0.36の走り
私の父はオート三輪免許を持っていました
父の免許取得当時は大阪城の広場にロープを張って通路を作り、そのロープに触れずに運転できたなら合格だったらしいです
ほんまかいな?と思うような試験ですね
さて、当時はオート三輪という三輪の自動車がよく走っていました
我が家でも父がミゼットという小さな三輪の軽トラック仕様の貨物自動車を運転していた記憶があります
このミゼットはバイクのようなハンドルがついた一人乗りのものと、普通の丸ハンドルの2人乗りがあったようですが我が家は丸ハンドル型でした
このバイクのようなハンドル型はタイで走っているトゥクトゥクのようなものです
1996年から2001年の間ミゼットはミゼットⅡと仕様変更し軽四輪自動車として販売されその独特の小さなボディーが人気を得ました
話を戻しますが、堺に住んでいた頃で、父は仕事へミゼットで出かける前に私を横に乗せて町内を一周ぐるっと廻るのが日課でした
当時のミゼットは木製のベンチシート?の座席でした
道路は当然舗装なんてされていない時代ですので、乗り心地は最悪だったと思います
ミゼット以降も父は研ぎの仕事で軽トラック仕様の車に乗ってあちらこちらの現場を廻っていました
トラックの荷台に大きな、ちょうど漫画でよく描かれていた石器時代の石のお金のような中央に穴の空いた丸い砥石を積んで荷台に穴を開けベルトを通して後輪へ動力を伝えるシャフトの回転力を利用してその砥石を回転させて最初の荒研ぎをしていました
オート三輪免許?
初めて聞かれる方が多いかも知れませんが、かつては運転免許証にそういう区分があったようです
父はその免許と大型二輪(限定解除の二輪免許)しか持っていなかったので、四輪に乗る時は当時の規格だった360cc以下の軽自動車しか乗ることができなかったそうです
ただ、軽自動車はその当時360cc以下の規格だったので、何ら問題は無かったのですが、550cc以下に規格が拡大された時には、その軽自動車には乗れない状況となりました
普通免許に変更するためには試験場へ行って試験を受けなければならなかったのです
それもあって、私が免許証を取得した時には、我が家には360ccの軽自動車がありました
もうどれくらいの大きさか忘れましたが、それは大変小ぶりな自動車だったはずです
調べてみると全長2,995mm×全幅1,295mm×全高1,305とのこと
現在の軽自動車の規格が全長3,400 mm以下×全幅1,480 mm以下×全高2,000 mm以下
ですので高さは別として比べたらなんとも小さいですね(笑)
私は教習所では小型乗用車である5ナンバー規格最大の2000ccの車、いわゆるタクシーと同じ車両を運転していました
こんな大きな車に乗るつもりはないのに・・・そう思いながら一般に嫌われるクランクやS字カーブ、方向転換(車庫入れ)、縦列駐車の教習を受けていました
当然オートマチック車限定免許なんてありませんから、坂道発進もドキドキしていました
そんな私が晴れて免許取得後の初乗りに360ccの軽自動車を運転するんです
何もかもがおもちゃのようでした
そして出足も悪く、ギアをトップに入れてアクセルをべた踏みしても60キロに到達するのにかなり時間がかかり、さらにそのスピードになるとルームミラーがガタガタ振動して後ろがとても見にくかったのを覚えています
非力さを痛感しましたし、交差点の右折時には俊敏に走らないので恐怖さえも感じていました
半年ほどその車に乗っていましたが、遠出することも、もちろん高速道路も山道も走りませんでした
しかし、今になって360ccの車を運転した経験があるのは同年代ではほぼいないだろうとの思いが生まれました
これは360ccのパワーを体験できたことを自慢してもいいかな?なんて思ったりもしています
ただ、この車の次に私の愛車になったのは550ccの相変わらず軽自動車でした
私は自分の愛車を代々あのドイツの有名なスポーツカーの名前で呼んでいますが、この当時はさすがに呼んでいなかったですね(笑)