あたしヒロイン! 運命の王子さまを探してるの!(三十と一夜の短篇第68回)
あたし、土地来広音!
運命の王子さまを探すきらっきらな乙女で、今日から大銅高校に通う女子高生なの。
季節外れの転校生なんて、恋が生まれる予感がしちゃう! ドッキドキ!
でもね、転校初日なのに寝坊しちゃうし、慣れない制服のせいで着替えるのに手間取っちゃった。んもう、お母さんったら「気持ちよさそうに寝たてたから」なんて、起こしてくれないと困っちゃうのに!
おまけに慌てて焼いたトーストは真っ黒こげで大失敗。だけど焼き直してる時間もないし、ゆっくり食べてる時間もないから黒焦げトーストをくわえて家を出たの。
「いっけなーい、遅刻遅刻!」
慣れない通学路を走ってたら、曲がり角の先が急にぱあって光ったの。だけど乙女は急には止まれない!
どん、って誰かにぶつかって、尻もちついちゃった。
「いったーい!」
「我を召喚したのは貴様か、供物はそこなる暗黒物質か……」
涙目のあたしを見下ろしてるのは、黒髪を腰まで伸ばした超☆イケメン!
低い声はなに言ってるかわかんないけど、すんごいイケボイス! 足元に黒いキラキラした模様が浮かんでて、イケメン度合いが天元突破でキュンキュンしちゃう。
もしかして彼があたしの王子さま……? なんて思っちゃうくらい。
「って、こんなことしてる場合じゃなかった! 遅刻しちゃうから、ごめんなさーい!」
慌てて立ち上がって、お尻をぽんぽん。学校目がけて急げ急げー!
「ほう……我を召喚しておいて、望みを言わぬとは。面白い小娘よ」
なあんて、イケメンがつぶやいてるのも聞こえない。だって、あたしの王子さまなら甘い言葉をささやいてくれるはずだもんっ。
あたしは甘い恋愛希望だから、ごめんね黒髪イケメンさん!
~~~
「それじゃあ、転校生を紹介するぞ~」
先生の声に合わせて教室に入るよう言われていたけど、う~緊張するう!
「おーい?」
「あっ、今行きま、きゃあ!」
ドキドキしてたら急かされて、慌てて脚を踏み出したらつまづいちゃった!
(ぶつかる!)
床にぶつかるのが怖くってぎゅっとめをつむってたのに。
「あれ、痛くない……?」
驚いて目を開けたら、目の前に担任の先生の顔!
(やだ、緊張してて気づかなかったけど、先生イケメンじゃない!)
脱色した眺めの前髪からのぞく垂れ気味の目に見つめられて、胸がキュンってなっちゃう。
だけど。
「ごめんなさい、先生。タバコ臭いひとはあたしの王子さまにはなれないの」
「……はぁ?」
そっと先生の胸を押して立ち上がる。
あたしのほっぺに先生の視線が刺さるのを感じるけど、でもごめんなさい。あたしは運命の王子さまと結ばれなきゃだから……。
「広音です。ヒロロン、って呼んでね!」
とびっきりの笑顔で自己紹介。はじめの印象が大切って言うもんね!
そんなあたしの顔を見て、ちいさく声をあげた子がいたの。
「お前、きのうの……!」
「あなた、きのうの……!」
机にうつぶせて寝てた彼は、あたしの顔を見てびっくりしてる。あたしだってびっくり!
だって、彼ってばあたしが引っ越してきた家のお隣さんなんだから。
あたしが家の前の通りで引っ越し屋さんのトラックに手を振ってたら「ち、うるせえのが来たな」なぁんて言うんだもん!
もう、あったまきちゃった。こんなやつが隣の家なんてサイアク! って思ってたのに、まさかおんなじクラスだったなんて。
「お、お前ら知り合いかあ。ならちょうどいいや。土地来の席、厨一の隣なー」
「「えっ」」
やだやだ! 先生ってば信じられない!
こんなやつの隣なんて! って言う前に授業がはじまっちゃって、仕方ないから席に着いたの。
ちらっと隣を見たら、むすっとした顔で窓の外を見てる。
(前髪が鼻まで伸びてて顔も見えない相手なんて、仲良くなれっこないよぉ)
こっそりため息をついたとき、厨一くんの制服の袖から見える白い布に気が付いた。右手の甲まで隠してるそれは、包帯……?
「……それ、痛くないの?」
仲良くなれないって思ってたけど、つい気になって聞いちゃった。授業中だから、もちろん小声でね。
はっとしたみたいに袖を引っ張る厨一くんだけど、あたしがじっと見つめてたら「はあ」ってため息をひとつ。
「痛くはない。いまは、な」
遠くを見ながら言う彼がなんだか寂しそうで、あたしの手は思わず彼の右手にそっと手を伸ばした。
「辛いことがあるなら、いつでも聞くからね。厨一くん」
「土地来……」
そのとき、さわやかな風が吹いて厨一くんの髪の毛がさらりと流れたの。前髪のしたに隠れてた彼の顔はすこし吊り目だけどかっこ良い。でもあたしは彼の目が迷子のこどもみたいにあたしを見つめてることが気になっちゃって、彼から目が離せない。
「俺のことは、一でいい。この包帯は……」
彼が話しはじめようとしたとき、チャイムが鳴って授業はおしまい。どこか静かなところで彼の話を聞きたいな、って思ったんだけど。
「くっ、右手がうずく……! すまない、土地来、俺は行かなければ……!」
はじめくんは右手を押さえて教室から走って出て行っちゃった!
クラスメイトたちは転校生のあたしに興味津々で話しかけてきて、彼が出て行ったことに気が付いてないみたい。
(どうしよう、どこかで痛いのを我慢してたら……)
本当は運命の王子さまを探すためにもいろんなひととお話したいんだけど、いまは彼のことが気になっちゃう。
「ごめんね、みんな! あとでたくさんおしゃべりしましょ!」
引き留める声を振り切って、あたしは教室を飛び出した。
だけどはじめての学校で、はじめくんがどこに行ったのかなんてわかんないよお。
がむしゃらに廊下を走ってたら階段の途中でイケメンな先輩とすれ違ったとき、足元が急に光り出したの。
「これは、召喚陣!? またあの世界が僕を呼んでるのか……いけない! 君まで巻き込まれて!」
あたしが光の環っかのなかにいるのに気づいたイケメンが慌てだしたけど、あたしは急いでてゆっくり聞いてられなかった。
「ごめんなさーい! 急いでるんです~」
スカートを押さえてぱたぱた階段を駆け下りる。
「えっ、なぜ発動中の召喚陣から出られる!? っていうか、巻き込まれ転移者がいないとストーリーがおかしく……!?」
途中で先輩の声が途切れて光も消えたような気がしたけど、はじめくんを探すので忙しいあたしは振り向いてる暇なんてないの!
一生懸命走ってたら、いつの間にかひと気のない校舎裏についちゃった。
「はじめく~ん! どこなのぉ」
呼びながら歩いてたら、木の陰からなにかがひょっこり顔を出したの。ぬいぐるみ……?
「やあ、ぼくはキュウ……」
ぬいぐるみが何か言いかけたとき、どぉん! って音と地響きが校舎の裏庭から聞こえてきたの。
「はじめくん!?」
なんでか、そう思ってあたしは駆け出した。
「え、ちょっ! ぼくと契約して魔法少女に……」
「ごめんね、ぬいぐるみさん。また今度!」
大慌てで駆け出したあたしが向かった先では、金髪の勇者さまとあたしが今朝ぶつかった黒い長髪のイケメンが戦ってたの。
鎧が似合うイケメンさん! すてき! って思ったんだけど。
「魔王め、異界に渡って何をしようというのか!」
「ふん、我は召喚に応えたまでのことよ。この世を混沌に陥れるも掌握するも、召喚主の望みしだい」
なあんて言いながら戦ってるんだけど、剣を振り回したり手から光る何かを飛ばしながらあたしのことを怖い顔で見て来るの。やんなっちゃう!
「うーん、勇者さまもあたしの王子さまじゃないのね。王子さまなら、あたしを取り合って戦うはずだもの!」
あたしには関係ないからさようなら。
それよりはやく教室に戻らなきゃ! きっとはじめくんもそろそろ戻ってきてるよね。
「あーあ、はやくあたしの王子さま、見つからないかなあ!」
素敵な恋を夢見る少女の背後では魔王と勇者が「我を意のままにできるのは召喚主だけよ」「そうはさせない!」とにらみ合い。
契約者を見つけられなかった魔法生物が「ぼくの姿を見せたからには契約してもらわなきゃ……」と獲物を探してさまよう。
校舎のどこかでは少年が右手を疼かせながら「あいつ、あの転校生が俺の封印を解く者なのか……?」とつぶやいて。
異世界に再召喚された誰かは「あの子を召喚しないと僕ひとりでは世界は救えない!」と力説しながら新たな召喚陣を描いている。
タバコ休憩に勤しむ教師は不真面目な見た目と裏腹に「土地来か……クラスにうまく馴染めるよう、注意しておかないとな」とあれこれ考えていたが、真剣な彼の横顔を見つめるとある男子生徒の熱視線に気づく者はまだいない。
彼女を求めるあれやこれやは丸っと無視して、きらきら乙女な土地来は「あたしだけの王子さま」を探して元気に走り回る。
「やだ、道に迷っちゃった!」
校舎のなかで突如として千本鳥居の通路に迷い込んでも彼女はへこたれない。
鳥居の向こうに和風イケメンが「あなたを待っていました、我らが女神」と微笑んでいても、頬を染めながら彼の手をかわして駆け出すのだ。
「あたしは運命の恋を探すのに忙しいんです~!」