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目が覚めたら下級貴族の一人娘だった件について

「お疲れさまです、アリエスお嬢様。今日もよく勉学に励まれました」

歴史の授業が終わり、同級生達が待機していた従者と共にドアから出ていくのを教室の端っこで眺めていると、席の正面から声をかけられた。顔を前に向けるとそこには、バトラースーツに身を包んだ仏頂面の男性が立っていた。

「お疲れ、ビル。いつもは廊下で待っているのに、教室の中まで迎えに来てくれるなんて珍しいね?」

主である私の問いかけに、ビルは欠伸をしながら答えた。

「授業終わりの教師達が廊下でウロウロしてまして。雑用を押し付けられるのが嫌でここに駆け込んできました。俺の仕事はお嬢様のサポートのはずで、教師達の部下ってわけじゃないんですけどね。学園所属とはいえ、手伝ってほしいならその分の賃金は払ってほしいもんです」

従者にしてはフランク過ぎる口の利き方だけれど、私は特に叱責しなかった。ビル・スチュアートは確かに私の執事ではある。しかし、彼を雇用しているのはアリエス・ロジャーでも、軍人上がりのロジャー士爵でもなく、全寮制貴族学校であるノーブル学園なのだ。付き人もいないアリエスが不便な学生生活を送らないようにと学校側がわざわざ用意してくれたのに、言動が多少不真面目なだけで執事としてちゃんと働いてくれる彼に文句を述べるなんて出来るわけがない。

「それで? この後はどうします? ご自分の部屋に戻られますか? それとも、どこかで休憩なさいますか?」

出来ればさっさと寮に戻ってそのまま部屋の中で閉じこもっていてほしいとビルの顔に書いてある。私は少し考えてから、後者を選んだ。露骨にしかめっ面を作るビルだけど、主の要望を叶えるのが執事の仕事だ。頭を掻きながら、休めそうな場所を提案してくれた。

「今の時間なら本館の中庭は止めておいた方が良いですね。街へ出かける学生でごった返してますから。別館の方もパス。物陰に隠れて歯の浮きそうなセリフを言い合っているカップル共なんか見たくも聞きたくもないでしょう? 図書室は別の曜日なら良いんですけど、今日はオッズモール女史がカウンターにいるはずなんで、一言でも声を発したらすぐさま追い出されてしまいます。談話室はどうですか? あそこなら多少の飲み食いは許されてますし、お嬢様が望むような情報も手に入ると思いますよ? それに、他にも休憩している学生がいるから我々がいても浮かないですし」

「それじゃあ、談話室にしましょうか。それと、ビル。私は別に浮いてなんかいないわ。周りから注目を浴びないように存在感を薄くしているだけよ?」

ハイハイと私の発言を軽く受け流しながら、ビルは教室の後ろのドアまで私をエスコートした。未だに友人がいない令嬢の負け惜しみ位に思っているのだろう。そこまで反論するつもりもないので黙っておいたが、今の目立たないモブお嬢様としての立場に私はとても満足している。この体の元々の持ち主であるアリエスはどう思っているか知らないけれど。


私がアリエス・ロジャーとしての体を手に入れたのはノーブル学園へ入学する前日の事だった。

OLとして働いていた私は会社での人間関係に疲れ切っており、植物のような平穏な生活を送りたいと思うようになっていた。

ある日、仕事を終えて自宅へ帰ると度重なる心労や無茶苦茶な生活リズムのせいか、玄関で倒れるように意識を失ってしまい、気がつけばアリエスとしてこの世界に存在していた。

どうして私の精神がアリエスの体に収まっているのか、彼女が私宛に残していた手紙を読むことで理解出来た。

簡単に言えば、貴族の娘という立場に嫌気がさしてしまったアリエスが別の人生を歩みたいと神様に祈った所、別の世界で同じように今の生活に不満を抱いていた私と波長が合致して精神を入れ替えてしまったらしい。

巻き込んでしまって申し訳ない、でも貴方も今とは違う人生を歩めるのだから幸せでしょう、と手紙には書かれており、その自分勝手な物言いに希望を抱いて私と人生を交換したのにあんな社畜みたいな生活を送ることになってしまって可哀想だと思う気持ちは一瞬で消え去ってしまった。

とにかく、まずはこの世界について知らなくてはと彼女の部屋を物色して見つかった学校の入学案内に私は既視感を覚えた。

一体どこで見たんだっけと記憶を掘り起こし、私が学生の頃に流行っていた小説の設定に酷似している事を思い出した。

全寮制のノーブル学園には国中の子息令嬢達が通っており、そこに通うことになった平民出身の主人公は貴族間の権力争いや身分による軋轢、そしてライバル達からのイジメに立ち向かいながら意中の王子様と恋人になる、という恋愛小説だ。

本の世界に飛ばされただなんてニワカには信じられないけれど、学校の説明だけでなく小説の挿絵と全く同じ校舎の写真を見せられたら納得するしかない。

そもそも神様への祈りで赤の他人と精神が入れ替わっている時点で摩訶不思議なのだから、昔読んだ小説の中に入り込む位の事は受け入れないと。

さしあたり直近の問題はその学園生活だ。

アリエスの父親であるロジャー士爵は槍の名手としてナイトの称号を与えられた軍人であり、士爵という貴族階級としては低い爵位の家の一人娘が貴族主義の蔓延っている学校に入学したらイジメられるに決まっている。

小説の主人公でもなく微妙なポジションに転生してしまった私は、もう人ドロドロとした人間関係にうんざりで、モブ令嬢として慎ましくひっそりと生きていく事を心に誓ったのだった。


「気になるなら話しかけてくれば良いじゃないですか? そんな周囲をジロジロ見たって、誰もこっちに視線を向けたりしませんよ?」

背後に控えているビルが冷たい口調で注意してきた。私は談話室のソファに腰掛けながら首だけを後ろに向ける。

「そんな事出来ないわ。私みたいな下級貴族がでしゃばるような真似をしたら、後でなんて言われるか……」

「お嬢様の中でこの学園はどんだけ治安が悪くなってるんですか? 今どき下級だ上級だなんて差別があるはずないでしょ」

私の心配をビルが鼻であざ笑う。ビルの言う通りで、原作小説では選民思考によるイジメが問題になっていたはずなのだが、今私がいるこのノーブル学園ではイジメの影も形もなかった。噂によると昔は確かに学校の雰囲気は最悪だったらしいのだけれど、十数年前に学長が変わった事により学園に蔓延している差別を一掃したのだそうだ。そんな簡単に根付いた思想を取り払えるわけないと思ったが、良くも悪くも一年毎に多くの人間が去って多くの人間が加わる環境と考えの凝り固まった親元を離れて同年代の子とコミュニケーションを取れる機会が与えられる学校という場は空気の入れ替えがしやすかったのだろう。少なくとも表向きは大きなトラブルなどなく、生徒や教師はみんな人が良かった。

「第一、そんな差別を黙認しているような学園だったら付き人のいないお嬢様に執事を充てがうわけないじゃないですか。それなのに勝手に警戒して孤立した挙げ句、どこのグループにも入れなくて寂しい思いをするなんて、馬鹿な人間いるわけありませんよね?」

「だから、私は別に落ち込んでなんかいないって。好きで一人でいるの」

誰もお嬢様だなんて言ってないんですけどね、とビルが意地悪そうな笑みを浮かべている。一応私の事を主人として敬ってくれているのだが、たまにこうしてチクリと刺してきた。ご機嫌取りでなんでも肯定してくるよりはやりやすいけれど、人が気にしている事をそんなにほじくり返さないでほしい。

実際の所、モブお嬢様としての立場には満足しているけれど、現状に不満がないかと言われればそんな事はなかった。原作小説を知っていたからこそこんなムーブをすることにしたのに、これだけ平和な学園生活が待ち受けているなんて思ってもみなかった。そうと知っていたら私だって仲良しグループが形成される前に同級生達に積極的に話しかけたし、なんなら好きな人の一人や二人見つけられたかもしれない。学校に馴染み始めた今では一人でいるのが好きな、物静かなキャラとして周囲に認識されてしまっており、授業中に話す人はいても自由時間に一緒にいてくれるクラスメートはどこにも存在しなかった。

自分で選んだ道だし、誰にも文句は言えない。かといってフラストレーションは貯まる一方だ。そして、いつしか私は学園内でなにか面白い事件が起きていないか探すようになっていた。

「ほんと、いい性格してますよ。他人の話に聞き耳を立てて、一人で勝手に悦に浸るなんて。名前も知らない誰かが困ったり苦しんでいるのを聞いて、そんなに楽しいですか?」

「まるで不幸話が好きみたいな、人聞きの悪い言い方しないでよ。私は面白い事件や出来事を求めているだけなの。ただ、こういう場で聞こえてくる話って他人への相談が多いでしょ? 結果として誰かの苦労話とかを聞かされる羽目になっちゃってるわけ。それと、楽しいかどうかと聞かれたら、そりゃ楽しいわよ。学園内で起きている不可解な事件には想像力が掻き立てられるし、たまに恋愛相談なんて耳に入ってきたら胸がときめくじゃない。ビルだって恋バナは好きでしょ?」

「十代そこそこのガキ……じゃなくて貴族の子息令嬢方の浮いた話なんてそんな面白いですかね? それだったら街でバイトをしていた方がよっぽど有意義だと思いますが。それにただ聞いて終わりってだけなのもどうなんですか? それって物語の冒頭だけ読んで満足して内容を理解したつもりになっている、みたいなものじゃないですか? どうせなら結末まで確認したらどうです? 例えば、事件の内容を解決する為に一肌脱ぐとか」

こうして人のいるところに行けば次々にネタが降ってくるのに、どうしてそんな面倒な事をしなければならないのだろう。それに、探偵の真似事をしたところで私にはこれと言って得がない。こないだたまたま話しているのが聞こえたんだけど、アレってこういう事だったよ〜、なんて話しかけるわけにもいかない。向こうから相談しに来てくれるなら話は別だけど、私が事件や噂を求めているだなんて誰も知っているはずが……

そう告げようと口を開いた瞬間、私の目の前に一人の男子生徒が近寄ってきた。

「ちょっとごめんよ。実は少し話が聞こえたんだけど、君たち不可解な事件を調査してるんだって? それなら相談したいことがあるんだけど、良いかな?」

私はビルの顔を見上げた。ビルは知らん顔をしている。私が決断しろという事らしい。私は少し悩んだ後、緊張で声が震えないように注意しながら答えた。

「それじゃあ……とりあえず、話だけ……」

お読み頂きありがとうございました

公式企画である春の推理2023をテーマにした二つ目の話になります

今回は異世界物を下敷きにした日常ミステリーです

隣人要素がないじゃん、と思った方、事件の内容に触れる次回から出てきますのでお楽しみに

まぁ、今回の引きである程度分かるかとは思いますが……

GW中には完結させる予定ですので、引き続きお読みいただけたら幸いです

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