風に広がる銀河
風に広がる銀河を見たことがある。もちろん、ただの妄想だと分かっている。
見惚れ、圧倒され、心が透き通っていく気がした。…………まだ10代の頃の、夏の思い出である。
私の父は心配性で、家に帰るのが遅いと玄関先で怒鳴りつけるような人だった。そのため中学生の頃は部活に入ろうとは思わず、3年間帰宅部だった。
高校生になり、たまたま前の席に座った子と京さまファンで意気投合し、中学時代に部活動が出来なかった反動と、その場のノリで何となく演劇部に入った。
(※その約3年前に、『新・里見八犬伝』という、薬師丸ひろ子さんの主演映画があり、京本政樹さんは八犬士の一人を演じておられた。京さまはその後、当時中学生にも人気だった時代劇、『必殺仕事人』にも出演していた)
演劇部は文化部である。が、放課後、部でお借りしている教室に行くと、始めに腹筋・背筋・腕立て伏せを必ず50回ずつやる。それから柔軟体操をして、発声練習と早口言葉という基礎練習が続く。
筋トレなんて、毎日よく続けられたものだと今更ながら思う。今は10回も出来ないんじゃないかな、と自分のお腹を眺め……、ゴホンッ!
なぜこんなにも筋トレをするのかというと、9月の終わりに文化祭があるからである。文化祭では我らが演劇部を含め、吹奏楽部や合唱部&etcが講堂兼体育館の舞台で、部の発表をするのであった。
このとき、他の部は分からないが、演劇部はマイクを使わずに地声で劇をする。
先輩方曰く、「観に来てくれたお客さんの衣服がね、音を吸い取ってしまうのよ。だからお腹からちゃんと声を出さないと、一番後ろの席のお客さんにまで声が届かないの」ということだった。
我々一年生にはまだ気恥ずかしさがあり、何度も「もっと大きな声を出してっ!!」と、叱られたものである。
……そんなこんなで夏休み。人生初の部活まみれの夏休みが始まった。
劇は、1学期の終わりにはもう配役が決まっていて、夏休みは実際に舞台上での練習になった。私は役には付いていなかった。2年生の先輩と共に照明係になったのだ。
照明係と言っても舞台装置に組まれた照明は、放送部が担当してくれるということだった。
先輩と私が何をしたかというと、台詞を言っている人をスポットライトで照らす、という間違えたらとんでもないことになる係だった。
スポットライトは今ではどんな大きさか分からないが、当時の機械は子供の胴回りくらいの太さはあったんじゃないかな?
講堂の一番後ろの上部に取り付けられていて、動かすために留め具を外すと結構な重さがあった。下の部分だけ固定されていて、落下しないようになっていた。
これが、スイッチを入れるとかなりな熱を持つ。両手で抱き抱えるように両脇に付いた取っ手を掴むのだが、練習をしていた頃は夏、半袖である。本体に腕が当たって軽く火傷をし、小さな悲鳴をあげてしまったこともあった。
スポットライトには薄いセロファンが貼られた鉄枠を差し込む箇所があり、セロファンの種類は赤・黄色・……緑だったかな? これを組み合わせたり、逆に単独だったりで、劇の進行に合わせてライトに差し込むのだ。
確か、カメラでいう”絞り”のレバーも付いてたんじゃないかな。もう何十年もたつので忘れてしまったが……。
色や登場人物の立ち位置を間違えないように台本に書き込み、本番では窓を黒いカーテンで覆って真っ暗になるのでメモは見えないから、暗記をしなくてはいけなかった。
今にしてみれば貴重な経験をさせて貰ったと思う。が、そのときは一緒に入部した友人が早々に役を貰ったことが羨ましく、淋しい気持ちでいた。……お爺さん役だったけど。(※女子高です)
ある日のこと、この日の講堂兼体育館には卓球部と演劇部しかいなかった。普段は他にバレー部やバスケット部、バドミントン部もいたりするのだが、大会か遠征に行っていたのだろうと思う。
その卓球部に、同じ中学から進学したSちゃんがいた。卓球部の1年生はやはりというか、玉拾いがメインのようだった。先輩たちのラリーの、こぼれ玉を追いかけていた。
部活の終わるタイミングは私たちの方が先だった。片付けをし、舞台の袖の上にある放送室の脇の用具室で、体操着から制服に着替え、ミーティングをして解散となった。
演劇部には同じ駅から学校へ通っている、違う中学出身の友人がいるのだが、この日は夏風邪か何かでいなかった。
なので1人で帰ることになり、私は皆の最後尾をぼーっとしながら階段を下りた。
卓球部も練習が終わり、片付けをしていた。野球でいうところのノックをしたようで、床には大量の卓球の玉が転がっていた。
講堂兼体育館の全ての出入り口が、室内の温度調整のため開かれていた。そこからやわらいだ夕方の光が卓球の玉と、そこの床だけに反射していた。
そのときだった。
そのとき、一陣の風が吹いた。
床に散らばった卓球の玉が放物線を描いて、開かれた扉から各々(おのおの)の方向へと一斉に転がっていった。
私はそれを見て、宇宙だと思った。扉の辺りが銀河系の中心で、そこから薄暗い体育館内に星が流れて行くように感じたのだった。
そこにはたまたま、友人のSちゃんと私しかいなかった。
「すっごーーーーいっ! これは宇宙だよ、Sちゃん! 銀河だよ、銀河!!」
私は興奮して、Sちゃんに言った。
「えっ? べつに毎日見てるけど、そんなこと考えたことも無かった……」
Sちゃんは玉拾いの手を休め、少しの間、二人でぼーっと玉が転がるさまを眺めた。
「……銀河か。通りで拾うのが大変なわけだ。いまだに広がってるんでしょ? 銀河系って」
「そうだね、そう言われてるよね」
Sちゃんは『やれやれ』といった体で、また玉を拾い始めた。
「ごめん、邪魔しちゃったね。手伝おうか?」
「ううん、大丈夫。卓球台を片してる子たちが戻ってくるから」
「そっか。じゃあ帰るね。頑張ってねー」
「うん、またね」
広い宇宙。
広い銀河の中の、端っこの星。
その星の中の、小さな日本。
そして、日本の高校の片隅の、小さな銀河。
大きな銀河の中の、小さな幻の銀河……。
私は何だか元気が湧いてきて、きっと本番の照明は上手くいく、と思ったのだった。
おわり
すみません、ちょっと調べてみたら、「新・里見八犬伝」は映画の原作本の名前のようです。映画は「里見八犬伝」でした。
間違えてしまって申し訳ないです。書く前に確認しなくてすみませんでした。m(_ _)m