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第三章 取調

第三章 取調


 呼び出された人物は特に慌てる様子もなく、アクト排除兵の施設内にある取調室の席に着いた。

「ここに呼び出された理由がわかるか?」

「先日の監査について不備がありましたでしょうか?施設長ではなく私が呼び出された理由は何ですか?」

 リンズは監査のときのように作り笑顔のない厳しい表情のアディックに対しても、臆することなくそう質問し返した。

 アディックが誰かを直接尋問することはそこまで多くない。一筋縄ではいかない者、大きな権力者を前にすると必要以上のことをしゃべる者などが対象だが、リンズの場合は明らかに前者だった。

 アディックの後ろにはキールが控えている。

『私の推測が正しいなら、それなりに胸糞悪い結果になる。覚悟して立ち会え。』

 キールは取調室の前でアディックにそう声をかけられた。

 単純にリンズからアクトを匿っているという証言を得るための取り調べだと思っていたキールは、アディックが何をどこまで推測しているのかわからなかった。しかし、アディックが言ったからにはきっとその通りになるのだろうという予感はした。

「この部屋の中での発言は気を付けた方がいい。映像と音声が記録される。後に嘘とわかれば処罰の対象だ。アクト排除法は特段刑罰が重い。」

 リンズの質問を無視した強い威圧感のある言葉に、傍に控えるキールは肝が冷える思いがした。この状態に入ったアディックはとことんまで相手を追い詰める。

「そのことを踏まえて単刀直入に聞く。リリーという職員のシフト表を提出しなかったのはなぜだ?」

「悠久の森の職員の中にリリーという名前の人はいません。ですから、提出しませんでした。」

 アディックの質問はキールからするとほぼ結論に近い切り込んだものだったが、リンズは言いよどむこともなく、間髪を入れずそう答えた。こちらの質問をある程度想定して答えを考えてきているのだろう、とキールは感じた。

「それは職員としてそもそも登録されていない者を働かせていることになる。それはそれで別の意味で違法だ。まあ、今の言い回しからするとリリーがアクトだとこちらが把握していると君はわかっているようだが。」

 アディックのその言葉に対してリンズは無言だったが、動揺した様子はなかった。

 この時点でリリーがアクトだと確定したようなものなので、キールはアディックが悠久の森へ兵士を向かわせるよう指示を出すかと思ったが、その指示は出なかった。

 そのまましばらく沈黙が続くと、なぜかリンズは少し目を泳がせ始めた。施設長室でも先ほどまでも動揺を見せなかったリンズがなぜ今更動揺し始めるのか、キールにはわからなかった。

「君の想定では、ここで私が兵士を悠久の森に向かわせるはずだったか?」

「えっ!?……あ……」

 意図せず声を出してしまっただろうリンズに対して、アディックは淡々と続ける。

「先ほどの君の質問に答えよう。施設長ではなく君を呼び出したのは、君が何のために匿名で自らリリーの存在を我々に知らせるようなことをしたのか、理由が知りたかったからだ。」

 アディックの言葉に、リンズは目を見開いた。図星なのだろうとキールは感じたが、アディックの言葉の真意までは測りかねた。

「約2ヶ月前に1体のアクトが公開処刑された。その頃から我々の元にはアクトの目撃情報が普段より多く寄せられるようになった。そのほとんどは勘違いや思い込みだが、懸賞金欲しさに大体の通報者は記名で情報を提供してくる。その中で匿名の通報情報が何件かあった。黒髪の女性が指差しや筆談で買い物をしている、というな。その通報をしてきたのは君だ。」

 リンズはその言葉を否定しなかった。しかし、同じ沈黙でも部屋に入ってきたときとは明らかに様子が変わっている。

「実際、近隣施設で君以外にもリリーと思しき人物がアクトではないか、と通報してきた者が複数いる。数としては少ないが、君の匿名通報分を入れれば我々が動くだけの数にはなる。通報を受けて我々が監査に入ったことも君の想定内だ。おそらく、盗聴器が仕掛けられたこともわかっていたはずだ。我々が施設を出た後の施設長室での会話は意図的すぎる。」

 アディックのその言葉に、リンズは俯いてアディックから視線を外した。先ほどまでアディックに対して挑むような眼をしていた人物とはまるで別の人のようだ、とキールは感じた。

「君は主任という立場だが、施設長を含め全ての職員を君の意思通りに動かすことができる。監査の日に裏で指示を出してリリーを隠したり、監査の翌日からリリーを外に出さないようにして、一見するとリリーを匿っているような行動を取っている。しかし、施設内で君のリリーに対する態度はきつい。厳しいではなく、きつい。まるでリリーを憎んでいるようだ。リリーを便利に使っているだけの他の職員とは一線を画している。

 そして、4日前からの目撃情報。さすがにこれはやりすぎだ。監査から何日も経過しているのに我々が動かないことにしびれを切らしたのか?」

 アディックの言葉に対して無言を貫くリリーに対して、アディックはなおも言葉を重ねる。

「君の行動は矛盾している。施設内ではリリーを隠すような行動をし、我々には存在を知らせようとしている。懸賞金目当てというわけでもないだろう。その理由も含めて直接話を聞こうと思った。アクトの逮捕はそれからでも遅くはない。施設外に逃がす意味はないし、おおよそどこにいるのかも検討がついている。倉庫の中だろう?あの場所は壁が厚く防音構造に近い。アクトなら快適な休息場所がなくとも問題はない。」

「……そこまで気付かれているとは、思っていませんでした……」

 そう発言したリリーの言葉はか細く、これはもう落ちたな、とキールは感じた。

「舐めてもらっては困る。それで、なぜこんなことをした?」

「……憎かったんです。リリーが、とても憎かった。」

「元手のかからない労働力として便利に使っているようだが?」

「元は3年前に入所してきた人の所有物で、入所金が払えないけど代わりにリリーをどう扱っても構わない、と渡されました。それで、エストル施設長がとりあえず使ってみよう、と。使えるなら元手のかからない労働力になるし、使えないなら通報すれば懸賞金が出るから、施設にとって損はない話だと。それで使ってみたら、ものすごく便利で、そのまま使って行こうという流れになりました。

 最初は入所者の目にも触れないように、少し手伝いをさせるだけでした。でも便利なことがわかるに連れていろいろ頼むようになって、しゃべったりさえしなければわからないからと外への買い物も任せるようになって、それでも全然バレないから、みんなリリーを頼るようになっていきました。」

「それがどうして憎いと?」

「リリーはミスをしません。アクトですから、当然なんですけど。でも、人は大なり小なりミスをします。みんな困ったことがあるとわたしを頼るのに、それを当然と思って感謝もない。ミスがあると責め立てる。でも、リリーにはみんな頼って感謝して……人ですらないのに。」

「他の職員は便利に使っているだけではないのか?リリーに依存はしていても、特段感謝しているようには聞こえなかったが。」

「わかってます。頭ではわかっているんです。でも、1度憎いと思ったらもう止まらなくて……リリーがいなくなれば、また元のようにみんなで協力し合って感謝し合えるんじゃないかって。リリーが公開処刑される映像を見たら胸がすく思いができるんじゃないかって……」

 そこまで言うと、リンズは俯きながら大粒の涙を流し始めた。けれど、アディックは全く口調を変えることなく続ける。

「まあ、理由がそれだけならわからないではない。過去にそういう事例もある。ただ、アクトへの虐待行為はあまり感心しないな。」

 言われてリンズは肩をビクッと震わせた。

「別にアクトを擁護しているわけではない。ストレス発散のために虐待していたアクトがいなくなった後、その対象が動物や人間に移行しないかを心配しているだけだ。それで、さすがにここまで指摘されるのは想定外か?」

 わずかにしゃくりあげていたリンズの声がピタッと止んだとき、キールはゾッとした。無言を貫くことを止めてアクトへの憎しみを口にした時点で、リンズは完全に落ちたと思っていた。

「君は施設内の倉庫が意図せず防音機能を備えていたことに気付いてリリーをそこで寝泊まりさせていた。倉庫前で毎日リリーに休息を言い渡していたのはそのためだ。その音声の後、およそ10分後くらいか、息を切らした君の声が録音されていた。最初は倉庫内の模様替えでもしているのかとも思ったが、君は主任だ。主任がアクトと2人でするような仕事ではない。それも、毎日。無抵抗の相手でも殴る蹴るの暴力はそれなりに体力を使うからな。盗聴器で倉庫内の音を拾っていないと確信していたのだろうが、君は前後の行動にもっと気を配るべきだった。反論は?」

「……ありません。」

 キールは取調室に入る前のアディックの言葉の意味をようやく理解した。

 アクトを憎み、虐待し、自分が感謝されないからと密かに通報する。しかも、通報が事実ならこれまでアクトを匿った罪は免除され、懸賞金の対象になる。胸糞悪いという言葉以外、今の感情を表現する手段をキールは持っていなかった。

「……わたしを、アクト排除兵として採用してくれませんか?」

 顔を上げたリンズにもう涙はなかった。演技であそこまで泣けるのか、と今度は脅威をキールはリンズから感じていた。

「ずいぶん突然の申し出だな。だが、君は不採用だ。」

「なぜですか?私はこんなにもアクトを憎んでいる。そんな人こそアクト排除兵に必要なのでは?」

「アクト排除兵に必要なのはそれとは真逆の感情だ。憎しみでも愛情でもなく、無関心。よく言うだろう、好きの反対は嫌いではなく無関心だと。それと同じだ。アクト排除兵はアクトに対して何の感情も持ってはならない。君はアクトに感情移入しすぎている。適正だけで言うなら、君よりも悠久の森の施設職員の方がよほど向いている。彼女たちはリリーを道具としか思っていない。」

 アディックの言葉に対して、リンズはもう何も言わなかった。

「君の行動は一応懸賞金の対象だ。希望するなら手続きを進めてくれ。」

 言いながらアディックは立ち上がった。それは、取り調べの終わりを意味していた。

「悠久の森の制圧に向かう。リンズの話が全て事実なら、悠久の森は閉鎖。入所者の移住先は手配するが、職員は全員逮捕だ。行くぞ。」

 リンズを1人取調室に残して、アディックとキールは足早に部屋を後にした。

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