだよー」


 大きく手を振り俺を呼びかけてきたのは先に走っていたユニだった。

 この大騒ぎの中、ここまで声が届くのは少々驚く。


 ユニは、三階建ての建物くらいの大きさの櫓の上にいた。

 場所はファンタジー勢力の向かい側、つまり大砲などの実在兵器で応戦している後ろ側に陣取っていた。

 服の上には軍服を模したベストのようなものを羽織っており、その姿はまるで指揮官のように見える。


 俺は促されるまま櫓へ続く階段を登っていく。

 ほんの数分で登れる階段だが、これだけで息が切れる。

 仕事柄、椅子に座りっぱなしだからか体力が落ちているのを感じる。やはり少し運動したほうが良いかもしれない。

 途中で息を整えつつ櫓の上にあがってみたが、ユニの他には誰もいなかった。


「すごいでしょ、ここから見ると迫力あって爽快だよね」

「確かに良い眺めですね」


 ざっと見ただけで数え切れないNPCが戦っているのを俯瞰視点で見るのは、ユニの言う通り結構迫力があって良い眺めだと思う。


 まあ、ゲームのNPCが戦っているからというのが大きい。

 さすがに現実世界の人間が戦っているのを見て爽快だと思えるほど心は病んでいない。


「私もあそこで戦いたかったんだよね」


 ぽつりと呟くような言葉だった。

 ユニは手すりに顎を乗せ、不貞腐れたような顔になる。


「あそこにいるみんなは戦うための役割を持ったNPCでね、私も戦いたいけどチュートリアル用のNPCとして作られているから無理なの。だからと言ってはなんだけど、私はここで指揮官みたいなことやってるってわけ」


 なんだこの戦闘狂。

 わざわざ痛い目に遭いにいくとか理解できない。安全な生活が一番だ。

 というより、なぜその理由から指揮官をする事になっているのかよくわからない。

 素直にチュートリアルの役割を演じていれば良いのではないかと思う。


「指揮官にしては何も指揮しないんですね」

「だって私が指揮してもしなくても負けるんだよ。そういう風にできてるんだもの」


 自分の役割が付いているにも関わらず違うことを始め、その仕事さえもしていないユニ。

 あまり良い行いとは思えず少し棘のある言い方になってしまったがユニは別に気にしてないようで良かった。


 俺は再度ゆっくりと戦場を見回す。

 なるほど、確かに勝てないわけだ。


 先程は拮抗しているとは言ったが、複数人が操作する大砲に対してたった一人で渡り合える火力を持つ魔法使いや身体的な能力が普通の人間より遥かに高い獣人などが居れば戦闘が長引くほどファンタジー勢力が有利になっていく。

 というより、現状ファンタジー勢力が優勢で実在兵器を使っている勢力は押され気味だ。


 それに加えて仕様的な問題も関係してくる。


 プレイヤーやNPCの全てに共通することだが種族というものがある。

 先程から戦っている獣人や侍、魔法使いなどが当てはまる。


 実在する兵器を使用している側の種族は最初のうちは弱く設定されている。俗に言う大器晩成型というやつだ。

 最初は武器も古びた刀や骨董品の銃など心許ない装備だが、レベルが上がっていくにつれて近代兵器の電磁砲や航空支援などのマップ兵器が報酬として手に入りやすくなり、全種族でトップクラスの能力を身につける。


 逆に獣人や魔法使いなどは最初のうちから身体能力が高く、魔法も威力が高いものを早々に覚える。

 だが身体能力が高くとも装備している武器や防具は兵器側の種族と違い自力で用意する必要があり、レベルが上がればそれなりの装備が必要になっていく。

 魔法使いもMPという概念があるため、初期装備では高い威力の魔法を一度撃ったら何もできなくなる。

 そのため、先に進むためにはMPを増やす杖やMPの消費を抑えるアクセサリーなどを用意しなければならない。


 簡単に言ってしまえば、兵器側の種族は地道に少しずつ育てていくために序盤は戦いにくいが最終的には高い能力を持って強い武器を手に入れやすく、終盤ではトップクラスの戦力になる。

 ファンタジー側の種族は最初から高い能力を手に入れていて戦いやすい反面、成長すればするほど武器や防具に依存しやすく、その装備もゲーム後半にならなければ手に入りにくいというものになっている。


 この仕様にはプレイヤーの課金をさせやすくするための考えが組み込まれているらしいが、それは置いておこう。


 ここアトストアは、プレイヤーが最初に訪れる街。

 つまりNPCもプレイヤーのレベルに合わせ低い能力値になっている。

 ということは、最初のうちは能力が伸びにくい実在兵器側が不利になるのは必然だろう。


 もし実在兵器側が勝てるようなことがあったら、それはステータス数値設定のバグになる。


「勝ったことは……?」


 勝つなんてことは不可能だろうが、一応ユニに聞いてみる。


「ないよ、一度もね」


 ユニは俺の方を向いて苦笑いを見せた。

 その笑顔は寂しさを感じる笑顔だった。


「でもね、勝ちたいんだ」


 ユニは右手をグッと握り、何かを決心しているかのように頷き、戦場を見渡す。


「私はチュートリアルキャラ、あそこで戦えないの。だけど戦いたい、みんなと一緒に戦いたい。そう言ったら、みんなは指揮官をして勝利に導いてくれ。負けっぱなしじゃ性に合わない、指揮は頼んだよ。なんて言ってきたんだ」


 戦場では先程より実在兵器側の勢力が一層弱まっていて、この櫓のすぐ近くまで後退している。


 戦争ではあるが、対象年齢が高くないゲームなので血が出たりはしない。

 倒されたNPCたちは光の粒子となり消えていく。

 確か数十分ほどすれば初期地点に復活するようになっているはずだ。

 しかし、いくら死ぬことはないとはいえ、やはりNPCが倒されていくのを見ていくのは良い気持ちではない。

 この気持ちをユニは何回も受けているのだろう。


「役割が違うから適正は無いけど教えてくれた。敵味方関係無く、戦闘系の役割を持ってる人が総出で教えてくれた。私に楽しんでほしくて、そして自分たちも良い戦いがしたいからだって」


 握りしめていたユニの右手に、ぽたりと雫が落ちるのが視界の端に映った。

 ユニの方へ顔を向けると目元には涙が溜まっていた。


「こんなに期待されちゃ、やるしかないじゃない? 精一杯がんばった……だけどダメだった。ここは作られたゲームの世界。そして私は作られたNPC。決められた動きしかできないの。みんなに迷惑をかける前に早く理解するべきだったのよ、私にはできないってね」


 そう話した後、目元にたまった涙を袖で拭き取り、何事もなかったようにいつもの笑顔を見せるユニ。

 その目は少し赤くなっていた。


「って、なに新人の子に話してるって感じだよね。大丈夫、何もできないわけじゃないよ。ちゃんと与えられた役割を演じれば問題ないの。私みたいに違う役割をしようとするのが間違ってるんだからね」


 まねしちゃダメだよ。と言い残してユニは櫓を降りていった。


 ユニの姿が見えなくなった後、櫓に残った俺は戦場を見わたす。

 そこでは実在兵器側の勢力は全て倒され、ファンタジー側の勝利で戦いが終わっていた。



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