第95話「シャドウ・"ゴースト"・バトルタウン」
ゾディアックがセントラルに近づくと、入口から大量のガーディアンたちが、吐き出されるように外へ出てきた。
全員妙に殺気立っており、異様な光景でもあった。全員の視線がギラついており、同一の標的を探しているようにも見えた。
「ゾディアック!」
思案していると声をかけられた。聞き覚えのある声の方向に顔を向けると、レミィが赤髪を揺らしながら駆け寄ってくるのが見えた。
いつも通りの事務服であったが、腰には見覚えのない棒のような何かを差していた。
「ああ、よかった。お前が来てくれるだけでありがたい」
目の前に立ち止まったレミィは安心したように息を吐いた。
「何があったんだ?」
「セントラルに突然変な奴が来て、「俺が殺人鬼だ」って言い始めてよ、暴れ始めたんだ。まぁ私がその場は収めたんだが……」
「変な奴?」
「ああ。獅子の頭した獣人だよ。格好からして亜人街の奴じゃない。余所者だ」
兜の下でぐっと奥歯を噛んだ。
黙るゾディアックを見て、レミィが首を傾げる。
「知り合いか?」
「ベルクートを襲った奴だ」
「なるほど。なら、かたき討ちと行こうか」
「レミィさんも行くのか?」
「レミィでいいって。まぁ、こいつもあるし」
レミィは腰に差した棒に視線を向けると手を添えた。
「......戦えるのか?」
ゾディアックが聞くと、鼻で笑ってネックレスをつまんで見せた。マスグラバイトの宝石が施されていた。
それを見て、ゾディアックはレミィが何者なのか一瞬で悟った。
「今日だけさ」
自嘲気味にレミィが笑うと同時にアンバーシェルが振動した。ガーディアンたちが一斉にそれを取り出し画面を見る。
特別任務という表題が目に入り、内容に目を通す。
「最初に捕まえた、もしくは討伐したパーティに賞金だってさ」
「報酬金額は書いてない、か」
「けど、「それなりの額を用意する」だってさ。おじいちゃんが国に話通しているんだろうな」
「エミーリォ、元気か?」
「まぁね」
アンバーシェルをしまうと、レミィはゾディアックに向き直る。
「せっかくだ、ゾディアック。パーティを組んでくれないか?」
「……俺でいいのか?」
「久しぶりに体を動かすからさ。お前がいるなら安心して動けそうだ。頼むよ」
いつも世話になっている相手に、恩を返せる時が来た。
ゾディアックの答えは決まっていた。
「俺で、良ければ。喜んで」
「お。なんか、今の台詞いい。王子様っぽいぞ」
「お、王子様って……」
意外な言葉を聞いて、ゾディアックはクスッと笑った。
レミィは頬を引きつらせて「あ」と言った。
「な、なんでもない忘れてくれ。とりあえず、あの獣人を」
追いかけよう。そう言おうとしたまさにその時。
近場から悲鳴が上がった。
甲高い女性の声。見ると、甲冑も身に纏っていない一般市民が倒れていた。
「や、やめて! 来ないで!!」
悲鳴に似た声。女性の前には黒い影がいた。
黒いローブにフードを深く被っているせいで顔も見えない。だが、右手に持っているナイフだけはよく見えた。
マズいと思い、ゾディアックは駆け出そうとした。
だがそれよりも速く、レミィが動いた。
レミィは一瞬で移動し女性と影の間に体を滑り込ませると、腰に持っていた棒をそのまま抜き、横薙ぎに振った。鈍器の如く振られたそれは影の体に減り込み、殴られた影は後方に飛んでいった。
「レミィ!」
ゾディアックはレミィに近づき、吹っ飛んで倒れている影を見つめる。
「やりすぎだ。人間だとしたら殺すのは」
「いや、ゾディアック……」
レミィは頭を振って影を指した。
ピクリとも動かなかった影は、液体のように地面に広がっていき、その姿を消した。
あまりにも不可解な光景に、ゾディアックは兜の下で口を開けた。今の光景を、どこかで見た覚えがある。
「人間じゃねぇのか、あれ」
誰かはわからないが、ガーディアンのひとりが声を上げた。
レミィは肩越しに女性を見る。
「無事ですか!?」
「へ、あ、は、半獣……?」
「立てるなら早く逃げてください!!」
レミィが大声で注意喚起を行うと、それが合図であったかのように、街のいたるところから悲鳴が上がり始めた。
見ると無数の黒い影が大量に発生し、市民を襲っていた。影のようにしか見えない者たちは、手に刃物や鈍器を持っていた。対モンスター用の立派な装備ではないが、人を殺すだけなら充分な殺傷能力を持ち合わせている物ばかりだ。
「あの影共、一般人襲い始めやがったぞ!!」
近場にいたガーディアンが怒りに満ちた声を出した。
「構うな! 黒い連中倒しながら獣人追い詰めんぞ!!」
ガーディアンの軍団が動き出し、思い思いの行動を起こし始める。
血気盛んな重装備の者たちは街中へ向かってかけていき、手当たり次第に影たちを屠っていく。
「こいつら人間じゃねぇ! モンスターだ! 油断せず武器使って倒せ!」
「いい? 私たちは援護するわよ!」
全員が魔法使いという異色のパーティリーダーの女性は、街中で魔法を使う際の注意点を言いながら歩を進めていく。
軽装備の者たちは敵を倒すよりも、負傷した市民の救助や手当を行おうと動いていた。
「行こう、ゾディアック!」
「……ああ」
一団に遅れ、ゾディアックとレミィも動き出した。
★★★
マーケット・ストリートに続く道はいつも賑わっているが、今日は別の意味で騒ぎになっていた。
キャラバンたちが露店もそのままにして逃げ出し、そこに黒い影が何体も出現している。
「ひぃいい!! だ、誰か! 助けてくれぇ!!」
悲鳴を上げながら助けを求める男性にゾディアックは近づく。
道中にいる影たちは、男性ではなくゾディアックに向かい、武器を掲げて襲い掛かる。
ゾディアックは背中から大剣を抜いて真一文字に振る。影は真っ二つに斬られ、どれもが泥のような真っ黒い液体になり、地面に水溜りを作る。
「はやく逃げてください!」
「あ、ありがとよ」
レミィが口下手なゾディアックにかわって指示を出した。
ゾディアックは別のことを考えていた。影のような人間、恐らくモンスター。どれもが急に出現している不気味な存在。
「こいつら気味が悪いな。まるで幽霊みたいだ。いつの間にか現れやがって」
幽霊。
レミィの発言に、ハッとしたゾディアックは顔を上げる。
ガーディアンが影を倒している光景が見えた。それと同時に、建物の隙間から新たな影が出現するのも。
「そうか……こいつら、霊だ」
「は? 何言ってんだ?」
「霊体だ。だから変な出現の仕方をするんだ。それに、倒してもまったく手応えがない。ちゃんとした倒し方をしないと復活して、無数に出続ける」
レミィは周囲の光景を見て、ゾディアックの考えを理解する。
「マジか? じゃあ、まさか、あの獣人」
「ああ。きっと、その獣人は……”ネクロマンサー”だ。殺人鬼だと言っていたなら、そいつは自分で殺した者たちの魂を使役して、自分の力としている」
ネクロマンサーという単語を聞いたレミィは、苦虫を嚙み潰したような顔をした。
「ネクロマンサーって。死者の魂を使役する連中のことだろ? あれは”禁術”になっている。しかも獣人が、そんな高等な魔法を使えるなんて信じられない」
ゾディアックは目を細めた。”霊体”というだけあり倒す手段が限られている。対人や普通のモンスターに対して自信のあるガーディアンたちであっても、”霊”を容易に、それも確実に倒せるガーディアンは少ない。
霊はこのままだと被害が増えることは確実だろう。
「あの獣人、自分で殺した連中の魂を使って、自分の兵隊にしているってことか。まるで永久機関みたいな使い方しやがる。とんだ外道だな」
「……このままだと、マズい」
「わかってる。この力の源を、あの獣人を倒さないとこっちに勝ち目がない」
もし相手が100も200も死者を操れるとしたら、数的有利で戦況を不利にされ、国は甚大な被害を受ける。
何故相手がこんな術を使えるのかはこの際どうでもよかった。
いち早く奴を見つけ出さねば。
「ぐぁああぁあああ!!」
近くで野太い声が上がった。
見ると、銀細工の甲冑を着込んだ大きな背をしたガーディアンが、剣で体を貫かれていた。
「きゃぁああ!!」
女性の格闘士が悲鳴を上げた。まだ若い、パールのガーディアンだ。
「くそ! この野郎!」
近くにいた槍術士が槍を構えて突くが、それよりも早くガーディアンに刺さった剣が抜かれ、槍術士の両手首を飛ばした。
悲鳴が木霊する。血飛沫が散乱し、人が倒れ甲冑が地面と擦れる音が鳴り響いた。
ゾディアックは武器を構えて相手を見据える。
ふたりのガーディアンを容易く屠った敵の姿を見て。
ゾディアックを含む周囲にいたガーディアンが、息を呑んだ。
青白い立派な甲冑に一目見ただけで高級かつ高性能であることを示す、光り輝く剣と盾。立派な兜は傷ひとつ付いておらず、裏地が群青色の白いマントを靡かせている。
一目で”騎士”とわかるその見た目。一瞬で強いとわかる、その雰囲気。
「……騎士団……」
ギルバニア王国が誇る最高戦力。
”ひとりでガーディアン10人分の力を持つ”と言われる騎士が、剣を構えて立ち塞がった。
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