第8話 私とあなたは同罪
「随分と懐かれているようですが、あの子たちはあなたの何なんです?」
「あなたには関係ないって言ってるでしょ」
「もう、私から逃げられないって自覚なさってるでしょうに、なにをそんなに必死で隠そうとなさっているんです? もうどこから見てもあなたは怪しすぎる。何か人に言えないようなことをしているとしか思えませんよ。子供達に最後に渡した包みだってそうだ、あれは金ですよね? しかも相当な額の」
「子供達の面倒を見てもらっているお金よ」
「保育料にしちゃ、金額も人員も多すぎます」
「相場なんて知らないわよ。私のお金なんだから、なにに使ったって自由じゃない」
そうよ。
国から毎月大金をもらってる。
神殿から出してももらえないのに、嫌味だわ。
「それはそうですが。そうおっしゃられるなら、とりあえずそういうことにしておきましょう。……それで、次はどちらへ向かわれるんですか?」
慇懃無礼な物言だ。
敬う気がないなら地で話せばいいのに。
「どこだっていいでしょう」
「ええ、構いませんよ」
「だったら聞かないで」
ディーンは閉口した。
特に行く宛てもない私は、彼に神殿で警護に就かれるよりもずっと近い距離に、徐々に追い詰められていくようで、息が詰まりそうになる。
私は市場に戻って比較的人通りの多い通りに入った。
隙を見て路地に入ろうと目論んであたりを見回していると、手が握られる。
いきなり何をするのかと驚いて見あげると、冷静な目で咎められる。
「隙をうかがっても無駄です、逃がしません。これ以上、怪しい動きをなさるのであれば、肩や腰を抱き寄せますが、どうなさいますか?」
じっとりと手が汗ばむ。
お構いなしに、ディーンは痛くない程度に、私の手をぎゅっと握っていた。
ディーンは長身で、武人らしく、筋肉質の腕は太く、胸は隆起して厚い。
体格差も歴然だ。
そんなことをされれば、身動き一つ取れなくなる。
諦めきれない私は知恵を搾り出す。
これならどう?
「やりたかったらやれば? 子供にまで手を出すのかって、白い目で見られたければね、色男さん」
さあ、その手を離してよ。
あなたにだってプライドぐらいあるでしょう?
口角を上げてディーンが手を離すのを待った。
ところが、握った手を引っ張られ、何を思ったのか人気のない路地に連れ込まれる。
「な、なんなのよ?」
壁に追い込まれて、ディーンが私の顔の近くでドンと手をつく。
「誘ったのはそちらでしょうに」
囁くような低い声は艶を含み、深い褐色の双眸が視線を絡め取るように見つめてくる。
私は何を言われたのか理解できなかった。
鼓動はドクンっと大きく跳ねて、分けもわからず速くなる。
「な、何を言ってるの?」
「なにをって、私があなたに手を出せるのか試したいのでしょう?」
耳元に顔を近づけられて、話すたびに吐息が耳にかかる。
ひいいいいいいいっ
ぞわっと全身の産毛が粟立ち、私は大いに顔を引きつらせて内心で悲鳴を上げていた。
追い討ちをかけるように耳の中にふうっと息を吹きかけられる。
「ひゃっ!」
思わず情けない声を上げて、震え上がった。
すぐさま手で耳を塞ぐ。
一度離れて再び耳に迫ってくる顔に、私は早々に根を上げた。
「やめて、ディーン長官っ」
出会ったばかりである少女であれば、当然知らぬはずの彼の役職。
自分が清廉潔白の守護者であることを示す為に、そう呼んだ。
ふぅー、と呆れたような溜息が上から落ちてくる。
「これが、私でなければ、今頃あなたはここで間違いなく犯されてましたよ」
「あ、あなたじゃなかったらあんなこと言わなかったわよ」
息を吹きかけられた耳の奥がまだゾワゾワする。
私は表面を押さえてごしごし手で擦りながら、ディーンを涙目でにらんだ。
「少しは信用していただけて光栄ですが、それを差し引いても、あなたは無謀すぎます……とにかく、私と神殿へお戻りください、巫女様」
「……私の事を、他の神官や陛下に黙っていてくれるなら、大人しく戻るわよ。あなただって、処罰を受けずにすむんだから」
怠けて私をしっかり監視せずに檻から逃がしたのはあなただもの。
まともにお説教もできなければ、陛下に報告することも出来ない。そんなことをすれば、あなたも他の神官達も職務怠慢と守護者を神殿から出した罪で、陛下に処刑されることになる。
私とあなたは同罪。
清廉潔白からは程遠い卑怯なやり取りだ。
守りたいものを守れる力があるならばいざ知らず、力なき者には手段も選べない。
正しいことだけが正義であるなら、私は守るべき者達のために悪になる。
「承知いたしました。ですがもう二度と、神殿から抜け出されませぬように、お約束してください」
ディーンはいつになく真顔で私をじっと見据えた。
「分かったわ、約束するわよ」
守ってなんてあげないけどね。
私はディーンに手を繋がれて路地から大通りへと出た。
神殿へと向かう中、目深に被ったフードの下で私はほくそ笑んだ。