魔王様はADHD!?
カツカツカツ……いかにも仕事ができそうな見た目をした女性がヒールを鳴らして歩いている。その額にはツノが生えており背中からはコウモリのような羽根も見える。
ここは魔王城。その名の通り魔王が暮らすその城は、今では魔界の統制機関となっていた。
先程の女性は、最上階の一際豪華な扉をノックする。返事が聞こえる前に扉を開けると、そこには机の上に向かって何かを書いている男がいた。
「魔王様、今日締め切りの対人界防衛案の訂正書を受け取りに来ました」
人間の見た目的には20代ほどの男は、魔王と呼ばれた。そう、今の魔王はその若い男なのだ。先代の魔王が数年前に討たれ、若いながらその一人息子である彼が魔王となったのだ。
彼は優秀である。コミュニケーションに長け、人界との長い戦いに一時の休止符を打ち、たった数年でトップとして認められるほどの改革をおこしてきた。
だが、彼には問題がある。それは……
「あっやべ、それ今日までだっけ」
「はい。今やってるその書類はなんですか?」
「あーこれは……」
と言って彼は机の上にあった紙を机の引き出しにしまうと「どこだ?どこだ?」と机の中の何かを探す。
「ハァ……またですか?」
彼の机の中は数々の書類で埋め尽くされており整理整頓とは真逆の状態だった。
そう、彼の問題とは、彼は注意欠陥多動性発達障害ADHDなのだ。
だが魔界にそんな知識があるはずもなく、魔王はこの直属の秘書や他の部下からは優秀だがダメな魔王とされている。
「あっれー?無くしちゃった……ごめん、あの書類持ってきてくれる?」
「え、まさか手をつけることすらしてなかったんですか……?1週間ありましたよね?今まで何やってたんですか、さっき隠したやつ見せてください」
「いや、ちょっ!?」
秘書が机の中の1番上に置かれていた真新しい紙を見るとその顔は困惑の表情が滲み出る。
「なんですか?えーっと、対龍用想定仮想兵器設計図?まさか、仕事ほったらかしてこんなの書いてたんですか?」
「い、いや、ほら、それを書き始めたのは今日だよ……?」
その設計図には確かに今日の日付が書かれており、紙の状態を見ても今日書かれたものだということがわかる。さらに、内容もかつて居たとされる龍に対して有用かつ、ちゃんとした内容になっている。材料さえあれば本当に作れるレベルに。
おそらく、このレベルの設計図を書こうとするならば、優秀な設計士でも龍に関する本などを調べてから2日3日は書くのに時間が必要となるだろう。それを彼は今日の午前中の間に書き上げたのだという。確かに有能だ。だが……
「魔王様……仕事をしてくれるのならば時間中にこれを書いていても何も言いません……でも、他の仕事ほったらかして他の作業始めるのやめてくださいって何度言ったらわかるんですか!」
「い、いや、仕事もしてたよ?」
叱られながら魔王はおずおずと何枚かの束になった書類を渡す。
「ハァ……なんだ、あるなら始めから出してくださいよ。ってこれ納期後2週間あるやつじゃないですか!なんで納期が今日の書類やってないんですか!」
「いや、その、あの防衛案項目が多い上に要求細かいから後にしよーって思って先に兵器の設計図書いてたんです……」
「それでも時間ありましたよね!?」
「設計図を書き終えた後防衛案やろうと思ったんだよ?でも、いつも部屋汚いって言われるし、片付けをするかって気分になったから片付けを始めたんだけど、なんか龍の資料みたいなのが出てきて気になって読み始めたら止まらなくなって……」
魔王のしりすぼみになる言葉を秘書が引き継ぐように喋り出す。
「それで、竜に対しての兵器考えてたら書きたくなって書き始めたって事ですか?」
「はい……」
「そもそも!先に納期の短い防衛案をやればこんなことになりませんでしたよね!?それと部屋の片付けは仕事外でやってください!見てくださいあの酒瓶!あんなに溜めて!いい加減先延ばしにするその癖直してください!」
そう言って説教を受け、新たに渡された書類を捌いていく。考える彼の体は前後左右に揺れ動き常に止まっていることはない。彼がデスクワークをするときはいつもこうだ。
「うーん……」
彼は設計図を作るのが得意だ。持ち前の頭の回転力と想像力を存分に発揮して画期的な兵器をいくつも生み出した。そのおかげで停戦にまで持ち込めたと言っても過言ではない。
だが彼は好きな事以外をすることが苦手だ。短期的な集中力を持って作業するのは得意だが気分が乗らないことに対しては深く集中することができない。
「うーーん」
だが、不思議と彼はいつもギリギリで納期を守る。追い込まれると嫌でも集中するしかなくなり、天才的な作業量で終わらせる。
「……」
やっと彼が集中し始めた、その時。外からバタバタと騒がしい足音が聞こえる。やがて扉の前で止まり荒々しく開かれた。
「魔王様!じ、人界軍が攻めてきました!」
「な!?停戦条約はまだ有効じゃ!?まぁいい!とりあえず防衛マニュアルを渡すからこの通りに守れ!えっと……どこだっけ」
魔王が机の中へぐしゃぐしゃに入れられた書類の束を漁っていると、秘書が慌てたように口を開く。
「あなたが先延ばしにしたその訂正案をもとにマニュアルを作り直してるところですよ!?」
「あっ!?まぁいい!伝説の剣はこちらにある!えっと、どこやったっけ?」
捨てるのが億劫で部屋の端に置かれていた酒瓶の山の中を探し出す魔王。そんなことをしているうちに勇者が部屋にやってきてしまう。
「な、何故だ……!」
「何がだよ」
勇者の手には伝説の剣が握られており刃先には血が滴っていた。
「何故攻めてくる!」
「あぁ?先に攻撃してきたのはそっちだろ?うちの村に向かって馬鹿でかい砲弾撃ち込んできやがって。しかもちゃんと宣戦布告出したよな?」
その発言を聞いた魔王以外の人間は首を傾げた。だが、魔王はしまったという顔をしていた。
「しまった……実験で作らせた大砲、届いちゃってたんだ……忘れてた」
「なんですぐに謝罪文出さないんですか!」
「い、いや、ちょうど他の仕事してたから後でやろうと思って!」
「何ごちゃごちゃ言ってんだ?」
勇者は剣を持って近づいてくる。
「っていうか、お前なんでその剣持ってんだよ!?」
「ああ?普通に祠に置いてあったぞ」
その発言を聞いて今度は口から「しまったー……」とこぼれる。
「持ってこようと思って置きっぱなしにしてたの忘れてたー……」
その後、魔王軍は降参をした。伝説の剣を持った勇者率いる人界軍と準備不足の魔王軍では勝ち目がなかったのだ。
それから数年後……人界軍雑務課
「おい!費用改正案はできたか!」
「あっやべ……」
〜魔王様はADHD!?完〜