第10話 静か過ぎて不気味だ
お勤めへと向かわれる巫女様が俺をちらりと見る。
「俺のことがそんなに気になりますか?」
俺は巫女様の外出を暴いた日から、お付とは別枠で巫女様の護衛に就くようにしていた。
この日護衛の任務に就いた神官二人が、俺がいることをいいことに、一人が所用で抜け出し、もう一人までが便所に行くといって任務から離れた。
今は俺一人で巫女様の傍に控えている。
巫女様もそんな俺が気になるのか、この日に限らず、ちらちらと俺を見るようになっていた。
「別に」
巫女様は振り返ることなく不機嫌に答えた。
「俺は、あなたのことがすごく気になってます」
「気持ち悪いこと言わないで」
この娘は俺のことがよほど嫌いらしい。
「近頃あなた様が俺を気になさるんで、他の神官らは巫女様が私に心をお寄せになっているのではないか、と噂になっていますよ」
「馬鹿馬鹿しい」
冷めた毒舌は健在だが、その胸の内で俺を意識し、警戒していることは明白だった。
俺は巫女様のお勤めの後で、提案してみる。
「宜しければ、私に巫女様のお話相手をさせていただけませんか?」
「それはいいですね、巫女様是非そうなさいませ」
持ち場に戻ってきた神官が、にこやかに促し、もう一人が同意して頷く。
振り返った巫女様はいつになく冷たく神官を睨み、ディーンを見ることなく顔をそらした。
「いらない」
ぴしゃりと言い捨てて居室へと消えていく。
初めから期待などしていない。
二人の神官は苦笑して、部屋の両扉を丁寧に閉ざした。
「残念でしたね、ディーン長官。きっと照れてらっしゃるんですよ」
「また頃合を見計らってお声掛けになられたらいいんじゃないですか?」
妙に好意的な神官らの励ましに、俺は含み笑う。
「そうだな。随分と私の事を気にかけてくださっているようだからな。少しでもお応えしたい」
扉のすぐ向こう側に、彼女の気配を感じながら、俺はわざと聞こえるように少し大きめの声で語った。
巫女様も子供といえど女だ。
優しく接していればころりと気持ちも変わるかもしれない。
なに、時間はあるんだ。少しずつでも心を開かせれば、俺に言い寄る社交界のご婦人のように、扱いやすくなるだろう。
だが巫女様は、俺がいくらお誘いしてもいっこうに相手にしてくださらなかった。
一方で俺は、部下に護衛を任せて怠ける振りを装い神殿の裏手に回った。
抜け道の出口である物置小屋の外で、待ち伏せる作戦だ。
小屋から少し離れたところに座り込んだ。
警戒していれば、小屋の窓から外にいる俺が見えるだろう。
案の定、幾日か続けていると、小屋の窓に人影が映った。
人影の方も俺に気づいたらしく、小屋の外までは出てこなかった。
日を置いて、二度、三度と人影は現れたが、一度も外へ姿を現さないまま姿を消した。
俺は更に見張りを続けたが、諦めてくれたのか、その後は小屋の中に人影を見なくなった。
殿内でも、俺の様子をあれほど気にしていたはずなのに、巫女様はまた以前のように俺を見なくなった。
町へ降りるのを完全に諦められたのだろうか。
あの家には子供達が彼女を待っているだろうに。
巫女様は、一月、二月と変わらず静かに過ごしている。
休暇の度に、市場やあの屋敷周辺を見て回るが、彼女が来ている様子はなかった。
それが、俺にはかえって不気味に思えた。
「エルセリア……クロイセン?」
巫女様に全く相手にされない俺は、あの屋敷のことを本格的に調べ始めた。
役所へ出向き、身分を明かすと、役人はあの家の持ち主のことを教えてくれた。
「はい。……クロイセンは、五年ほど前まで商業区で宝石商をしていた男ですよ。恐らくその娘の家かと」
守護者は国家のものとされ、名も出自も抹消される。
ゆえに誰も、巫女様の名を知らない。
ただ、出自だけは漏洩しやすく、興味本位に噂が流れる。その為ある程度のことは俺の耳にも入っている。
「あれ、兄貴じゃん」
聞きなれた弟の声に、俺は振り返った。
「なんだ、お前も来てたのか」
「盗賊団のアジトらしき怪しい屋敷を見つけたんで、調べにきたんだよ。……で、兄貴は何の用?」
俺は今しがたまで話を聞いていた役人に背を向けると、ニヤリと笑う。
「町で飛び切りの美女を見つけたんで、どこのどなたか調べてたところさ」
「へえ、仕事以外はずぼらな兄貴に、そんな面倒なことをさせるなんて凄いな。今度紹介してよ」
「生憎、絶賛、嫌われ中だ」
「マジでっ!」
兄が女に嫌われてると聞くや、グレイグは大喜びで食いついてくる。
人の不幸を悦びやがって腹の立つ弟だ。
「やるなぁ。その美女とやら。会ってみてぇ」
会わせられるかっ。
神殿の巫女だぞ、バカめっ。
「俺の女にできたらな」
そんな日は一生来ないだろうが。
「会ってみたいけど、一生そんな日が来ないことを祈っとくよ」
「兄の不幸を祈るとは罰当たりなやつめ、お前には二度とメシを驕ってやらん」
「兄上、冗談に決まってるじゃないですか。このグレイグ、いつでも兄上のお幸せを祈ってますよ。ですから金のない貧乏な僕にお慈悲を下さい」
「またか。独り身の騎士の癖に、貧乏ってなんなんだお前は? 後先考えず娼館の女にでも入れ込んでんじゃ……」
呆れているとグレイグが自慢げに長剣を見せ付けてきた。
通常のものよりも少し長めで、俺と同じく長身のグレイグにはほど良い長さだ。
一目で特注品だと分かった。
「二か月分が吹っ飛んだよ」
俺も駆け出しのときは、早く一人前の騎士として周囲に認められたくて、必死になっていた時期がある。
そのためなら努力も睡眠も、金も、何も惜しまなかった。
「ま、そんなもんだろうよ。しゃあねぇな、極貧の弟にメシを食わせてやるか」
「さっすが兄貴っ、やっさすぅいー」
「ほんと、お前は調子のいいやつだな」
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