第3話 居心地の良い場所
守護者には、警護のために、常に二人の神官が張り付いている。
それが嫌で、私は神官に距離を取らせている。
長官であるディーンも、就任早々から出鼻をくじいてやったので、近づくこともない。
少し離れたところで他の者たち同様に控える程度だ。
張り付かれるなんてごめんだ。
ただでさえ神殿から出ることのできない籠の鳥なのだ。
これ以上監視されたらたまらない。
今日は少し熱いから、アイスが食べたい。
苺とチョコと生クリーム、そこへバニラアイス。
クレープにしよう。
そうと決まると、休憩のために入った寝室から抜け出す。
そうっとそうっと。
箱からお出かけ用の街娘らしい平服に着替え、全身を覆うフード付の外套を羽織った。
隠し扉からいざ下界へ。
「エルお姉ちゃん、いらっしゃい」
部屋に入ると、十人の子供達が駆け寄ってくる。
「はい、お土産」
果物や焼き菓子をいっぱい乗せた籠を差し出した。
露店で目当てのクレープを堪能した後、市場で買い揃えたものだ。
「うわぁ、美味しそうっ、お姉ちゃんいつもありがとうっ」
「うん、仲良く食べてね」
いっそう笑顔になる子供たちの頭を撫でた。
「おっ、エル来てたのか」
部屋に入ってきた男が私に気づいて声をかけてきた。
その後からも一人二人と男達がやってくる。
いかにも今起きたばかりという風体で、シャツとズボンの簡素な姿だ。
欠伸をしたり眠そうな目をしている。
「今朝、明け方まで仕事したってのに、元気だな」
「いい子なんだよ。こいつらの為に」
そろいも揃って武人並みに体格のいい彼らは、そんなことを言いながら、食事の用意を始めた。
彼らはいつも私が子供達のために何かをすると、手放しで褒めてくれる。
ただ単純にそれが嬉しくて、照れてしまうのを隠すのに苦労する。
だが今日は素直に喜べなかった。
「そんなんじゃないから」
呟くような声で反論して、食事の用意を手伝う。
「なんだ? なにかあったのか?」
厳つい顔つきの男ばかりだが、彼らは私に嫌味を言わないし、優しい。
何より、神官たちのような心無い敬いや、腫れ物に触るような扱いをしない。
自然に接してくれる。それが嬉しい。
「なんでもない」
二十一人がけのテーブルに、十人の子供達と同数の男達。
彼らと同じ席に着くと、懐から分厚い札束を頭目の前に置いた。
「今朝の報酬。今回もありがとう」
頬に大きな傷のある頭目はフッと顔を緩めて金を受け取った。
「こんなにもらっていつもすまないな」
「いいの。それよりちゃんと平等に分けてよ」
釘を刺すと末席の新人が笑った。
「大丈夫。お頭はピンはねなんてしてないよ。僕もちゃんともらえてる」
「はねようがねえだろう。エル嬢に叱られる前にこいつらに見張られてんだから」
「誤魔化しは、喧嘩の元だもん」
「そうそう、だから、僕達が見張ってるんだよね」
頭目が苦笑し、子供達が笑い合って相槌を打つ。
そうして楽しく食事が始まる。
野菜や肉の入ったスープとパン。
内容は質素だが、平民には充分な食事だ。
神殿でとる一人だけの豪華な食事よりも、遥かに温かく美味しい。
「にしても、住むとこもそうだが、毎回の報酬だって全て自腹だろ? どっかのお嬢様なんだろうが、こんなことしてて大丈夫なのか?」
仲間の一人が行儀悪く咀嚼しながら聞いてきた。
他の男も興味深そうに聞き耳を立てている。
彼らが住んでいる家は、都心から少し離れたスラム街に程近い場所にある。
あまり治安が良いとは言えない場所だが、目立たない場所を好む彼らには調度良い。
二階建てで部屋数は多く、外壁に囲まれた敷地には子供達が遊べるだけの広い庭もある。
子供達を育てるには充分な環境だ。
そこに、子どもたちの面倒を見るという条件で、彼らにはただで住んでもらっている。
「大丈夫だからあなた達を雇っているのよ。それ以上は詮索しないで、約束でしょう?」
「はいはい、わかりやしたよ」
「さすがは俺達のボスだ、しっかりしてるよ」
「まだ十二だっけ?」
一人が口を開けば他の男達が気兼ねなく会話に入ってくる。
元の職種はバラバラで、ここへ来て知り合ったものたちばかりだが、仲が良い。その分、団結したときの仕事の出来も申し分なかった。
そこに、自分の居場所が用意されていて、いつでも自然に入っていける居心地の良さがある。
「そうよ」
胸に広がる温かさを押し隠して、少し不機嫌に答えた。
「大したやつだよ、きっといい女になるぜ」
「女は身持ちの固さが一番だ。しょうもないバカな男に引っかかって安売りするなよ」
「言えてる」
「そうだな、エル嬢が今よりもっといい女になったら、下僕にでもしてもらうか」
「そりゃいい」
何を言ってるのか。
「い、いらないわよ、あなたたちなんて」
「照れちゃって、可愛いな」
「全くだ」
「照れてないしっ」
これだから調子が狂う。
彼らと昼食を済ますと私は神殿へ戻った。
神官らは、主の異変になど少しも気づかない。
勤めに励み、物静かに過ごす大人しい主人に安心し、平穏すぎる日常に気を抜いている。
持ち場から抜け出して談話室で寛ぐ者、書庫で読書に没頭する者、同性である神官同士で秘め事にいそしむ者。
退屈極まりない日常の中で、それぞれが見つけた愉しみで気を紛らわせ、警戒は薄くなる。
彼らは思ってもいないだろう。
国に従順な幼い守護者が、よもや己らの目を欺いていることなど。
これからもきっと、この秘密が気づかれることはない。
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