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第18話 覚悟なさい

 私が強盗団から盗みを働いていることを、とうとう、ディーンに知られてしまった。

 しかも、妙な芝居まで打って、私に雇っていた男達との縁まで断ち切らせた。

 その日、ディーンは勤務日でありながら、殿内に姿を現さなかった。

 恐らく、二つの抜け道を一人で塞いでいるのだろう。

 ご苦労なことだ。

 勤め以外の時間を居室で過ごしていた私は、あの屋敷に住まわせている子供達のことを考えていた。

 あの子達を守るために何が出来るのか。


 私は神殿に来る前、孤児院にいた。

 そこで見た大人たちの子供達に対する振る舞いは、今も忘れはしない。

 身勝手で、金に汚く、いざとなったら子供達を捨てていく。

 金で雇った男達は、私に気遣い、いつも優しく、子供の面倒もよく見てくれていた。

 だから子供たちも彼らに懐いていた。

 彼らが、孤児院にいた大人たちと同じだとは思っていない。

 少なくとも、住まわせている屋敷は私の個人名義で、今朝男達に多めに報酬も渡したばかりだ。

 子供達のことを約束してくれた彼らだ。今すぐ路頭に放り出されるということはないだろう。

 そう信じたい。

 信じたいけれど……。

 脳裏に、子供達を容赦なく置き去りにした大人たちの後姿がちらつく。

 何も食べる物がなくて、飢えをしのぐのに草を食べ、虫を捕まえていた子供達の姿が鮮明に蘇る。

 もう二度とそんなことをさせたくなかった。その為なら、私はなんでもやる。なんだって。



「巫女様、宜しければ、お話相手をさせていただけませんか」


 ディーン長官から、私に声を掛けてきたのは、翌朝の勤めの後だった。

 私の前で傅き、礼儀正しく頭を垂れた。 

 

「……そんなにしたいなら、させてあげるわよ」


 冷たく言い捨てると、長官を伴って談話室に入った。

 宦官が茶の用意と焼き菓子を運んでくる。

 長椅子にゆったりと座した私の前のテーブルに、宦官がそれらを置いて退室すると、ディーンが私の斜め前の床に膝をついて腰を下ろした。

 向かい側にも椅子があるのだが、彼らは許しなく守護者と同席は出来ない。

 私はディーンと目を合わさずに、宦官が淹れた紅茶のカップを手にした。

 無言のままゆっくりと飲む。

 気品高い香りと温かいお茶が、体に染み込むように広がり、幾分落ち着かせてくれる。

 カップを受け皿に戻しテーブルへ置くと、私は視線をそらしたまま口を開いた。


「そんな目で私を見ないで」


 他の神官や宦官は、私の意志一つで自分達が職を失うことを重々承知している。そのため、私の前では常に言動に気遣っていることが伺えた。

 なのにこの男は不遜な態度で私に近づいてくる。

 そうして、秘密を次々と暴いて、楽しみも自由も奪っておきながら、私を哀れむような目で見ていた。

 私は無性に苛立ちを覚えた。

 

「申し訳ございません。……あなた様のお顔色が優れぬようですので気になりまして」


「あなたが抜け道を塞いだのでしょう? それでもまだ、私が夜中に外へ出ているとでも疑ってるの?」


「いいえ。そうではなく、眠れていらっしゃらないのではないかと思いまして」


「そうね。あなたのおかげよ」


 子供たちのことや、かつていた孤児院のことを思い出すと眠れなかった。


「では責任を取りますので、何なりと遠慮なくお申し付けください。なんでもするとお約束もしましたので」


 視線を上げたディーンは、真面目腐った顔で申し出た。そこに、いつもの軽薄さは微塵もなかった。


 何が遠慮なくよ。 

 あなたなんて大嫌い。

 ずっと怠けていてくれたら良かったのに……。

 そうすれば私は、こんなことを考えずにすんだのに……。


「そうさせてもらうわ。じゃあ、目を閉じてくれる」


「はい」


「私が良いと言うまでよ」


「畏まりました」


 私が言うままに目を閉じたディーンは、口だけを動かした。

 椅子から離れると、私はディーンの前に近づいた。

 目を閉じるディーンのさらりとした頬を撫でると、くいと顎を上げさせた。

 整った精悍な顔を見つめ、私は顔を寄せた。

 ディーンの薄い唇に触れる寸前、ディーンの顔が遠のいた。

 私の手から逃れて、静かにこちらを見据える。


「何のつもりですか?」


「キスよ。なんでもしてくれるのでしょう? だったら受けなさいよ、『死の接吻』を」


 守護者と神官の間で接吻が許されているのは、忠誠を示す時に、神官が守護者の手の甲に口づける行為のみだ。それ以外の肌に触れることは、守護者を穢す行為とみなされ断罪される。

 罪を犯した者は、両手足を切断され、容赦なく去勢までさせられる。死刑よりもはるかに恐ろしい重刑が待っている。受けた者は、大半が手足を失った時点で息絶える。万に一つ命があっても獄中での生き地獄に耐えられずに死んでいく。

 過去に、守護者の身を穢した罪で、何人もの神官らが重刑に処されていた。多くは、機嫌を悪くした主から無理矢理接吻を受けたものだ。そんな守護者の傲慢な制裁を、神官らは恐れ、『死の接吻』と呼ぶようになった。

 

「あなた様の自由を奪った私に、天誅を下されたいというわけですか?」


「私を穢したことをたてに、忠実に働いてもらう為よ」


「そこまでしなければ、私が信用できませんか?」


「あなたのことも、他の神官も宦官も、誰も信じてなんていないわ」


 ディーンは意外そうな顔をした。


「……誰も? あの屋敷にいた男達も、ですか?」


「そうよ」


 淡々と答えると、ディーンが気落ちしたように一つ吐息をついた。視線を上げた彼は、凪いだ瞳でこう言った。


「頂きましょう。あなた様の『接吻』を」



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