春のお別れ
季節は春。桜の花がまだ蕾の頃、梅の花がぱらりと花開く。その光景をぼんやりと、ただぼんやりと、境内の石垣に腰掛けて仰ぐ。平和な午後だ。平和過ぎて眠ってしまいそうだ。
そうやって、ゆったりと船を漕ぎ始めると、ふわりと洗練された甘い匂いが鼻腔を掠めた。思わず目を見開くと、切れ長のお顔の麗人が私の顔を見下ろすように眺めていた。
「こんにちは!!」
「こんにちは」
私が元気よく挨拶すると、彼は慎ましやかに微笑んで、すっとその長い指で顔を包み込んだ。骨張った指の感触が頬を通じて伝わってくる。
彼は私がこの社で微睡んでいると、決まって姿を現してくれる良い匂いのお兄さん。この神社が近所なこともあって、他愛のない話を沢山聞いてくれた。でもそれも今日で最後だ。
「今日はお別れを言いに来ました。実は引っ込すんです」
「あら、そうなのかい?」
お別れは悲しいもの。だからそれを覆す程に明るい笑顔を浮かべてサヨナラをしたい。悲しみだけの別れなんて、心が死んでしまう。内心涙を流しながら、私は精一杯の笑顔を浮かべ、顔を合わせたまま、お礼を言う。
「今まで、本当にお世話になりました」
過去の記憶は霞んでいく。霞んで美化されて、机の隅に仕舞い混んだ宝物になる。大切なあの子と別れのように、きっとこの別れも私の大切な一欠片となる。
未だに彼の長い指が顎下を固定している為、深深とお辞儀をする事は叶わない。けど思いだけはしっかり伝わるように、全身全霊を込めてお礼を言った。
このシーンはぼんやりしていたら思い付きました。
とゆわけで、そのまま流用します。
黒髪の麗人(名前は次回出ます)は本当に大好きなので、またお会い出来て嬉しいです。