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桜雨のあとに

都内の街路樹には一本一本に「樹木カルテ」があるという。

それくらい、街中の緑は大切にされているということだ。

大きな街路樹が広い通りの街並みに馴染んだ昨今では気にかけないことかもしれないが、それだけ緑は貴重だったということだろう。

今もきっと。




桜の季節だった。

都内には特に桜が多い気がする。

大きな公園はもちろん、どんな住宅地でもどこかしらの公園には植えられている気がする。


大体開花が同時期だからそんな気がするだけなのかどうかはわからない。

幸いにも花粉症と無縁のオレは、外交のために街を歩く事が多いのでこの季節、毎日のように外の空気を吸って、桜をどこかしらで眺め歩くことができる。


その日は、大きな公園を通りすがる際に桜並木の下、アスタロトさんの姿を見かけた。

外歩きが好きなヒトだから、桜を眺めているのだろうと遠目に見て、そして20分後。来た道を折り返す。


……同じ場所で、同じ方を眺めているアスタロトさんの姿がある。


20分以上経っているわけで、さすがにその場からほとんど動いていないというのはなんだか気になって、用を済ましていたオレは足をビジネス街の中にある公園の中に向けた。


こういう公園は、遊ぶ場所というより通路を兼ねていて、長居する人より通り抜ける人の方が多い。

スーツを着た人たちも散り始めだけどまだ満開という木々に心なし、足取りも軽そうだ。


「アスタロトさん」


何かを見ていたらしきアスタロトさんはオレが後ろから声をかけると振り返って、挨拶をする。


「やぁ、秋葉。仕事中かい?」

「今、用を済まして戻るとこですけど……さっきからずっとここにいたみたいだから、気になって……桜ですか?」


と、顔を上げる。

昨日は雨だった。一昨日も雨。今日は晴れているけれど風が強くて……オレは改めてすごい勢いで通りすがる花吹雪を見た。


「この街の桜はきちんと管理されているからきれいだね。でもこんな天気だと散るのもあっという間だ」

「あー、こんなふうに改めてみないからそこまで考えてなかったですけど……って、あれ? 忍?」


視線を戻す。その先に、立ち尽くしたまま桜を眺めている忍の姿があった。


「……ひょっとして、アスタロトさんが見てたの、桜じゃなくて……」

「うん、彼女、20分近くもあぁして桜を見ているね」


……忍を見ていたアスタロトさんが動いていないということは、忍も動いていないということだ。

何してるんだ一体。


聞いてみる。


「アスタロトさんはそんな忍を20分近くも見てたんですか」

「面白いんだよ。何を見ているのか、何を考えているのか考えながら見ているとね」


観察されてるぞ、忍。

しかし、あちらからは見えにくい場所なのかこちらに気づいてはいないようだ。

オレはアスタロトさんと一緒に忍のところへ行ってみることにする。


声をかける。

振り返った。今は風は一旦穏やかになっていて、ちらりほらりと花びらは舞うばかり。


「忍ー、20分もこんなとこで何やってんだ」

「? なんで20分とか具体的な時間が出てくるわけ?」

「それはな、オレが仕事先に行って帰ってくるのにかかった時間だからだ」


いきなり疑問を返されたわけだが、そこはアスタロトさんが観察していたとは言わないことにする。


「桜が散るのが面白くてつい見てたんだけど……もうそんなに経ったのか……」


自覚ないのか。よく同じ場所から同じものを眺めてられるな。

いや、それ言ったらアスタロトさんもなんだけど。


「確かにきれいだけどなー 面白がるものなんか?」

「面白いよ」


そういう間に、一端収まっていた風が強く吹き出した。

土の道だったら埃が一緒に吹き付けるくらいの強い風だ。花びらが一斉に散りだす。


「ほら、動いてるものって見てて飽きないでしょ」


お前、動いてないのにアスタロトさん見てて飽きなかったみたいだけど。

そんな感想はこの際、こころの中にしまっておく。


「確かにね。昨日は桜雨だったし、なおのこと散りやすくて見事ではある」

「桜雨?」

「この季節に降る雨のことだよ」

「素敵な言葉ですね」


いや、日本語だけども。アスタロトさん海外のヒトだけども!

相変わらず謎の語彙力だ。


「で、忍はこの光景をずっと見続けていたのかい?」


なぜここから動かないのか、考えるのが面白いと言っていたアスタロトさん。答え合わせに入ったようだ。


「この光景というか……」


風が再び収まった。


「今日はすごく雲も早く流れてて、でも風向きもすごく変わるんです。だから花びらが文字通り舞うように動くこともあって」


そう言われて空を見上げると。


「ホントだ。一番低い雲、めっちゃ動きが早い」


青空をバックに、薄い雲が南にものすごい速度で流れていく。やっぱり気づきもしなかった。

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