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千弾光(後編)

「あっ」


 足元から一木の声。


「なんで着くんですか!?」

「ここ、刺繍だよね? 良くほつれないなと思ってたけど、ついちゃった」

「ちょっと待って。忍さん、これ」


 何が起こっているのか理解できたらしい。浅井さんはそう言ってから、なんとなく枯れた枝を引っ張って取った。

 が。


「着いてる! 着いてるよ!」

「ちょ、取れない。待って、勘弁して!!」


 ごっそりと種の部分……黒く針のように、鋭い花のように八方に広がっていたそれは張り付いた生地の方に嘘みたいにきれいに残ってしまった。

 一木じゃないが千弾とはよくいったものだ。一本一本が細かい針となってびっしり着くさまはまさしく千の針……


「凶悪だよね。散歩しててこれがうっかりズボンに着いた日には、取り去るのに恐ろしく時間がかかり」

「忍さん! そんな技伝授しないで!」

「してません。一木くんたちの制服は普通の生地なのでプレゼントしたらきっかり着いてくれただけで」


 そうか。身をもって一木はこの被害を受けたんだな。まぁ、一木だったらやってもいいとオレは思う。


「見たか! これぞ千弾光!」

「だからその名前何? 光とか関係ないよね」

「それっぽくないですか。その花、センダンって言うんでしょう?」


 あぁ、それで。

 謎の納得な空気が辺りを席巻した。納得したからと言って何がどうなるというわけでもない。


「センダン……鬼鍼、鬼のハリだよ」

「鬼鍼!? それはそれで何かそそられる和風な技っぽくてかっこい……あ、じゃあオレたちこれで!」

「ちょっと待て~!」


 どういうつもりが一木たちは突然に巡回経路に帰っていった。その直後に止まる、目の前に黒塗りの車。

 するするとウィンドウが降りてきた。


「おい、浅井よ……」


 護所局の魔王が降りてきた。


「きょ、局長!!?」

「まさか護所局の顔にそんなもんくっつけるとは……覚悟はできてるか?」

「違います! これは……」


 なんてタイミングで現れるんだこの人は。

 任侠並みの凄みと煽り角度で朝からサングラスをかけたいかつい顔がこちらに向かってメンチを切っている。

 怖い。


「すみません、局長。私がやってしまいました」

「あ?」

「着くのかな~と思って。あ、おはようございます」


 この子はなんでこの状況で普通にしゃべりかけて普通に挨拶できるの。

 ぺこりと礼儀正しく頭を下げた忍に護所局長こと和さんの表情もいかつい、から困ったような眉の寄り方になった。


「忍ちゃんはまた困ったさんだなぁ。一応面子ってもんもあるんだから……」

「局長の服はつかない感じになってるんですか?」

「おぢさんの服? 刺繍じゃないからつかないだろうけどどうかなー」


 そして自らその辺に生えていたセンダンとやらをぶちっと負って、左胸にある模様につけてみる。センダンはぷららーん、と音がしそうな感じで垂れ下がっている。


 それ、局長の護所局の顔。 


「……これは参ったね。取るとめんどくさそうだからこのまま帰ろっか」

「センダンがつくようじゃせっかくよくできてる服も、アキレス腱みたいなものですよ? そこ刃物通ったらシャレにならない」

「そうだなー素材検討させとく。じゃあ」


 何しに来た。と言いたいくらいの勢いでそのまま「バイビー」と言い残して魔王は車に乗り込み去っていった。文字通り、嵐が去った心地で、同時にため息をつくオレと浅井さん。


「……助かった」

「オレにはなんであの悪戯から死の淵を経て、素材改良に話が行きつくのか理解できませんが」

「浅井さん、ごめんね。取るの手伝います」

「うん、そうして」


 そして。

 歩きながら忍は浅井さんの服に着いた針をひたすら取り、オレと浅井さんはうらうらとすっかり登り切った日差しを浴びながら、再び街並みを歩き出す。


 今日も平和だ。


 とりあえず、道端に飛び出ているあの植物には気をつけるようにしよう。


 そう心に刻みつつ。

なんでここまで長くなった(答え:会話と表現を愉しむ小説だから)

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