第四章 ひとつの結末
第四章 ひとつの結末
アディック以下アクト排除兵20名で臨んだ介護施設・悠久の森の制圧は1時間とかからず終了した。
職員が全員女性であり、入所者は体を上手く動かせない老人ばかりということもあり、抵抗する者はいなかった。
リンズが出頭を命じられた段階で施設内でもある程度の覚悟ができていたのか、エストル施設長を含めた全職員が大人しく兵士たちの命令に従った。
リンズの現在の処遇を尋ねる者もいたが、それは他の職員と同じく逮捕したと伝えるようアディックが指示を出しており、職員はそれぞれ別の場所で懲役刑を科されるため、しばらく会うことは叶わないだろうとも伝えられた。
リリーというアクトは倉庫内で休息中だった。
倉庫の奥の片隅で座ったまま壁にもたれかかっていた。
周囲は荷物で囲まれ、入口から中を少し覗いただけではわからないような場所だったが、3人くらいは横に並んで寝られそうなスペースはあった。壁や近くの荷物箱には所々ヒビが入ったり汚れが目立つ箇所があり、それがリンズによる暴行の後だというのが見て取れた。
アディックとキールはリリーを見下ろしながら、この事件ももう終わるな、と同じことを考えていた。
「君の現在の持ち主から言葉を口にしてもいいという許可が出ている。君はアクトで、名前はリリーか。答えろ。」
「はい、そうです。」
アディックに話しかけられたことで休息状態から復帰したのか、リリーは短くそう答えた。その声は抑揚がなく、瞬時にリリーが人間ではないと判断できるものだった。
「刻印を見せろ。」
言われてリリーは着ていた制服のボタンをいくつか外し、胸元を広く開けた。そこには黒い正五角形が刻まれていた。
「間違いないな。それと……そうだな、連行する前に1つ聞いておこうか。なぜ頼まれてもいない花を毎日買っていた?」
アディックの質問に、キールはハッとした。リリーが悠久の森の近くで訪れていた店の中で、花屋には悠久の森で必要になる備品は売っていない。やはり今回も言われるまで気付けなかった、とキールは自分の不甲斐なさを恥じた。
「人は花を見ると心が安らぐと前の主人に言われました。今の主人はイライラしていることが多かったので、花を見て心を安らげてもらおうと判断しました。買い物の際にお金が余ったら花も買ってもよいという許可がありました。」
「では、君の現在の持ち主はリンズか?」
「はい、そうです。」
「なるほどな……やはり、持ち主を施設長から書き換えていたか。わかった、もういい、連行する。拘束して連れて行け。」
アディックの命令に、後ろに控えていたキールの他にいた2名の兵士が応じた。
兵士によって立ち上がらされたリリーは特に抵抗するでもなく、後ろ手に手錠を掛けられて倉庫から連れ出された。
「抵抗しないものなのですね。」
「ああ、そうか。キールはアクトを直接見るのは初めてだったか。アクトは人の命令に忠実だ。特に今のリリーのような介護用のヘルパータイプは命令されたことを忠実にこなす。理不尽に耐えられるようにな。」
言われた通り、キールがアクトを直接見るのは初めてだった。約2ヶ月前のアクト逮捕のときは、逮捕にも処刑にも立ち会っていなかった。
「この周辺に激しく争ったような痕跡はありますが、リリー自身には一見して虐待されいたような形跡はありませんが……それもアクトだからですか?」
「全てのアクトがそうだというわけではない。介護用のアクトは利用者から暴行などの理不尽な扱いを受けても故障しないよう、特に頑丈に、自己修復能力が高く作られているものが多い。いくら暴行を加えてもリリーが変わらないことにリンズがより苛立ったのかもしれない。まあ、その代わり今みたいに言語機能はお粗末だ。最低限コミュニケーションがとれる程度しか機能しない。」
「見た目は完全に人と同じなのに、そこは違うものなのですね。」
「ラニア研究所の後期タイプなら自立思考型もいたからな、私も直接動いているところを見たことはないが、そういうタイプと接するとまた違うのかもしれない。どうした、アクトに同情したか?」
まだリリーの処刑は残っているが、一仕事終えたからだろうか、キールはアディックの言葉に少し優しさが含まれているように感じた。
「いえ、決してそういうわけでは。ただ、あのリンズが懸賞金を手にして、他の職員が全員逮捕の後に懲役刑を科されると考えると、上手く逃げられたように思えてしまいます。」
「現行法上仕方ない。ただ、私に見抜かれたことで多少の変化はあるだろう。あの手のプライドが高い人間は、1度プライドが折られると弱い。少なくとも、リリーの処刑を見ても胸がすく思いはしないだろう。」
「その件ですが……アディック兵士長はいつからリンズが怪しいと思われていたのですか?」
この際全てを聞いてしまおう、とキールは質問を投げかけた。
あの監査と会議の中だけでアディックがリンズの行いを見抜いた過程が知りたかった。
「そこまで早い段階ではない。それこそ、監査が終わった後は怪しいと言ってもそこまで疑ってはいなかった。リンズはエストル施設長の失敗をフォローする程度の役割かと思っていた。
まあ……具体的には、施設長室での盗聴音声を聞いた時だな。盗聴器はいくつも仕掛けたが、そのうちいくつかは見つかってもいいように取り付けさせていたし、私が仕掛けたものもいくつかはそういう風にした。それが1つも破壊されなかった。我々が監査に訪れて、リリーのシフト表を提出しなかったりリリーを隠すほど気が回るなら、いくつかの盗聴器を見つけて破壊するくらいはリンズならできるはずだ。それをしなかった上であの会話ということは、わざとだろうと思った。怪しいと分かれば、後は芋づる式だ。リンズの話を聞くまで、なぜ自分からリリーの存在を通報しておいて施設内で隠そうするのかはわからなかったが。」
やはりこの人には敵わないな、とキールは感じた。それと同時に、いつかこの人のようにもなりたい、と強く思った。
「さあ、これから処刑の準備だ。ルナリアの整備を頼む。」
「了解しました。」
言い終わると同時に、2人は倉庫を出てリリーを乗せた移送車へ向かった。
街角で繰り返し流されるリリーの処刑映像を見ても、リンズの心は何一つ晴れなかった。
あれほど憎み、今の職と主任という立場を失っても見たかったはずの処刑なのに、虚しさだけが残った。
リリーがいなくなりさえすればいいからと、それまでアクトを労働力として使ってきた罪で逮捕されて裁判もなしに懲役刑を科されたとしても、いいと思っていた。それに、職員たちをかばって自分だけを罰するよう訴えて恩を売っておくのもいいかと考えたりもしていたが、結果は真逆だった。エストル施設長以下他の職員たちとは今後二度と顔を合わせられないだろう。それほどの裏切りをしてしまった。ここまで強い罪悪感が生まれるとは、想像していなかった。
結局、リンズは懸賞金を受け取らないことにした。いや、受け取れなかった。
そこまで貯蓄があるわけでもなく、無職になってしまったのだから受け取っておいた方がいいに決まっているのはわかっていた。額も額だ。1年間は働かなくとも楽に食べていける。でも、逮捕された職員たちのことを考えると、無理だった。受け取るだけ受け取って懲役刑を終えた元職員たちに送るにしても、自己満足にしかならないと思えて行動できなかった。
アクト排除兵の本部がある王宮内の取調室への出頭を命じられた時は、こんな結末になるとは思ってもいなかった。リリーをそれとなく庇うような言い回しでその存在を認め、アクト排除兵が派遣されて終わると思っていた。もしかしたら匿名の通報が自分だと知られてしまっているかもしれないところまでは想定していた。しかし、リリーへの虐待まで見透かされているとは微塵も考えていなかった。
リリーは非常に頑丈だった。殴ったり蹴ったりしても骨折したり痣ができることすらなかった。傷がついても数時間後には自己修復していた。リリーは抵抗することもなくただ殴られたり蹴られたりするだけで、それがより一層憎しみを生んだ。いや、抵抗されていてもそれはそれで憎んでいただろう。
全て、あのアディックという兵士長に指摘された通りだった。
アディックは後に虐待の対象が小動物に移行するのではないかと言っていた。
本当にそうなってしまうのかどうか、今のリンズにはわからなかった。つい先日まで存在していた虐待対象がなくなったことで他の対象を求めてしまうのか、憎しみの対象がいなくなったことで消え失せるのか。そこはせめて後者でありたいとリンズは思った。
もし、一般の兵士の取り調べだったら嘘は通っていたかもしれない。それがわかっていたから、海千山千の兵士長が自ら出てきたのかもしれない、と今なら考えられる。
とっさに兵役の経験もないのにアクト排除兵になりたいと訴えていたのは、自分でも不思議だった。兵士長が自ら取り調べをするくらい認めている自分なら、採用されるかもしれないと心の隅で思っていたが、結果は惨めなものだった。
アディックには、今まで培ってきた自分の手のひらで誰かを操る手段が何も通用しなかった。悠久の森の中で上手くいきすぎて、自分の力を過信していたのかもしれない。所詮20人にも満たない人数だったし、リリーへの憎しみで自ら壊してしまった程度の力だ。
「……結局、わたしは何がしたかったんだろうなぁ……とりあえず、明日から仕事探しか……」
そう呟いて、リンズはリリーの処刑映像に背を向けて歩き出した。
リンズはリリーが毎日リンズのために花を買っていたことに、最後まで気付かなかった。
「アクトの処刑、ご苦労だった。」
リリーの公開処刑後、全ての後始末を終えた後でアディックはケルスに謁見室でそう労いの言葉をかけられた。アディックは片膝をついて座り、ケルスの言葉を受け止める。
アクトの公開処刑はルナリアの整備も含めて手間がかかるので、処刑だけでなくそれら全ての作業を含めた労いということもあり、こういうときにアディックは少しだけ自分が報われたように感じる。
「これで、残りのアクトは1体か。」
「はい。あとは、稼働記録のないラニア研究所のアクトのみです。」
アクトの残数を知っているのはケルスとアディックのみであるので、こういう会話ができるのも謁見室の中だけに限られていた。
「やはり、稼働記録がなく、ラニア研究所もない今では捜すのは難しそうだな。」
「私の力が及ばぬばかりに時間ばかりかかってしまい、申し訳なく思っております。今回も前回も、我々が直接発見したわけではなく、向こうから発見するようアプローチされたものでした。そういうアクトを見つけてこそアクト排除兵の兵士長と言えるのですが……不甲斐なく思っております。」
「いや、アディックはよくやってくれている。前任の兵士長も残り100を切ってからが難しいと言っていた。それが残り1体にまでなったのだ、誇っていい。」
「もったいないお言葉です。今後もアクト捜索に全力を尽くします。」
「頼んだぞ。では、もう下がってよい。」
言われてアディックは立ち上がって一礼し、謁見室を後にした。
謁見室を出たアディックは、これから謁見室に向かう金髪の少女とすれ違った。
[そうか、明日から建国記念祝賀祭か。処刑の日と祝賀祭が被らなかったのは幸いだな。]
そんなことを考えながら、アディックは少女に道を譲るため廊下の端に寄って笑顔で一礼した。少女もそんなアディックに笑顔を向けて軽く会釈を返した。
[どうやら、悪い印象は消えたようだな。]
少しほっとした表情を見せたアディックを、廊下の先で待っていたキールが少し不思議そうな顔で見ていた。
「アディック兵士長はユナ王女と面識がおありなのですか?」
「面識というほどのものではない。ユナ王女が王族の籍を抜けて王宮を出るとなった日に、たまたま廊下でユナ王女がイヤリングを落としたのを見て、それを拾って手渡しただけだ。私のあまりよくない噂を聞いておられたのだろうな、手渡すときに酷く怯えた表情をされた。王宮最後の日の記憶が悪いものになってはいけないと思って、これから行くディパの森はいい場所ですね、という感じの話をした。可能な限り、にこやかに。それでだいぶ印象が良くなっていたようだ。それだけのことだ。」
そう話しながら廊下を進んでいると、今度はラクス王子と2人はすれ違うことになった。王族がここまで固まっていることも、今の王宮では珍しい。
「ラクス王子はユナ王女とご結婚されるのでは、と言われていますね。見合いの話を片っ端から断っているのはユナ王女のせいではないかと。名目上は、まだ未成年だからということらしいですが。」
「色恋沙汰は私の与り知らぬところだ。まあ、お2人はいとこ同士であられるし、お2人がご結婚となれば国にとっては願ったり叶ったりだ。そういう可能性もあるだろうな。」
『アディック兵士長はどうなのですか?』
と聞こうとして、キールは止めた。アディック兵士長の浮いた話など噂になったこともないし、逆にキール自身はどうなのだと言われそうで、聞くことだけで墓穴を掘りそうだった。
「それはそうと、あのリンズという元職員、懸賞金を受け取らなかったそうですね。」
キールは話題を変えるために、リンズの話を持ち出した。
「私としては、生活のためにプライドをかなぐり捨てて受け取るかと思っていたのだがな。プライドを捨てきれなかったのか、こちらの想像以上に罪悪感を持ったのか、どちらにしろ我々にはもう関係のないことだ。」
「アディック兵士長の予想が外れることもあるのですね。」
「当たり前だ。すべてを見透かすなど、神でもなければ不可能だ。」
キールはずいぶんと自分を買い被っているようだな、とアディックは感じたが、それはそれで悪くない気もしていた。
「リリーに関しては、少し不条理を感じました。人に尽くして、毎日花を買って心を鎮めようとしていたのに、人に虐待されて、最期は処刑されてしまった……」
「あまり考えすぎるな。そうやって考えすぎると、前兵士長のようになる。それに、アクトは人からどう扱われようと待っているのは処刑だ。その先はない。今回のリリーも、リンズは憎しみを持っていたが、他の職員たちはただの道具としかリリーを見ていなかった。こういう場合の方が、我々の心理負担は少ない。むしろ、アクトを人と同じように扱い、家族のように考えている者からアクトを奪ったときの方がよほどきつい。次も、そうならないければいいが……」
そう言いながら、2人は長い公務宮殿の廊下を進んでいった。
アディック外伝・完




