第1話 適当におやりなさい
「くっそうッ!……貴様ら、怪盗ガーディアンだなッ、酒に一服盛りやがっ……」
部屋には柄の悪い男が十人ばかり。
陽気に酒杯を掲げて飲みだしたのは、つい先刻のこと。
酒をあおるたび、屈強な男たちがバタバタと倒れ始めると、廊下や隣室、物陰に潜んでいた男たちが、一斉に姿を現す。
室内の片隅に積み上げられた木箱を運び去っていく。
床に倒れた一人が、悔し気に呻くも目は朦朧として、閉じそうになる瞼を必死で開けようとしている。
眠気に抗い瞬きを繰り返す男を、フードを目深に被った小柄な人物が、窓枠に腰かけて楽し気に見下ろしていた。
「盗んだお宝は、そのまま持ち主に返しておくから安心しろ。それと、見逃すのは今回だけだ。次やったら、騎士団に報告するから覚えとけ。これに懲りたら、真っ当に働くんだな」
彼らの酒には、あらかじめ睡眠剤を仕込んでおいた。
饒舌に説教する間に、この男にも薬が回ったようだ。完全に瞼を閉じて寝息をかいている。
窓枠の人影は、立ち上がると外套を翻し、外へと軽やかに飛び出す。
静寂に笑い声を響かせ、仲間と共に夜陰に紛れていく。
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孤独なアーディ。
私もあなたと同じ、ひとりぼっち。
あなたの孤独を私が受け止めてあげる。
淡く光る黄色みがかった透明な鉱物の奥に、砂塵を巻き上げてうねる強風と、それを遮る壁が映し出される。
途方もなく続く壁を、丁寧に確かめ、歪みや綻びを見つけるたびに、私はアーディに修復を促す。
ヴォルグと呼ばれる結界の確認には、集中力がいる。
後任に就いたばかりの私には、一時間が限界だった。
朝の勤めを終えると、中庭に出て陽の光を全身に浴びて大きく深呼吸をする。
首から提げたアーディの欠片を、私はそっと胸の上から握った。
今日は、王国騎士団から新しい神官長が来る予定になっている。
予定通りならそろそろお出ましの時間か。
一旦、回廊へ戻り閑所へ入ると、お付の神官の目を盗んでホールへ出た。
出入り口の内側、太い柱の陰に身を潜める。
玄関口を出れば外へと繋がる大階段がある。
そこへ、二人の男が話しながら階下から上がってくる。
「ふわふわの金髪に、森の泉のような輝く緑眼。美しい御尊顔は天使そのものだ。そんなお方の傍勤めだ、お前はホント幸運だよ」
「何が幸運なものか。ただの子守りじゃねぇか。とんだ災難だ」
「何が災難なものか、総司令の女寝取っておいて。殺されても文句一つ言えない立場だ。左遷だけで許されたんだ、ありがたく思え」
「だから、アレは向こうから誘ってきたわけで、まさか第二王子の女とは知らなかったんだよ」
「素性も知らずに手を出すやつがあるか。隙だらけのお前が悪い」
「要するに嵌められたってわけか?」
「そういうこと。守護者が代替わりするごとに、警護に当たる神官長は王国騎士団の中でも、実力と実績のある者が選ばれる」
「お前に言われなくたって、俺だってそれぐらいは知ってたさ。だが、いつ・誰が・どうやって選ばれるかなんて、誰も何も言ってなかっただろう?」
「悪目立ちしたやつが真っ先に選ばれる。慣例にして暗黙の了解だ」
「なんだそりゃ」
「副師団長より給料も高い上に、誉れ高き役職じゃないか」
「だが、飼い殺しだ」
「……希望者を募ったところで誰も名乗り出ない。無論、騎士団としても、優秀な人材を遊ばす余力はないからな」
「そこで総司令殿は、自分のご婦人を餌にカモを釣り上げなさったというわけか」
「職務柄、守護者は清廉潔白が求められる。ごっこ遊びは許されるが、身の穢れは厳禁だ。ゆえに仕える神官は男色か、ノンケでも軟派男に限られる」
「とどのつまり、俺が適任と言いたいのだろう?」
「ま、そうなるな」
「ちっ、まさかお前、俺を売ったんじゃねぇだろうな」
「さしもの総司令殿も、こればかりは随分と懊悩されておいでだったのでな、一名ほど推挙しておいた」
「ま、マジかっ!」
盗み聞きされているとも知らず、よくしゃべる。
階段を上がってきた二人の男達は、私のいる玄関口に立った。
王国騎士団のお仕着せを纏った男が、満面の笑みでもう一人の男の肩をポンと叩いた。
「これで、昔お前が俺の女を寝取ったのを帳消しにしてやるよ」
男はガクリと項垂れた。
神官の真新しい長衣のお仕着せに、裾からは内側の腰に刷いた長剣の鞘先が覗いている。
「五年も前のことをまだ根に持ってたんだな、悪かったよ。他のことならなんでもしますから何とかして下さいよ、師団長ぉ」
ホールに男の情けない声が響く。
私は静かに柱の陰から出た。
こちらに身体を向けていた師団長殿が、真っ先に私に気づいた。
「守護者の巫女様ですね」
口を利きたくなくて、コクリと頷く。
元部下の男が振り返り、私を見るなり顔色を失くした。
白を基調に両脇に水色の線が入った官服。
整ってはいるがどこか軽そうな印象を受ける締まりのない顔。
見上げるほどの長身が、おずおずと下がっていく。
二人の武人は傅き、声を掛けてきた男が名乗る。
「お初にお目にかかります。私は王国騎士、師団長のラウルと申します。我が国の為、日々のお勤め深謝いたします」
「思ってもいないくせに」
精悍な顔がピクリと引きつり、その横でばつが悪そうに視線を落す軽薄そうな男に言ってやる。
「そんなに嫌なら帰れば。あなたにいてもらわなくても困らないから」
だからといって、そう簡単に辞めてもらっても困るんだけど。
「こいつは、一応貴族の出でありますし、素性も確か。騎士としての腕は一流です。何かあればあなた様を必ずやお守りすることでしょう」
嫌な子供だと思っただろう。
王国騎士は焦りながら取り繕うと、元部下の背をバシリと殴り、顔を近づけて小声で命じた。
「年貢の納め時だ。観念して大人しくお仕えしろ」
聞かせてるのか、バカなのか、声の大きな男達だ。よく聞こえる。
「お返し頂いても我々も困りますので、どうかここに置いてやってください。では、私はこれにて失礼致します」
それはそうだろう。なり手がない中で苦心して選出したらしいから。
師団長は私に頭を下げると、元部下に目でちゃんとやれ、と促して置き去りにした。
薄情な騎士の背を眺めながら、哀れな男に慈悲をくれてやる。
「あなた、よほど邪魔だったのね。可哀相だからいさせてあげてもいいわよ」
「そりゃどうも、助かります」
王都が一望できる大神殿の大階段上。
この出会いが、私の行く末を大きく変えていくことになるとは、このときはまだ露ほども知らずにいた。
読んで下さりありがとうございます。
楽しんで頂けるように頑張ります。