Ending "Never Ending Story"
幸せに囁かれていちごかバラあたりの香りが鼻孔を刺激する。
「起きてください。ウィリー様」
目を覚ますと幸せの正体である幸福が俺を見ていた。
「起こしてくれてありがとう。おはよう、こうふ……ケイト」
おっと、心の声が漏れてしまったな。
「こうふ、とはなんですか?」
「気にしなくていい。今日はいい日だと思ってな」
「ふふっ、そうですね。今日はいい日です」
「あ、あぁ、そうだな」
笑った! 笑ったぞ! 俺は本当に幸せだーーーーー!!!!!
今から10年ほど前。
「このままハルノ村まで行くぞ!」
俺が第三王子をやってるノア王国がサンフランドって国とちょっとした領土問題で戦争をしているわけだが、正直面倒くさい。
なんてったって俺が問題の村に出向かなければならないからな。
第五王子のハンターも暇してただろ。っていうか何で王子が行くんだって話だよなぁ。まぁ、理由は大体分かってるんですけどね。
「父上ももう終わりだな……」
というわけでやって来ました! ハルノ村! 手厚い歓迎は……ありませんね。おじいさんおばあさんにとどまらず小さい子供まで冷たい視線を送ってきてますよ。ハイハイうちの父上が申し訳ありませんでした。
俺は知らぬ存ぜぬ部下に任せまーす。
「村長の元まで案内しろ」
「……こちらです」
隊の隊長が比較的顔が穏やかな青年に案内を頼んだが、この子一気にぶすっとした顔になったな。
王子を前にそこまで顔に出すかね。
少女の案内で到着したのは大きくも小さくもない民家。でも、ココだけ2階建てみたいだし、大きいという判断でいいのかな。
「ノア王国第三王子ウィリー・アルカンタラ・ノア殿下がお見えになっている! 速やかにこのドアを開けろ!」
まぁまぁ、よしましょうよ、そんなの血の気が多そうに見えて恥ずかしいじゃない。ドアの奥からもせわしない足音が、あ、今絶対転んだな。俺は別にゆっくり来てくれても構わないんだけどねぇ。
ドアが開くと中からは急がせたら危ない年齢の男が顔を出す。
「どぉぞ、お入りください……」
案内を引き継いだ老人が中の客間へ俺たちを通す。
しっかしこのじいさん背中が驚くほど小さく見える……外の村人にもここまで動揺してるのはいなかったぞ。大丈夫かな……。
向かいにはビクビクした村長。そして隣にはイカツイ隊長に後ろはその部下がウヨウヨ。
ビビるのも無理はねぇや。
「こ、この度は私めの村に、にお越しになさり誠に光栄でござ、光栄でございます」
村長はカタコトの母国語で適当な口上を述べて頭を下げる。
「うむ、頭を上げよ」
「かしこまりました」
俺の仕事おーわり! 後は隊長さんが上手いことやってくれるはずだ。
あれ……?? お茶なんてあったっけ?
隣の隊長も不思議そうに机の上の紅茶を眺めている。部屋の扉の方を見ると今まさに完全に閉じようとしている。
そしてその隙間から白髪の少女が見えた気がした。
娘……いや孫か? 村長のシラガは老けたからってわけじゃないのかな。
「何が入ってるか分からない茶を殿下が飲めるわけがないだろ!」
我に返った隊長は村長を怒鳴りつける。
流石に俺も王子の自覚はあるんでね。口に入れる物を出すのはおかしいとは思うけど、もう村長ちいちゃいよ……。うちの第八王子といい勝負になってきたぞ。
「申し訳ありません! しかしこの紅茶はこの村で作られたものでして……うちの孫は皆様に飲んで頂きたかったんだと思います。後でキツく叱っておきますので、どうかこの場に置いておくだけでもよろしいでしょうか……?」
「ま、まぁ置くだけなら構わないが」
良かったね、じいさん。
「ありがとうございます……!」
でも相変わらず小さいな。っていうかドンドン小さくなってる。まだ気は緩みませんかね……もう心配になってくるよ。
「さて本題だが、現在我が国はジャンセン王国と戦争中であり、この村が戦場になることが予想される」
「は、はぁ……」
「だから戦える若い兵と、ここにある食料を全て納めよ」
「す、すべて!?」
うん、分かるよ。その気持ち。
「全てだ。万が一この村が落とされた場合、村の食料が敵軍の手にわたってしまうことになる。それを防ぐためだ。分かるだろう?」
「万が一、なのですよね……?」
「万が一でも、だ」
『万が一』とは便利な言葉ですね。俺も今度から執務中は部下に『万が一寝たらごめん、でも万が一だから』って言うことにしよう。
「それでは我々の生活が成り立ちません!」
「安心しろ。終われば使った分を補填して返そう」
「そ、それはいつ頃に……」
「近いうちにだ」
「それは何日後で、しょうか?」
「近いうち! だ」
「か、かしこまりました……」
帰る頃にはぺしゃんこになってるだろうな……この村長。心なしか動悸が激しいように見えるな……いや、激しいぞ、何だ!? どうしたじいさん!
「ううあああぁぁぁ!!!!!」
村長は懐からナイフを取り出し俺に襲いかかる。
一面じじいが広がっております。そして時は止まり意識が残っているのは俺だけ。幼少期に発現して以来、本当に色んなところで助かっております。
――そなたに”Never Ending Story”を授ける――
その言葉が脳内に響いてから時を止められるようになってしまいました。これで女の子のあんなところやこんなところを! なんていきたかったのですが生憎俺の体も動かない。
世の中ってよく出来てるのね……でもあのときはめっちゃ良かった! 一瞬メイドのおっぱいが見えたとき! 俺もよくその瞬間に能力を発動できたと思うよ。おかげで思う存分ご尊顔を拝見できました……。
おっとそんなことは良くて、村長の方だったね。このじいさんは左手にナイフを持っていて、左利きなんだ……違う違う、えーっと、やや左寄りから俺の胸を突き刺すつもりだな。だったら俺の取るべき行動は……。
能力を解除して襲いかかる村長の右に体をずらし、ナイフを持つ左手と首根っこを掴んで中央のテーブルにたたきつけた。
「き、貴様!! 王子に何をしている!!」
隊長が俺に替わって村長を押さえつける。
修羅場だなこれは。俺は知らんぷりで……。
「お止めください! おじいちゃんを殺さないでください!」
白髪の少女が村長の上に覆い被さるように割って入る。
どうして君は誰にも悟られずに入ってこられるのかね。村長の背中にビクビクしながら顔を埋めてるけども、俺はそっちのが気になるのよ。
「邪魔だ娘! どけ!」
隊長は少女の白髪を強引に引っ張って村長から引き剥がす。そして少女の苦しんだような顔が見えた。
そして俺は時を止めた。
……かわいい…………
こんなかわいい娘が本当にいるのか! 目、鼻、口、目、耳、目……かわいい……肌が透き通って……かわいい……かわいい上に勇敢ではないか! おじいちゃん子か? おじいちゃん子なのか! 年は15歳くらい? 15歳でおじいちゃん子とは……なにそれ超かわいい。
まずい……不可抗力で時を止めてしまったが、ぶっちゃけ解除したくない。だってずっと見たいんだもん。次があるはずだよな、次また帰る前に止めればいいよね、うん……いややっぱり無理! でも解除しないと永遠にこのままだし! それもアリか……あ~もう解除!
「お願いします! おじいちゃんを許してください!」
はい停止。
だっておじいちゃんの前にいるんだもん。一面幸せが広がっております。でも、えーー……また止めちゃったよ。もうこの娘が悪いよね? そういうことでいいよね? 一旦距離を取ろう。そのために一旦解除しよう。よし、行くぞ……行くぞ! えい! やー! さー!
解除!
「邪魔だ!」
また隊長は少女を引き剥がす。
ダメダメ! もっと丁寧に扱いなさいよ! 華奢だよその娘は! っていうか今止まってる?
……解除。
「私の首を代わりにできないでしょうか! 私のであれば喜んで差し上げます!」
「よし、それでいいだろう」
「え?」
なんだい隊長君。俺に『え?』とは……
え????
ちょちょちょっと止めようか。
俺!? そんなこと言ったの!? 首が何だかんだって要は死ぬってことでしょ!? 俺じゃない俺じゃない! 俺以外の奴が言ったってことになる能力ないの!? どうしよう! いや、俺には時間という武器がある。考えれば解決策は見えてくる……。
見えん!! どこにも見当たらない! 解除するのが正解か!? 実はそこにあるんじゃないか!? 俺はそこに賭ける!!
俺の後ろはやはりざわついてるか。
「本当にそれでよろしいのですか!」
「あ、あぁ、構わん」
俺会話してるよ……
「ありがとうございます!」
「いや、いいって別に」
「では……いつでも……気が済むまで」
少女は白髪をかき分け俺に首を見せる。
うなじきれいだなぁ。
「止めるんだケイト! 死ぬのは先の短いわしで良い!」
「おじいちゃんはどいて!」
ケイトっていうんだぁ~……良い名前だねぇ~……。
隊長は困惑しながらも俺にうなじを見せるケイトを横におじいちゃんの方を押さえる。
「ありがとうございます。では……」
「ケイト!!!!」
みんな俺の事見ないでよ怖い。まるで人殺すみたいじゃん。殺すって言ったの俺か……。
「あの、えーっと……首から下って欲しい人いる?」
「「「「「……??……」」」」」
「じゃ、じゃあ下も俺が貰うね。よし、立って」
「え? は、はぁ……」
「……行こっか。じゃあ、じゃあね、おじいちゃん」
腰に手、当てちゃおうかな。
村長の家を出ると辺りにできていた人だかりはみんな目を丸くしている。
なんだいそろいもそろって。あぁ~この娘ね、そうそうかわいいもんね、そりゃ見入っちゃうのも無理ないよ。
「公衆の面前で、というわけですか……」
え? 何が? あ、また首を見せてるよ。
「首から下も如何様に使って頂いても構いません」
できればセットで貰いたいんですけどね……。
「あの、まぁ、あぅ……」
何で歩き出しちゃうんでしょう。俺って時止められるのに……。後、もう首は楽にしていいよ。辛いでしょ。
人だかりを割りながらいくらか歩くとケイトは立ち止まった。
「この辺りで、よろしいでしょうか……?」
いや、違うよ? どうせ切るならみんなが見やすいところでなんて考えてないよ? でも……俺の気持ちを考えて行動してくれたんだぁ~……。なんでだろう、全然違うのにめちゃめちゃ嬉しい。これが愛というものか。
「あの……できれば早くして頂きたいのですが……」
……………………。
「俺……普段、人貰っても首切らないんだよね」
そんな台詞聞いたことないんだけど。まず人を貰うって何? 人を貰ったら首は切るものなの!?
……やめてよ、そんな小動物みたいな目で見るのは。本当にどうなっても知らないよ?
「殿下!! それは一体どういうことですか!? 話は全くまとまってないのですよ!!」
げっ……。隊長来ちゃったよ……何て言おうかな……。
「まぁ、あれだ。そうだ」
「何がそうなんですか!?」
うん、無理だ。
「走る……」
「え……?」
停止……………………解除。
お姫様抱っこしちゃったーー!!!! 軽るぅぅぅ!!!! おうち帰ったら一緒に美味しいものたくさん食べようねーー!!!!!!!
俺は冷たかった道をほんの少し汗を滲ませながら走る。
ほら、正解は時を進めることだ。後ろが騒がしいようだけど知らぬ存ぜぬ、答えは”Never Ending Story”の先にある。即ち……
――Ending “Never Ending Story”――
俺は過去の英断に感謝する。今日この瞬間を与えてくれたことに。