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第12話 いい度胸してやがる

 潔白であるのなら、信じさせてくれ。

 そう願いながら、今度は隠し通路の出口である物置小屋の中で、寝ずの番をすることにした。

 これもまた疑念を晴らす為の確認作業だ。

 俺は何日も何週間も待ち伏せた。

 彼女が警戒して自重する期間を含めても、三月は続けるつもりだった。

 張り込んでから、一月が経ち、さらに半月。

 月のない満天の星屑が霞み始める未明。

 その日も諦めて神殿に戻ろうとして、小屋を出たところで何かに気がついた。

 耳と全神経を研ぎ澄ますと聞こえてくる。


 カサッ。

 パキッ。


 俺のいる場所から少し離れた場所、明らかに、何者かが落ち葉や枯枝を踏む音がした。

 気配は一つ。研ぎ澄ました神経で辺りをうかがうが、他には感じられない。

 細心の注意を払って近づく。視界を遮っていた草原を抜けると、やがてその影が見えてきた。

 薄闇に表れたシルエットは、獣ではなく人だ。

 頭をフードで覆った外套姿。

 それも小柄。

 賊という可能性も考えられなくはないが、外套姿は、以前街で見かけたときの巫女様を連想させた。

 彼女であれば抜け道から神殿へ向かうはずだ。


 小柄な人影が、暗闇の辺りを警戒しながら斜面の下から上へと上がってくる。

 俺は内心で人違いであることを願った。

 影は、大きな岩と岩の窪みに屈むと、手で何かを払い、蓋らしきものを上げ、その中へ身を滑り込ませた。


 ……嘘だろう?


 俺は否定しながらも確信していた。

 頭を鈍器で殴られたかのような、強い衝撃を受けて。


 しばらくしてから近づくと、岩が四角く穿たれて、そこにはめ込まれた木の板を外した。

 人が一人通れるほどの穴が垂直に開いており、縄梯子がかけられていた。


 やはり抜け道か。

 そしてあれは……。


 下りた先にも大人一人がゆうに通れる幅の空洞が続いていた。

 真っ直ぐに続く通路の先には、明かりを持った人の姿が見えた。

 俺は気づかれるのを承知で遠のく背を追った。

 やがて通路は折れ曲がり、明かりを持った人影が消えると光は更に薄くなって完全に暗くなる。

 俺は手探りで先に進み、曲がった先にあった何かに躓きかけた。

 すぐに上へと上がる階段だと気づいたが、同時に階段の先と思われる辺りに、人の気配を感じた。

 止まってじっと待っていると、気配は遠のく。俺はすぐに階段を上がり、その上に蓋をされていた木の板を持ち上げた。

 出た先は、神殿の庭だった。

 片隅にある、使われずに蓋をされていた井戸が出口になっていた。

 視線の先を白い服が霞め、俺の目の前に彼女は立っていた。

 白い巫女装束を纏った髪の長い少女が、俺を振り返る。


「ディーン長官、殿内での平服は禁止よ。外の穢れを持ち込まないで」


 お前さんも今しがた帰ってきたくせに、言ってくれる。

 着替えを出口に用意していた周到な巫女様は既に法服を着て、そこがどこかも知らずに顔を出した間抜けな俺は平服のままか。

 分が悪すぎる。

 完全にしてやられたな。

 ……だが、なぜだ。

 なぜこんな時間に……こうまでして。

 

 脳内に疑問符を散らばせながら、俺は負けを認めて傅いた。


「申し訳ございません、すぐに失礼致します」


 謝罪をすると、神殿の一階にある自室へと引き下がった。


「俺がこうも遊ばれるとはな、いい度胸してやがる」


 乱雑に上衣を脱ぎ捨てると、シングルベッドに寝転がった。


「だが、なんなんだ、あの巫女は」


 巫女様には守護者になる以前から、ご自身の立場を先代の巫女様より教えこまれているはずだ。

 それにも関わらず、巫女様は俺に見つかっても反省なさらず、その後も繰り返し、俺の目を欺いてまで神殿を抜け出していた。

 しかも夜中に。


 ……あなたが……怪盗ガーディアンなのか?

 どうやら、侮り過ぎていたようだ。

 

 俺はベッドから起き上がるとバシッと両手で自分の頬を叩いた。


「遊びはもう終わりだ。俺が、必ず止めてやる」

 


 

 * ⋆ * ⋆ * ⋆ * ⋆ * ⋆ * ⋆ * ⋆ * ⋆




「昼に来るなんて久しぶりだな」


 私が子供達のいる屋敷に行くと、頭目のゲイツがそう言ってお茶を入れてくれた。


「いろいろあるの。夜もしばらくは来れないかもしれない」


「無理するこたねえ 。子供達のことなら心配ない。いつも余分にもらってるんだからな」

 

「うん」


「……それよりもだ、変な男に付き纏われてねぇか」


 私はすぐにディーンのことだと気づいた。

 あの男はすっかり真面目に私を監視するようになった。

 しかし近頃は眠そうに欠伸をかみ殺しているのを見かける。

 夜になると裏山で私を見張っているからだ。おかげですっかり抜け出しにくくなった。

 だがそうやって監視の目を光らせているのはディーンだけで、他の神官は何も変わらない。

 私から言わせればまだまだ隙はある。

 だからディーンが気を抜いている昼間に、こうして抜け出してこれた。

 

「そんなことないわ」


 変な心配も詮索もされたくなくてそう答えた。


「ならいいんだが、一月ほど見かけてないがな、時々ここの様子を見に来てる男がいるんだ」


「私じゃなくて子供達が気になるんじゃない」


「いや、あいつの狙いはお嬢だ」


「随分はっきりと決め付けるのね」


 ゲイツは単純でも短絡でもない。

 外見に似合わぬ冷静さと、洞察力を持っている男だ。


「やつは『寝取りのディーン』て、寄ってくる女に次々手を出すいけすかねぇ騎士だ。任務ならまだしも、普段着であいつが子供や俺達野郎なんざ見に来ねぇさ。町でお嬢を見かけでもして気に入られたんじゃねぇかと思ってな」


「や、やめてよ、気持ち悪い」


 言いながら私は寒気を覚えた。

 やはりしばらくは無理かもしれない。

 私は持ってきた布の包みをゲイツに渡す。

 いつもの倍だ。

 ゲイツはそれを見て溜息をつく。


「金なら大丈夫だ」


「しばらく来れないかもしれないから」


「……っとに心配性だなエルは。わかったよ、金は受け取る。だから心配すんな。ちゃんと面倒みるから」 


「ありがとう」



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