とある坊っちゃんのお悩み相談
「オーゲル港って知ってるかい? この国で一番の港で他国との貿易も盛んなのだけれど、何を隠そうそこの領主は僕の父親なんだ。物流の拠点を任されている通り、父上は国王からの信頼も厚くてね。父上に連れられて国王がいらっしゃる城へ行ったこともあるよ。それと、この学園にも通っている第二皇女とは歳が近くて、小さい頃に何度か遊んだ事だってあるんだ。どうだい? すごいだろう? そうそう。君たち、欲しい物とかはあるかな? お近づきの印に僕が何かプレゼントしようじゃないか。海外のドレスに珍しい動物、なんでも言ってくれて構わないよ? 父上に頼めば手に入らないものはないからね」
私達に話しかけてきたモーガン伯爵家の三男坊、クレイはキザっぽい口調で喋っている。その殆どが自慢話ではあるのだけれど、自分自身の力ではなく家の権力による物であるところがいかにも貴族の坊っちゃんっぽい。腹が立つまではいかないけれど、友達にはしたくないタイプの人間だった。
「ほう? なんでもですか? それは素晴らしいですね。お嬢様、ここは遠慮せずお言葉に甘えましょう。さしあたり、俺は遊んで暮らせるほどの現金が欲しいのですが……」
「みっともないから止めてちょうだい。クレイ様。お気遣いとても感謝致します。ですが、そのお気持ちだけで充分過ぎます」
「あーあ、断るんですか? 貰える物はもらっておけば良いのに。まぁ、タダより高い物はない、なんて言葉がありますからね。親の七光りの癖にソレを理由に友達面されても困りますし、お嬢様の言う通りにしておきますか」
私は後ろにいるビルを睨みつけて黙らせた。いくら本当のことだとしても言って良いことと悪いことがある。それに相手はウチよりも高位の階級なのだ。どんな報復が待っているのか分かったもんじゃない。私は恐る恐る顔を正面に戻して、向かいに座っている伯爵家の子息を見つめた。予想に反してクレイは肩をガックリと落としていた。
「すまない。君の執事の言う通りだ。モーガン家の名前を笠に着るようなやり方はやめようと思っているんだが、初対面の相手に気に入られようとするとうっかり癖で言ってしまうんだ。こんな事ばかりしているから、僕には友達が少ないんだ。この学園でそんな甘えた自分とおさらばしようと決意したはずなのに。軽蔑したかい? いや、言わなくても分かっているよ。君のような立派なレディは気を遣ってそんなことはないと行ってくれるだろうけれど、自分が駄目なことは自分が一番よく分かっているさ。はぁ。こんなんじゃ、いつまで経っても父上や兄上達に顔向け出来ないよ」
一人で勝手に反省会を始めている。根っこの部分がお坊ちゃまなだけで、悪い人間ではなさそうだ。
「あの……クレイ様? 私の執事には後でキツく叱っておきますので、彼の言ったことは気にしないでくださいね? それよりも、相談したい事があるんじゃありませんでしたか?」
「え? ああ、そうだったね。自分の事に夢中で忘れてしまっていたよ。実は僕の隣人の様子が最近おかしくてね。その事で、もし良かったら君たちに意見を聞きたいんだ」
落ち込んでいたクレイは気を取り直して事情を説明し始めた。
君たちも知っている通り、この学園に通う生徒は寮生活を行っているだろう?
男女別々になっている以外は学年や爵位、主人と従者の区別もなく、バラバラに一人一部屋を与えられる。
僕の部屋の隣にいるのはノーマンという一歳上の従者でね。
エドモンド伯爵の娘であるメアリー嬢の執事としてこの学園に通っている。
ノーマンは寡黙なヤツで体格も人より優れているから周囲に怖がられているのだけれど、話してみると意外と優しくて常にメアリー嬢を気遣っている執事の鏡みたいな人間なんだ。
そのノーマンがおかしくなったのは数ヶ月位前から。
やけに僕へ対する当たりが強くなったんだ。
僕は最初、またいつもの癖で彼の気に障るようなことは口走ってしまったんじゃないかと思ったんだ。
でも、噂によるとどうやら他の男子学生達にも同じように睨みつけたり、強い口調で返事をしてたそうなんだ。
不思議に思ってノーマンに直接尋ねてみたんだけれど、向こうからは謝罪の言葉ばかりで何の解決の糸口も見つからなかったよ。
しかも、驚くことに一週間後にはまた元の優しいノーマンに戻っていたんだ。
もしや、双子の兄弟でもいるんじゃないかと僕は思ったね。
でも、ノーマンの奇行はそれで終わりじゃなかったんだ。
ノーマンの様子がおかしくなってから一ヶ月位した後、僕が部屋で休んでいると隣からブツブツと声が聞こえてきた。
受け答えをしているようなので、ノーマンが誰かを部屋に呼んだのだと最初は思ったんだ。
だけれど、その話し声をしばらく聞いているうちに異変に気がついたんだ。
ノーマンと喋っている人物の声もまたノーマンに似ていたんだ。
今まで隣で生活してきて、こんな奇妙なやり取りを耳にしたのは初めてさ。
僕は聞き耳を立てて隣から聞こえてくる声を聞き分けようとしたけれど、壁越しのくぐもった声では正確な判定が出来そうにもないから、しょうがなく部屋から出て隣の部屋の扉をノックした。
ドアを開けて出てきたのはいつもと変わらない様子のノーマンで、開いたドアの向こうに見える部屋の中には他に誰もいやしなかった。
誰かと話していなかったかい、と尋ねると、ノーマンはあからさまに狼狽えて、ただ歌を歌っていただけだと答えたんだ。
言っておくけど、ノーマンは鼻歌なんて歌うタイプじゃないし、勿論二重人格でもない。
何かを隠していると確信したけれど、僕はそれ以上追及しなかった。
だって、隣人であると同時に良き友人でもあるからね。
隠し事を詮索するなんて友情に反する行為じゃないか。
その時はそれで納得したフリをしたけれど、その後も度々ノーマンは異常な行動を見せたよ。
例えば、一人の時間によく図書室へ足を運んで大量の本を借りるようになったね。
本人は授業に追いつくためとか言っていたけれど、その割には手にしている本は詩集や物語ばっかりなんておかしいだろう?
他には……そうだね。
定期的に別館へ行くようになったね。
尤も、別館へはメアリー嬢と共に向かっているから、ノーマンが誰かと逢瀬を重ねているってわけじゃなさそうだよ。
あ、勿論メアリー嬢もね。
別館の中庭をグルっと一周してすぐ帰ってくるらしいよ。
愛し合う者達の甘い囁きを耳にしてメアリー嬢は顔を赤くしてるそうだけれど、不思議なのは別館に行こうと言い出すのはだいたいノーマンなんだ。
そして、ここからが本題。
先程も言った通り、僕は友人の秘密を暴こうだなんてこれっぽっちも考えちゃいなかった。
でも、流石に看過できない事件が起きてしまったんだ。
数日前に裏庭で火事騒ぎがあったことは知っているだろう?
実は、その原因はノーマンなんだ。
どうも裏庭で何かを燃やしていたらしくて、風によってその火が建物にまで燃え移りそうないなったんだ。
幸い、近くを通った先生方や他の生徒のおかげで多少外壁が焼け焦げた位で済んだけれど、もし一歩間違えたら一大事になっていたよ。
当然先生方はその場にいたノーマンになぜこんな事をしたのか理由を問いただそうとしたけれど、僕に質問されたときと同じようにノーマンは正直に話そうとはしなかった。
主人であるメアリー嬢が駆けつけて尋ねてみても一緒さ。
その場はメアリー嬢が頭を下げて事なきを得たけど、先生方の中ではノーマンを不良扱いして休学、いや退学にした方が良いんじゃないかって意見も出ているみたいなんだ。
この学園に通う学生として、そして一人の友として、ノーマンを放っておくわけにはいかない。
でも、僕がいくらノーマンへ問いかけたところで素直に話してくれるとは思えない。
そんな時に君たちの話が聞こえたってわけさ。
お読み頂きありがとうございます
導入に当たるのが前話に続き、今回は出題編です
となると次回は……?
推理編、と見せかけて解決編となります
謎解きに必要な要素は提示したつもりですが、推理出来るでしょうか?
お楽しみに