その二 その男、ここを煉獄と受け取る
悔いていても仕方ない。俺はひとまず周りを見渡し、何か武器になるようなものを探した。
その途中で気づいたのだが、手に持つと持ったものが消えている。
重さを感じず、どうすればよいかと思っていたが、目の前になにか現れ『煉獄の土を入手しました』と透明な立て札が突如現れた。
最初はこの立て札が呪い師かたぬきの仕業かと思ったが、考えてみればここは地獄。このようなことなのかもしれないと思い、俺は気にしなかった。
だが土を取り出したりするのはどうすればよいのか、俺は困った。
なんせ土がこのように消えてしまうということは、おそらく刀を見つけて手にとったとしても先程のように『刀を入手しました』というように出るかもしれない。
それでは困る。なんせ取り出せない。
「どうしたものかな……」
そう悩んでいると、俺と背格好が同じくらいの、遠目で見た鬼と似たような痩せた鬼が徒党を組んで向かってきた。
「ギギッ!」
「……人であるならば、ものを訪ねたいが……」
「ギギーッ!」
「獄卒ならば、話は通じぬよな!」
手に持った棍棒を振り上げ、こちらに襲いかかる。
動きは素人だ。振り下ろしと突きだけ、わざと隙も入れたりせぬ、江戸で時折絡んできた遊び人(※ここではチンピラのこと、定職にもつかず、ぶらぶらと遊び回る者のこととする)と同然の動きだ。
突いてきたのを見切って、棍棒を奪い取り鬼を打ち据える。
「ギギャ……!」
打ち倒すと鬼は黒い砂のようなものになって消えた。
棍棒も消えてしまった。
「コレは……厄介だな」
ならばどうするかと思いあぐねていたが、ふと思いつく。
「やはり……棍棒は残るか」
俺は棍棒を奪い取った後、即座に逃げ出した。
卑怯ではないが、長物が無いと流石に不便だ。盗人のような真似をしているようで心が痛むが……
ここは地獄、死んだ身の上でいろいろ罪を犯しても今更だろう。
それにこの棍棒、握りは刀ではないが、先程のように消えることはない。
ならば。
「しばしこの棍棒、貰い受けるぞ獄卒鬼」
走り回って逃げ追いつかれそうになったらまた逃げ、そして途中の鬼を打ち倒して……それを繰り返すのに徒手空拳では心許ないが、手に長物があるのであれば別だ。
しばらくはこの地獄の空気に慣れるためにも鍛錬の練習台になってもらおう。
それからは同じ日々の繰り返しであった。
棍棒を奪い取った鬼から逃げ、その後別の鬼一匹を倒したら別の鬼がわらわらとやってきた。
だがたかが遊び人、しかも素人同然の動きをしてやってきているモノが何匹かかってこようと、俺に敵う者は居ない。
同時にこの体にも慣れてきた。
胸がデカイのが窮屈と感じるが、背丈が小さいことで相手の懐に潜り込みやすい。
血豆もできぬ、足も擦れぬ、疲れも感じず眠気もない。
「ここが……地獄か?」
否。
ひょっとしたらここは地獄では無いかもしれぬ。
地獄がこのような温い場所ではなかろう。
血の池もない、針の山もない、殺して返り血を浴びることもない。
とすれば、俺はまだ地獄に居るのではないのかもしれない。
では浄土かと言われたら絶対にそうではないだろう。
浄土がこのような風景の場所ではないのは間違いはないはずだ。
それに、多数の人を殺し、泣かせた俺がそのようなところに行けるはずもない。
地獄でもなく、ましてや浄土でもない。
そのような場所があるのか?
……否、ある。
かつて、俺が仕えていた殿は切支丹に傾倒していた。
その殿が言っていた場所がある。
この世の生を謳歌したものが、天国に行く前に己の穢れを浄化する、苦しみを与え続ける場所。
そうか、ここは。
「地獄ではない……煉獄か」
煉獄……カトリック教で説く、天国と地獄との間にある所。
死者の霊が天国にはいる前に、ここで火によって浄化される。
要は天国でも地獄でもない場所ということです。