第23話 優しい温もりに触れて
『すまない、エルセリア。私達はもうお前の傍にいてやることができなくなった』
『エルセリア、あなたは生きて、どうか幸せになって』
屋敷に火が放たれ、エルセリアは父の知人男性と逃げるようにその町を出た。
知人男性も何者かに追われていたようで、一緒にいると危険だからと、エルセリアは孤児院へ預けられた。
夢から覚めた私は、胸元で光るクリスタルを手に取った。
眠れず、私室から出た。
「巫女様、いかがなさいましたか?」
扉を開けてすぐに、夜の護衛に就いていたディーンに声をかけられた。
「お手洗い」
人に傅かれ、閑所へ行くときでさえついてくる神官。
そんな生活も一年になると慣れてくる。
所用をすませても、とても眠る気にはなれず、回廊から庭へ出た。
緩やかに風が吹くと、少し肌寒い。
控えていたディーンが近づいて、私の肩にそっとローブを羽織らせた。
「眠れませんか?」
ローブの袖に腕を通すと、温かさにほっとしながら、私は素直に頷いた。
夜の庭を青白い光が照らし、頭上から降り注ぐ月を見上げた。
「私の両親は宝石商を営んでいたの。でも盗賊に買い付けたばかりの宝石を盗まれた。取引していた貴族から預かった多額のお金で、宝石を仕入れていたから、父は品を納めることも、返金もできなくなった。追い詰められた両親は、私だけ逃がして、屋敷に火をつけて心中したの」
別れ際に交わした父母の言葉、火のつけられた屋敷。
今も鮮明に覚えている。
かきむしられるような胸の苦しみに、私は堪えきれなくなって両手で顔を覆った。
「そのときのことが今も忘れられない。アーディが盗難現場を見せてくれるたびに、私は放っておけなくなる。そんなことをしたって、もうお父様もお母様も生き返りはしないのにっ! 騎士団にも通報せず盗賊団をのさばらせたまま。私はあなたの言う通りただの……」
押し寄せてきた感情の波に呑まれ、堰を切ったように苦しい胸の内を吐き出した。
言い終わらぬうちに、立ち上がったディーンが取り乱した私を、いきなり抱きしめた。
すぐには何が起きたのか分からず、私は彼の腕の中で呆然と顔を見上げた。
「偽善者などではありません。それはただの不甲斐ない騎士の言い訳です」
服越しに伝わる温もりと、包まれる安心感に、じわりと涙が溢れる。
「ふっく」
泣くつもりなんてなかった。
涙なんて見せたくないのに、嗚咽が込み上げてくる。
大きな手に優しく頭や背を撫でられて、私はディーンの胸で幼子のように声を上げて泣いた。
「ご両親を助けて差し上げられず申し訳ありません。私も当時は盗賊討伐に当たっていた一人です。恨むなら、どうぞ私をお恨みください」
低い声は、苦しげに切々と語り、太い腕に力が篭もって、ぎゅっと強く抱きしめられた。
私は下唇を噛み締めて、ディーンの胸の服を掴んで首を左右に振った。
この一月、ディーンは約束を違えることなく実行していた。休みの度に、子供たちの様子を見に自分の屋敷に帰宅し、手紙を預かってきてくれる。
神殿に戻るとすぐに着替えて、手紙と一緒に子供達の様子を話して聞かせてくれた。
充分すぎるほど私に尽くしてくれている。
悪いのは自分で稼ぎもせずに、人の物を平気な顔で奪う盗賊だ。
ディーンはそれ以上何も言わず、落ち着くまで私の頭を宥めるように優しく何度も撫でていた。
涙が止まるころには、ディーンの胸の服は、私の涙と鼻水ですっかり濡れてしまっていた。
「ごめんなさい。あなたの服を汚してしまって」
恥ずかしさで、消え入りそうな声になる。
「着替えなら、いくらでも宦官が用意してくれますから、お気になさらずに。そんなことよりも、打ち明けてくださりありがとうございます」
できることなら、話さずにいたかった。けれど、誠意を尽くしてくれるディーンに、これ以上黙っていられなかった。
泣きやんで、ディーンが腕を解くと、私はもう少し彼にしがみついていたいのを惜しみながら離れた。
誰かに抱きしめられたのは、父母が生きていたとき以来だった。温もりと安心感が酷く心地よかった。
「いいえ。感謝しているのは私の方です」
あれほど反発していたディーンに謝辞を言うのは気恥ずかしく俯いた。
幾分落ち着きを取り戻し、私室へ戻った。
単調な日々は緩やかに流れ、四年の歳月が流れた。
私は十六歳になり、守護者に許される疑似恋愛ができる歳になった。
外出もできず、身の穢れも許されない守護者に与えられた恋愛ごっこだ。
私は朝の勤めを終えた後、神官を召集し、ごっこ遊びの相手にディーンを名指しした。
読んで下さりありがとうございます。
一応完結します。
第二部を構想してはいるのですが、全く進まず。すみません。