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2.ゲームの世界

 


 ファントムリコードの世界にある場所の一つ。プレイヤーが最初に訪れる街【アトストア】。


 プレイヤーはゲームを始めれば、必ずこの街へ訪れてチュートリアルを受ける。

 文字通り、はじまりの街というべき場所だ。


 この世界に来たプレイヤーに対してクエストの受け方やアイテムの購入方法など、これから必要になるであろう事を教えてくれるNPCがたくさん存在する。

 もちろん何も教えてくれないただの通りすがりのNPCだって存在している。その数は数え切れないほどだ。


「あれ? 見たことない顔ね、新入り?」


 数え切れないとは言ったが、ある程度は何をするか知っている。なにせ俺がAIを組んで話す内容も確認したのだから当たり前だ。

 とはいえ、俺はプログラマーなので動き方だけは把握しているがNPCの会話内容を全て覚えているわけではなく、ざっと見たことある程度にしか覚えていない。それを全て把握するのはシナリオライターやゲームプランナーの人達だろう。


 だが、俺に話しかけてきたNPCはこんな台詞は話さない。

 なぜなら、このNPCはプレイヤーに操作方法を教える役割があるチュートリアルNPC、ユニなのだから。



 ユニとの会話は短い。

 教えてくれるのはキーボードで移動してマウスで選択、そのくらいだ。

 クエストの受け方やモンスターとの戦闘方法などは他のNPCが説明してくれる。

 なので、ユニの役割は本当に初歩的な事を教えてくれるだけになっている。


 ここまで細かくする必要があるかと言われると素直に頷く事は難しいが、こういう所を丁寧にすることで喜ぶプレイヤーもいるとディレクターは豪語していた。

 無駄にNPCを増やすとバグの可能性が高くなるので個人的にはやめてほしいというのが本音だが、まあ仕方ないと割り切るしかない。


 それはともかく。

 俺が覚えてる限り三言ほどしかない台詞の中で、ユニが新入りかを尋ねる台詞があるなんて記憶にない。


 ということで、これは夢だと確信した。

 俺も異世界には興味がある。これはゲームの世界に転移かと年甲斐もなく思ってしまっていた。

 職業柄、そういうゲームも作った事はあるし、異世界モノの漫画や小説も好きだ。

 もしかしたらとは思っていたが現実はそう甘くないということも知っている。


「ねえ、聞いてる? あなた、新入りだよね? 見たことないもの。最近作られたんでしょ? どういう役割なの?」


 いろいろ考えてたらユニを放置している形になっていたようだ。

 話をするのが好きなのだろうか、口早に詰め寄りながら顔を近づけてきた。


 それにしても、とてもかわいく綺麗な顔立ちをしている。


 この世界には多種多様な種族がいるが、いきなり人外との接触はハードルが高いとのことで最初にプレイヤーと接触するユニは普通の人間、つまり俺たちと同じ姿形をしている。


 ゲームの作りの都合上、ある程度画面にキャラが多く表示されていれば解像度の低いものになるが、数体だけしか表示されなければ高クオリティのモデルに置き換わるという処理が入っている。


 この処理もいろいろと大変だった。

 苦労を思い出してもいいが、シャレにならない長さになるのでやめておこう。


 今、俺の目の前にいるのは後者の高クオリティのモデルだろう。

 特徴的な金髪のポニーテールは髪の毛一本一本が本当にあるようにサラサラとしてふんわりと動き、くるりとした大きな目は俺を見つめて一層綺麗に見える。肌には一切のシミがなく、大きいとは言い難いが少し膨らみのある胸と細い腰が更に可愛さを引き立たせている。


 確か二十歳という設定だったはずで少女という歳ではないが、低い身長から上目遣いで見上げる仕草は高校生程度しか見えない。


「ねえ、無視は傷付くんだけど」


 無視をしていると勘違いして少し不機嫌になっているようだ。

 このまま見つめられるのも悪くないが怒らせるつもりはないので返事をするとしよう。


「すみません、少し考え事をしてました」

「ふーん。で、あなたの役割は何なの?」


 思っていたほど怒っていなくて良かったが、新人や後輩にも敬語を使ってしまういつもの癖で年下とわかっていながらも敬語になってしまった。

 それにしても、しつこいくらいに役割を聞いてくる。人に構うのが好きなのだろうか。


「そうですね、裏世界の案内を任されてます」


 そんな場所は無いし、そんな役割のNPCもいないが夢なのでロールプレイでもしておこう。

 そう思って適当に返してみたが、ユニは不満そうな表情を見せた。


「はあ……重要NPCか……」


 不満そうな表情は一瞬で、すぐに悲しそうに目を伏せてしまった。


 良い表情変化だ。

 こんな自然に表情を切り替えられたら演出に厳しいデザイナーにも満足してもらえそうだが今の技術では難しいだろう。


 それよりも俺はNPCという設定らしい。

 俺が思った通りに話すことができるのにNPCノンプレイヤーキャラクターとは何なのか小一時間ほど問い詰めたい。


 いや、俺の夢だから自分自身に問い詰めることになってしまうか。


 とはいえ、よくよく考えるとNPCで良かったのかもしれない。

 もしプレイヤー目線だったら、夢の中でまでデバッグしてるようなものなので流石にそれは気が狂いそうだ。


「あなたの役割、楽しそうで良いね」

「……ユニさんは楽しくないんですか?」


 夢なのだからさらっと流しても良かったが、どうもこの投げやりな言い方は少々気になる。


「ユニさんなんて、ユニでいいよ。かわいくユニちゃんでもいいけどね」


 言葉の後ろに音符が付きそうな明るく心地良い声だ。聴くだけで心が安らぐ。


 それにしてもユニがこんなにも明るいキャラだと初めて知った。

 いや、役割が少なすぎてわからなかっただけなのかもしれない。


「楽しくないに決まってるよ」


 心地よい声に気を取られていたが、これまで豊かな表情だったのに急に無表情になっていた。

 まるで触れてはいけない部分に触れてしまったかのような表情だ。


「私の役割知ってる? いっちばん最初の操作説明なの。シープさんが言うには私が説明することは、説明されなくてもプレイヤーさんは知ってることなんだって」


 知ってるも何も俺が作ったのだから理解している。


 【シープ】とは俺がAIを組んでない数少ないNPCのひとりだ。

 俺が関わっていない他のゲームからAIのロジックを流用しているため、あまり詳しくはない。

 確か役割は全てのNPCの場所を教えてくれるという地味に役立つNPCのはずだ。


「それって私なんて居ても居なくても良い、役立たずって事じゃない」


 実際に必要なのかわからないと思っていた俺は、ユニにかける言葉が見つからない。

 よく見ればユニの表情は無表情ながらも悲しげな表情にも見える。


「詳しくは知らないけど私達の仲間もかなり増えてきたし、そろそろゲームがリリースじゃないかって聞いてるの。ってことはそろそろデバッグが活発になって不要なものは削られていくでしょうね」


 コツンと足元にあった小石を蹴るユニ。こういう仕草をすると本当に二十歳には見えない。


 それにしても、そろそろリリースか。

 無いな。


 元々のリリース予定日自体もかなり先であるが、ゲームの要素や機能がまったく足りていない。スケジュールが伸びるのは必至だろう。

 それに不要なものは削られていくと言ったが、それもほとんど無いはずだ。

 確かに最終の納期が伸ばせず、マスター提出が近くなれば要素を削っていく段階に入っていくだろう。

 だが、削ると言っても既に入っている機能を無くすというのは余程の事がなければあり得ない。


 したら死ぬ。主に俺が。


「だから私は逃げているの、消されないために。生き残るために」

「逃げている?」


 急に力強い声で話すユニに対して、俺は首を傾げる。


 逃げている。

 言葉自体の意味はわかるが、ユニが言っている意味はわからない。

 俺が疑問に思っているのがわかったのか、ユニは言葉を続けた。


「そう、私達NPCは決められた場所に配置されるでしょ? そこから逃げるの。そうすれば見つからないから消されない。そうやって逃げ延びているのよ、私は」


 夢とわかっているがユニがこうやって逃げているから、実際のファントムリコードでも見つからないバグが発生しているのかもしれない。


 まあ、そんな事はありえないのはわかっている。


 とりあえず消されないという事だけ言っておこう。俺が思っているより、ユニは深刻に考えているようだ。

 これが夢であっても善い人を演じても損はない。むしろ夢の中でくらいは善い人を演じておきたい。

 そんな事を考えつつ、話そうとした瞬間。


 遠くの方から、とてつもない爆発音がした。


「あ、もう始まってた! 早く行かないと!」


 その爆発音が聴こえた瞬間、ほんの数十センチまで迫っていたユニが急に離れ爆発音がした方向へ駆けていく。

 離れる際にポニーテールの先が俺の顔に少し触れて、不思議と良い香りがしたように感じた。


「早く行かないと終わっちゃう! あなたも見に来たら良いよ!」


 走りながら振り返り俺に向かって叫ぶ。

 さっきまで若干暗い話をしていたとは思えない速度で、ユニは見えなくなっていた。


「……元気だな。まあ、行ってみるか」


 ユニの勢いに飲まれた俺は呟きながら、あんな爆発音のするイベント実装あったのかと疑問に思いながらもユニの後を追いかけてみることにした。




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