第13話 家出娘はどこだ
草木が不自然に擦れる音に、草陰に身を潜めていた俺は顔を上げた。
巫女様の深夜の徘徊に気づいて三ヶ月。
執念の粘りで夜の見張りを続けていた。
抜け道を探すのは諦めて、張り込む位置を抜け道の一箇所に絞らず、雑木林と市街地の境目まで下ることにした。
広い範囲ではあるが、木々などの視界を遮るものはなく、林の中よりはよほど見通しがいい。
抜け出してきたところを捕獲することは難しくなるが、見つけることさえ出来れば、後を追うことも出来る。
痺れを切らしたのか、そしてついに姿を現した。
時刻は月が高く昇る深夜。
警戒しているらしく、辺りの様子を伺いながら、小柄な影が慎重に雑木林の斜面を降りてくる。
俺は今すぐにでも駆け出したいのをぐっと堪えた。
人影は目を眇めてやっと捕らえられるほどの距離だ。
巫女様は神殿で運動など全くと言っていいほどなさっていない。それなのにどういうわけか、足が驚くほど速い。
距離が近ければ追いつくこともできるが、発見時からこうも距離が離れていては、捕り逃がして、見失う可能性は大きい。
このチャンスを逃せばまた何ヶ月も巫女様の外出を許すことになる。
これ以上好き勝手にはさせられない。
町へと向かう小柄な影を、俺は騎士である誇りに賭けて後を追った。
影は寝静まった町を颯爽と走りぬけ、件の屋敷へと入って行く。
屋敷に侵入しようとしたが、見張りの男が出てきてそうもいかなくなった。
しばらくすると見張りの男が屋敷に戻り、直後、裏手が騒然とした。
馬の嘶きと馬蹄が聞こえる。
俺はすぐさま無人になった正面口から敷地に入り、裏口へ回った。
開け放たれたままの門には誰もおらず、門の外側には土煙が立ち昇っていた。
目を眇めたが、闇の中に騎影すら見つけることはできなかった。
「くそッ!」
巫女様……。
焦るな、ディーン。
やれることは他にもあるんだ、結論を急ぐな。
焦燥に駆られる自身に言い聞かせ、俺は屋内に侵入した。
「あー、久々の仕事だってのに、俺も行きたかったな」
「仕方がないよ、熱があるんだから。それよりエルに言われたでしょ、ちゃんと部屋に戻って寝ないとだめよ」
明かりの灯る部屋に近づくと、薄く開いた扉の中から男と、少女の声が聞こえてきた。
少女の声は巫女様の声ではなかった。
覗いて確めると、広めの部屋にはその二人しかいないようだった。
バンッ!
俺はドアを派手に蹴り飛ばした。
「きゃーっ!」
「な、なんだてめぇ」
少女が悲鳴をあげ、テーブルに項垂れていた男が慌てて立ち上がり少女を背に庇う。
俺は大股で近づくと、男の胸倉を荒々しく掴み上げた。
「ほんの少し前に十二歳ぐらいの美少女がここに来たはずだ。彼女はどこへ行った」
「し、知らねぇ」
男は俺よりも一回り体格が小さい。だが、言葉を詰まらせ、顔を引きつらせながらも、決して俺から目を逸らさずそれを取り出そうとした。
目の端でそれを捉えた俺は、空いた手で怪しい動きをした男の手を掴むと、容赦なく捻りあげた。
「アッいででででッ!」
カランカランッ、とナイフが床に落ちる。
俺は男を睨み据えたまま、胸倉の手を離し、腰に挿した短剣を抜いて男の喉に切っ先を宛がう。
「ひいっ」
細い手が床に伸びるのを察して、それよりも早く足で転がるナイフを踏みつけた。
「お嬢ちゃんよ、こいつを殺されたくないならお前さんは大人しくしときな」
威圧する俺の声に、男の後ろで少女が震え上がる。
同じく震え上がる男に、俺はもう一度問う。
「彼女はどこだ」
「あ、あの子をどうするつもりだ」
へぇ、自分が殺されるかもしんねぇのに、あの方の心配か。
俺は表情を崩さず内心で感心した。
「どうもこうもしねぇ、家出娘を連れ帰るだけのことだ」
男はとたんに眉根を寄せて困惑を滲ませた。
「ここから十キロ南の町外れまで行った。明け方までには戻ってくる」
「何しに行った?」
男が視線を逸らしかけ、俺は容赦なく首の薄皮に筋を入れた。
血が滲んで鮮血が滴る。
脅されて男の胸が激しく上下する。緊張のあまり額に脂汗を滲ませ、息を荒げた。
「刻まれたくなけりゃ答えろ」
「……盗賊団のアジトに、盗難品を奪いに行った」
「怪盗ナンチャラか」
「イぎッ、ひぃぃぃっ」
危険極まりない主の行動に、我しらず男の腕を捻りあげた手に力が篭もる。
「てめぇらでやりゃぁいいもんを、なぜ、あの子を巻き込む?」
「ご、誤解だぁ、怪盗ガーディアンは……」