第9話 厄介なお姫様がいたもんだ
俺はもうショックで仕方がない。
何せ、大人しく神殿で過ごしていると思っていた主が、仕える者達の目を欺いて外出していたのだ。
町で初めて見かけたときは別人だと思っていた。
気になると、とことん確めないと気がすまない性質ゆえに調べた。
少し調べて何もなければそれで良かったんだ。
手始めに神殿内部から外部への隠し通路を探った。
すると、それは図書室で見つかった。
奥にある本棚が横に動き、壁と思われていたそこには扉があった。
開いてみると、下へと下りる階段が出てきた。
怪しげな階段を下りて辿ってみれば、神殿の裏手に通じていた。
巫女様がそれを知っているとすれば、こっそり抜け出すことは可能だ。
彼女の外出疑惑が拭えない俺は、これまでと様相を変えずに警護にあたっていた。
油断させて尻尾を掴む為だ。
特に変わった様子が見られないまま、一月が経つ頃。
朝のお勤めを終えた巫女様は、図書室へ入られた。
普段から巫女様は神官が近づくのを嫌がられるので、お付の者達は廊下で控えている。
抜け道の一つである隠し扉は最奥にある。
お付の神官らを見れば雑談をはじめ、図書室内を全く気にしていない。
俺は足音と気配を消して、室内を入り口付近から慎重に覗いた。
巫女様は大概、窓辺にある長椅子に座って静かに本を読んで過ごされていることが多いのだが、そこにはいらっしゃらなかった。
まさかと思いながらも、どこかにいるはずだと捜したが、どこにもいらっしゃらなかった。
代わりに、最奥の床に、きちんと畳まれた巫女様の白い法服が置かれていた。
隠し扉になっている本棚は隙間なく閉ざされ、一見何事もなく見えた。
「おいおい、マジかよ」
踵を返すと、俺は焦る気持ちを抑えて、何気ない風を装って図書室から出た。
まだ何も気づいていない神官らに、俺は適当に理由をつけて警護から離れた。
町へ出ると、以前巫女様らしき少女を見かけた場所に、同じ顔、同じ背丈の少女がいた。
ブロンドにエメラルドの瞳はこの国では珍しくない。
にも関わらず、その日も姿を隠すように、彼女は全身を外套で覆っていた。
季節は初夏だ。
シャツ一枚で充分な季節だ。
その上に外套を羽織る者はせいぜい旅人か、後は訳ありなやつぐらいなものだ。
俺は疑わしい少女に、声は掛けず後をつけた。
あの屋敷に立寄った後、彼女が向かったのは神殿の裏手。
神殿は小高い丘を削った場所に建っており、裏側は山になっている。
警護は手薄で、彼女は難なく雑木林の中にある物置小屋に入っていった。
しばらくして小屋の中を覗くと、彼女はいなくなっていた。
床には、板がはめ込まれている。
外さなくても、その下になにが隠されているのか俺は知っていた。
それこそが、俺が以前に見つけた抜け道の出口だからだ。
俺はことの重大さに天を仰いだ。
神殿に戻り、巫女様にそのことを話してすぐに外出をやめてもらうのが筋だが、巫女様に告げたところで白を切られたらそれまでだ。
彼女は俺を嫌ってる。正直に非を認めるとは思えなかった。
となればもう、言い逃れできぬように現場を押さえるしかない。
後日休暇を利用して、俺は念の為に巫女様が立寄っていたあの屋敷についても調べておいた。
巫女様の外出に確証を得てから半月後、再び彼女が図書室から姿を消した。確信した俺は後を追い、露店の服屋で声を掛けた。
意地を張る可愛げのない姿は、神殿の巫女様そのものだった。
守護者と敬われ、神官らに傅かれているが、彼女は元は孤児院にいた孤児だ。
八歳で素質を見出されて神殿に来るまでは、市井ですごしていたのだから、買い物に慣れているのにも頷ける。
さしずめ、あの家にいる子供達は、彼女と同じ親のない孤児たちだろう。
自分と同じ境遇の幼い彼らを哀れみ、養っているといったところか。
それは良いとして、面倒を見させているのが、女ではなく、体格のいい男達ばかりというのも、子供達と同じぐらいの数というのも解せない。
保育だけじゃない。何か他にもあるような気がしてならない。
口の堅い巫女様は話してくださらないようだから、これ以上のことは更なる調査が必要になるだろう。
俺は街で見つけた主人を、神殿の表から戻らせるわけにもいかず、抜け道から戻って頂いた。
承知の上で案内してもらう。
やはり彼女は、以前と同じ図書室へと通じる抜け道を、俺に教えた。
「巫女様が神殿にお戻りになられた後で、こちらを塞がせていただいても宜しいですか」
俺は有事の際の脱出経路だということを百も承知の上で、あえて巫女様に了承を求めた。
「良いわけないでしょう? 神殿内で何かあった時、正面口も使えないときはどこから逃げるのよ」
巫女様は表情一つ変えずに正論を返してきた。
彼女は八歳で神殿に来てから、わずか四年の間に、守護者としての教育と、王家が派遣した家庭教師の下で知識や教養も叩き込まれている。
加えて、賢く、頭の回転も速いらしい。
一筋縄ではいかない厄介なお姫様だ。
「わかりました。手をつけずに置いておきましょう。しかし、くどいようですが、二度と抜け出されませぬよう、どうかお約束ください」
本来なら、神官長として説教の一つもしなければならないのだが、監視を怠ってきた俺には責めることもできない。
巫女様は巫女様で、ご自身が神殿の外へ出てはならないと承知しながら、俺に見つかっても少しの反省も謝罪もない。
情けなくも、俺は傅いて、丁寧に頭を下げて頼むことしかできなかった。
「わかっているわよ」
不機嫌な顔で、適当に仰る。
俺は不遜な主に、内心で盛大なため息をついた。
だがこのときの俺は、まだ気づいていなかった。既に自分が巫女様という一人の少女に巻き込まれていることを。