第二章 調査
第二章 調査
「あの人たちに何か勘付かれなかったかしら?悟られるようなことはしていないと思うけど……ああもう、なんで監査なんか……」
「落ち着いてください、エストル施設長。決定的なものは向こうに渡っていません。普段通りに運営していれば問題ないはずです。ただ、リリーを外に出すのはしばらく見合わせた方がいいと思います。」
「そうね、そうよね。いくらなんでもそれは止めた方がいいわよね。」
「ですから以前から申し上げていました。いくら人手不足でもリリーに雑用を押し付けすぎです。」
「でも、そうしないと他の職員たちの仕事が回らないじゃない。リンズだってシフトを組むのが厳しいって……使えるものは使っていかないと。」
「それはそうですが……さすがに外に出していたのは油断のしすぎだったと思います。」
「それならもっと強く提案してほしかったわ。リリーにお遣いを頼み始めてからもう2年よ。リンズもそれは黙認していたじゃない。」
「わたしも仕事に追われ過ぎました。ですから、これを機に止めましょうと言っているのです。」
「そうね……仕方ないわ。リリーには施設内の仕事を多めに割り振りましょう。入所者と接する機会が増えてしまうけど、今の入所者たちに気付くような人はいないでしょ?それに合わせて他の職員のシフトを組み直してちょうだい。」
「わかりました。職員たちは動揺しています。施設長からもちゃんと伝えてください。担当の仕事が少し変わるけど、仕事量は変わらない、と。そのようにシフトを組みますから。」
「わ、わかったわ。」
「そのように動揺を出さないでください。施設長が動揺すれば他の職員にも伝わります。ただでさえ職員が足りないのにミスが重なったら目も当てられなくなります。」
「だ、大丈夫よ。少し落ち着いてから他の職員たちに話をするわ。」
悠久の森の監査から10日。
その期間で調べ上げた施設の運営状況、職員の出入り、盗聴記録などを各担当の兵士がそれぞれ持ち寄り、会議が開かれた。参加者はアディックと監査を共に行った3名、そして秘書のウォードだった。
まず最初に監査直後の施設長室で交わされた施設長とリンズの会話音声が流された。
女性同士の責任の押し付け合いに、会議室には何とも言えない空気が流れた。
「これ以降も施設長のエストルと主任のリンズでシフトの組み方やリリーという職員の扱いについて何度も話し合いが持たれています。内容的には似たようなものばかりで、今流した会話以上のものはありませんでした。」
「職員の出入りですが、監査の翌日は提出されたシフト通りでしたが、翌々日からは変化しました。具体的には、買い物や郵便物の配送をするために外出する職員が増えました。」
「近隣施設への聞き込みでは、監査以前は肩までの黒髪で一言も話さず筆談や指差しで買い物をする20代半ばくらいの女性がよく現れていたそうです。一切話さないことで印象に残って覚えている者がそれなりにいました。皆一様に、口はきけないようだが耳は聞こえている様子だった、と話していました。ただ、それ以外は特に気になる点もなく、普通の人に見えた、と。監査以降は現れていないそうです。」
「黒髪の女性が買い物をしていた店舗は、青果店、日用品店、花屋、文具店、医薬品店でした。悠久の森で使用する物の多くは配送業者に頼んでいるようですが、急遽足りなくなった物を近隣施設で買っていたようです。悠久の森からの注文履歴から推測するに、必要最低限の物しか買っていないため、買い物に出る必要性があると思われます。」
「皆、ご苦労だった。状況証拠だけなら十分なくらいだ。」
アディックの労いの言葉に、その場にいた兵士たちは少しホッとした表情を見せた。
「ウォード、施設の運営状況は?」
「はい。赤字ギリギリですが、損失を出すことなく運営されております。粉飾決算のような痕跡もありません。職員の給与は業界的にやや高めですが、残業も多いようです。シフト表も確認しましたが、現時点で1人でも欠けると総崩れを起こすような組み方でした。それでも特に問題なく運営されているのは、ある種奇跡です。」
「わかった。では、このことについて意見のあるものは?」
ここで挙手したのはキールだった。アディックが発言を促すと、キールは少し大きめの声で話し始めた。
「リリーという女性職員が近隣の施設に買い物に出ていた口のきけない女性ということで間違いないと思われます。監査の翌日から現れなくなったことも、施設長たちの会話と一致します。シフト表に書かれていないリリーが職員の病欠の穴埋めや雑用一般を引き受けて施設が回っているのではないでしょうか。」
キールの意見に、その場にいたアディック以外の人たちが大きくうなずいた。
「キールの推測は9割方正解だろう。ただ、私が思うに、リリーのシフト表は提出されていないだけで存在はする。他の職員とは別のシフト表が、な。」
「なぜ他の職員と分けられていると思われますか?」
アディックの意見を否定したいわけではなく、純粋な疑問としてキールは尋ねた。そういう質問が素直にできる若さが少し羨ましいとアディックは感じる。
「おそらくリリーは無給で酷使されている。稼働時間が他の職員と違い過ぎるから、同じシフト表には載せられない。それでは労働局に提出も出来ない。ただ、昼も夜も関係ない介護施設内でいつでも雑用に呼べるかというと、そうでもない。どこかで短いながらも必ず休息が必要になる。体がいくつもあるわけではないから、優先的にリリーを補助として指名できるようなシフト表はあるはずだ。」
「やはりリリーはアクトだと思われますか?」
「現時点では100%そうだとは言い切れない。ただ先ほども言ったが、状況証拠としてはもう十分だ。アクトならば1日にほんの2時間程度休眠時間を取れば連続使用が可能だ。介護用のアクトは特にメンテナンスが最小限で済むように作られている。無給でメンテナンス要らずでどんなにこき使っても文句を言わない労働力なら、引き渡しの懸賞金よりよほど価値がある。ただの不法労働者を匿っているにしては、エストル施設長は慌て過ぎだ。」
「では、エストル施設長とリンズが言っていた決定的なものというのはやはりそのシフト表、ですか?」
「それだけとは限らないだろう。過去の資料について反応があったのだから、過去に使用していたアクトの名簿の中にリリーの名前があるかもしれない。もしくは、ここ数年間で施設に入所した誰かがリリーを所有していたという証拠、そんな辺りか。それに……いや、続けよう。ウォード、悠久の森建設当時の設計図を出してくれ。」
アディックが言いかけた止めたのは、アディックのみが知る残された2体のアクトの中の1体、大量生産品の介護用アクトの登録名がリリーだという事実だった。アクトの残数はアクト排除兵の中では兵士長のみ知ることのできる情報であるので、リリーの身体的特徴も行方不明のアクトとほぼ等しいということもまだ伏せなければならない情報だった。
ウォードは会議に参加する全員の前に悠久の森の設計図を広げた。隣には現在公表されている施設案内図を並べる。
「ここが玄関ホール、ここが応接室、ここが……」
1つ1つ指で指しながら、ウォードは設計図上での施設内の部屋の名前を挙げていく。
「特に隠し部屋のようなものはないと思われます。」
郊外の介護施設ということもあってか、平屋建てで地下室のようなものも設計図上に存在していない。施設案内図と設計図の食い違いも認められなかった。
「案内されていない部屋もありませんね。だとしたらリリーはどこに……」
「一時的に隠れるだけならキッチンの隅でも倉庫にある箱の中でもいい。監査の日に我々の目をごまかすくらいなら簡単だ。ただ、リリーが監査以来外出していないなら、施設内のどこかにいるはずだ。その場所が特定できれば、今すぐに乗り込んでいってもいいくらいなのだがな。」
「施設内で酷使されていたなら専用の部屋があってもおかしくはありませんが、入所者の部屋を使っているのか、仮眠室あたりを使っているのか……」
キールとアディックの会話にスートも加わった。
悠久の森の中にアクトと思わしきリリーが潜んでいるのは確かだが、闇雲に突入して成果がなければアクト排除兵は更なる国民からの批判の対象になってしまう。リリーがどこに隠されているのか、ほぼ場所を確定させてる情報が必要だった。
「入所者の部屋は現在満室だ。仮眠室か……決め手に欠けるな。その辺り何か盗聴できていないか?」
「リリーに職員が声をかける様子であれば盗聴できています。ですが、リリー本人の音声はありません。アクトであれば、施設内でも一切話すなと命令されているものと思われます。」
今度は工作員のジャンがそう発言した。盗聴音声は悠久の森を監視する中で録音され、会議に持ち込まれていた。膨大な録音データを精査するのもまたジャンの仕事だった。
「リリーが声をかけられている場所は特定できているか?」
「主に倉庫とキッチンです。盗聴器はキッチンの場合は流し台近く、倉庫の場合は入口に設置してあります。キッチンはほぼ全域の音声を拾えますが、倉庫は壁が厚いようで入口付近の会話のみですが、わざわざ倉庫の中に入って何かを話している様子はないので、問題ないかと。リリーは主に裏方の仕事をしているようです。」
「リリーは職員たちに好かれている様子か?」
「人によって様々です。優しく声をかける者もいれば、きつめの者もいます。個人的な意見ですが、リリーを人として扱っているような様子はありません。便利な道具として使っている、という風に聞こえます。」
「今その音声を出せるか?」
「少々お待ちください。ピックアップします。」
ジャンが手元の端末を操作し、いくつかの音声が流れる。
『リリー、これを倉庫に運んでおいて。』
『リリーがいてくれていつも助かるわ。重いものはなかなか1人じゃ運べなくって。』
『リリー、皿洗いの後でゴミをまとめておいて。』
『リリー、休憩に入りなさい。休憩が終わり次第朝食の準備よ。』
『リリー、倉庫から石鹸を出して補充しておいて。』
流れた音声の中で1、3、4番目に流れた音声はきつく、2、5番目は反対に労わるような語り掛け方だった。
「このような感じです。」
「きつい声は全てリンズの声だな。他にリリーに対してきつく当たるような声の主は?」
「特にいません。きつい声は全てリンズです。他の職員は押し並べてリリーに対して表面上は好意的です。エストル施設長に関しては普段から接点が少ないのか、リリーに対する音声がありません。ただ、リリーにきつく当たっているリンズもリリーは重用しているようです。倉庫内でよく一緒に作業をしているようです。」
「備品の少ない倉庫で?」
「はい。消耗品を運び出すのではなく、内部の模様替えをしているようです。作業内容は音声からだと何とも言えませんが、力仕事のようです。リリーとの作業後のリンズの息は乱れていることがほとんどです。申し訳ありません、倉庫の内部に盗聴器が仕掛けられず……」
「いや、それは構わない。十分だ。それにしても、最初のエストル施設長とリンズの会話からすると、リンズはリリーに対して好意的かと思ったが、違うようだな。意図が見えないな……」
最後は独り言のように呟いて、アディックは少しの間腕を組んで考え込んだ。周りの兵士たちは黙ってその様子を注視する。
「盗聴器はすべて正常稼働中か?」
「はい。気付かれて破壊されたものはありません。」
「ここ10日間の悠久の森周辺のアクト目撃情報はどうなっている?」
「それが少し不思議なことが……4日前から一切会話をせずに買い物をする黒髪の女性が怪しい、という目撃情報が上がってきています。毎日1件ずつ、目撃場所はバラバラですが。もちろん、施設からリリーが出ていないのは確実ですし、目撃された時間帯に似たような人がいたという証言は取れていないので、偽の目撃情報ということになります。」
答えたのはスートだった。周辺施設への聞き込みと同時に目撃情報も調べていたので、答えることができた。
「それは匿名で?」
「ええ、全て匿名です。目撃情報が本物ならばいずれ懸賞金の対象になるので、匿名の通報自体珍しいです。いたずらかもしれませんが、我々が追っているリリーの目撃情報に近すぎて気になります。」
「監査以前の目撃情報は匿名だったか?」
「リリーに関連すると思われるものは、記名のものと半々くらいです。」
「これは、直接問い質した方が早そうだな……」
そう言いながら、アディックは悠久の森から1人の人物を呼び出すよう、ウォードに指示を出した。




