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ディア・デザート・ダークナイト  作者: RINSE
Dessert3.ブルーベリーマフィン
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第94話「リセプション・"マスグラバイト"・スピリッツ」

 突然、暗雲が室内を覆いつくしたようであった。

 セントラル内にいたガーディアンたちは全員が騒ぐのを止め、気を引き締め、入口へと視線を向けた。暗雲の発生源、そのどす黒い魔力(ヴェーナ)を放つ者に。


 雲のような霧は瞬時に晴れた。立っていたのは赤黒い鬣を靡かせる獅子の獣人、トム。

 そしてその人物を守るように立ち塞がる、4人の人影がいた。

 突如そこに現れた、黒いローブを着て、深くフードを被った、まるで影がそのまま立っているような者たち。

  不気味という他ないその者たちを見て、一番近くにいた給仕は甲高い悲鳴を上げて身を翻すと、群衆の中へと駆けこんだ。


 それと代わるように、ガーディアンたちが立ち塞がった。駆け出しからベテランまで。その数30は下らない。全員が武器の持ち手に手をかける。

 獣人からの明確な敵意。刀身が黒く変色しているマチェット。挑発するかのような魔力(ヴェーナ)の解放。

 

 ガーディアンたちの思考は一致していた。


「やる気か、お前!」


 ひとりのガーディアンが声を上げた。

 トムはフッと鼻で笑い、肩をすくめた。


「御託はいいさ。始めようじゃないか」


 そう言って一歩踏み出した。

 すると、4つの影も同時に踏み出した。


「ガーディアンは何人も狩ってきた。どいつもこいつも取るに足らない雑魚ばかりだったよ。まったく。呼び名を変え時が幾歳(いくとせ)過ぎても、お前らは相変わらず雑兵だ」


 トムはマチェットを掲げた。


「ここまで来ているから言おうか。ガーディアン殺しもキャラバン殺しも、すべて私がやった。さぁどうする? 動機を聞くか? 詳細を語ろうか? それは意味がないだろう? 規定が頭の中に渦巻いているのか?」


 肉食獣の目が光る。口角を上げ歯を見せる。

 笑顔。

 獲物を狙う者の顔である。


「でも、もうやるだろ?」


 まるで自由を謳う使者のように、トムは高らかに宣言した。


「全員纏めて殺してやる。かかってこい」


 戦いの火蓋を切り落とすように、マチェットを振り下ろした。

 ガーディアンたちが怒りの咆哮を上げ、各所から魔力(ヴェーナ)が沸き起こる。

 ひとりのガーディアンがトムとの距離を詰めようとした。


 その間に、赤い光が差し込んだ。

 いや、光ではない。

 そうとしか思えないほどの速度で、何者かが割り込んだのだ。


 割り込んだ者はすぅと息を吸い。




「どちらも動くな!!!」


 


 もしここが外であったのなら、空の雲すら払うような怒号を放った。

 ガーディアンたちが足を止め、声が消沈していく。トムも同じく、立ち止まってその人物に注目していた。


 長身の女性。特徴的なウルフカットの赤髪に頭頂部の猫耳と、腰から生えている赤毛の尻尾。

 女性らしい部分は強調されながらも細身な体をしており、事務服がよく似合っていた。


 セントラルの職員、受付嬢であるレミィ・カトレットは、トムを睨みつける。


「私がお相手いたしましょう」

「……何?」


 予想外の言葉に、笑い声と共にトムは首を傾げた。


「君がか? やめておけ、死ぬぞ。ただの事務員に何ができる」

「お教えしましょう。何ができるのか」

「……ガーディアンたちの面目を潰しているぞ、いいのか?」


 レミィは柳眉を逆立てる。


「ここにいる方々は、モンスターを倒し、人々を手伝い、そして護る守護神たち。自由を謳歌し世界を駆ける勇者たちです」


 髪の色と同じ、ルビーを彷彿とさせる赤い瞳が輝いている。


「だから、お前のような三下と戦うために、ここにいるわけじゃあない。お前如き下種は、私ひとりで充分なんだよ」


 トムは目を見開き呆けたような表情を一瞬浮かべると、高らかに笑った。


「おかしなことをいうお嬢さんだ。勇気と蛮勇をはき違えているのかな」


 言い終えると同時にひとつの影が動き出した。

 周りのガーディアンが声を上げようとした。


 だがそれよりも速く。

 まるで雷の如き速さで間合いを潰したレミィの。


 左フックが、影の顔面を捉えた。


 レミィは叫びながら拳を振り切った。

 影はきりもみ回転しながら吹っ飛び、床に伏した。


 セントラル内にどよめきの声が上がる。

 トムは目を細めた。


「セントラルの受付は、日々屈強なガーディアンたちを相手しているんだ」


 レミィは拳を見つめながら言った。腕は鈍ってないらしい。


 その時、いつの間にかもうひとつの影が、レミィの背後に迫っていた。

 レミィは隣にあった椅子を掴むと振り向きざまに振り下ろした。


 まるで蠅の如く撃ち落とされた影は顔面から地面にぶつかった。

 間髪入れずにその頭に椅子を振り下ろす。くぐもった声が聞こえたが、構わずもう一度振り下ろすと、椅子が破損した。

 影はピクピクと動いている。


 レミィはその頭を足で踏みつけ、トムを横目で睨む。


「もしセントラル内で、ガーディアンが揉め事を起こした場合、解消するのが受付の仕事」


 3人目の影が動き出そうとする。

 だが、レミィの鋭い眼光に射抜かれ、その場に踏みとどまった。


「もしセントラル内で、ガーディアンが襲われそうになった場合、それを防ぐのが受付の仕事」


 レミィは頭から足を離すと振りかぶり、痙攣している者の側頭部を思いっきり蹴り飛ばした。

 鈍い音が木霊し、周囲の一部が悲鳴と歓声を上げた。

 レミィは気にせず蹴飛ばした方の爪先で、トントンと床を叩く。


「そんな仕事を毎日している私が、弱いはずないだろう」


 先日酒を飲んでいたことを棚に上げて、レミィは勝ち誇ったように言った。

 周りから「レミィさん怒らせたらやべぇな」という声が聞こえた。


「さぁ、どうするんだ殺し屋。本気を見せろよ」


 レミィは挑発した。周りにいたガーディアンたちもまた、武器を抜いてトムを囲おうとした。


 すると、トムはマチェットを仕舞って両手を叩いた。


「なるほど、油断したよ。これは困った」


 半笑いで言った。まるで「想定していた」と言わんばかりの声だった。

 レミィはせせら笑う。


「負け惜しみか? さっさと来いよ」

「まぁ、待て。ここに来たのはあいさつ代わりだ。こちらとしてはね……戦いは派手な方がいいと思っているんだ。流儀に反しているがね」

「あぁ?」

「場所を移そう。なに、安心しろ。すぐにどこが戦場になるかはわかるさ」


 同時に、再び黒い魔力(ヴェーナ)が立ち込めた。

 魔法ではなく魔力(ヴェーナ)を可視化して煙幕のように扱う。

 それはまだトムが余裕であるということを物語っていたようであった。


 煙幕が晴れるとトムたちは既にいなくなっていた。

 また、レミィが倒したふたりの影も消えていた。


「ふむ。どうやら敵が来たようじゃな」


 しゃがれた声が上階から聞こえた。

 エミーリォがサングラスの位置を正しながら、階下の者たちを見下ろす。

 全員がエミーリォに視線を向けた。


「相手さんが何のつもりか知らんが……売られた喧嘩は買うのが礼儀じゃ。国からは儂がなんとか言っておく」


 杖を持ち上げ、エミーリォはセントラルの入口に先端を向けた。


「あのドラネコひっ捕らえてこい。誰に喧嘩を売ったか、ガーディアンに喧嘩を売ったらどうなるか、思い知らせてやれ!!」


 セントラル内に、歓声が響き渡る。


「行くぞお前ら!! 酒は後だ!!」

「あいつはやばい、油断するなよ。駆け出しはオレと一緒に来い、守ってやるからな」

「魔法使いだけで行動しないでちょうだい! 私は槍術士(ランサー)だから、パーティを……」

「敵討ちだ!! 四肢ぶった切って、ここまで引きずってやろうぜ!!」

「いいですか? お姉ちゃんの言うこと、しっかり聞いてくださいね。油断はしないように」

「「「捕えてやるぜ~あの野郎~♪ ぶっち殺すぜ、あのクソがぁ!♪」」」



 個性豊かなガーディアンたちの、興奮と怒りと、どこか楽し気な喚起の声を聞きながら、レミィは受付へ戻ろうとしていた。

 自分の仕事は終わった。あとはガーディアンに任せよう。そう思っていた。


「レミィ」


 上階にいたエミーリォがレミィを呼んだ。喧騒の中でも、その声はよく通った。

 エミーリォは一度背を向けたかと思うと、手に何かを持って、それをレミィに向かって投げた。

 落ちてくる、細長い布の袋を受け取り、レミィは目を見開いた。


「お、おじいちゃん!! これ、駄目だよ! 私は」

「レミィ。久しぶりの眼と姿をしておったぞい」


 言葉を遮ってエミーリォは言った。


「強いのは、ガーディアンだけじゃあない。ただの事務員扱いしたあの猫に、お前の強さを見せつけてやれぃ」

「……でも」

「行ってこい。今日だけの”特別許可”だ」


 エミーリォは微笑みを浮かべた。

 レミィはグッと奥歯を噛み、頭を下げた。

 

 再び顔を上げると、事務服の第一ボタンを外す。白い肌の上には。

 大きな宝石が施された、ネックレスがかけられていた。


 布の袋を手に取り、封を解く。

 中に入っている物を取り出そうとし、しばし動作を止める。

 袋を見つめる。桜色に輝くような、花柄の布の袋。


「……今だけさ」


 懐かしい感覚に襲われながら、レミィは袋から”それ”を取り出した。

 取り出した”それ”に魔力(ヴェーナ)を流す。

 磁力の魔法をかけ、”それ”を腰に差す。身が引き締まる思いだった。

 レミィは、エミーリォに礼をした。


「うむ。見事だ。いつ見ても……お前は美しいのぉ」


 エミーリォは階下のレミィの姿を見て、そう言った。


 腰に差さる”それ”とは、東の大陸、「スサトミ」に伝わる武器。

 オーディファル大陸には存在しない武器。


 ”刀”を操りし、レミィ・カトレット。




「ランク・マスグラバイト」。

 元ガーディアンのレミィ・カトレット。




 彼女は久しぶりの戦いに、気分が高揚していた。

 レミィの髪色は、まるで魂から呼び起こされる闘気を具現化しているようであった。



お読みいただき、ありがとうございます。


次回もよろしくお願いいたします。

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