第93話「レイジ・"エイム"・キャット」
「ねぇ、どうしてお姉ちゃんは、ガーディアンになろうと思ったの?」
ある任務中、森の中で休憩していたラズィは、隣で本を読んでいるサンディに問いかけた。こんな場所でも魔法の勉強に勤しんでいるらしい。
勤勉なサンディは本から視線を切り、ラズィに微笑む。
「今更聞く? ガーディアンになってから半年近く経つけど」
「今だから聞くの。今までランク上げに必死だったし」
ランク・サファイアとなったふたりは金銭的にも余裕ができていた。そのためか、精神的にも余裕ができたラズィは前から疑問に思っていたことを聞いたのだ。
「やっぱり、市民を守りたいから?」
サンディは唸った。
「違うかなぁ」
「じゃあ、お金を稼ぎたいから?」
「それはちょっとあるけど、本来の目的じゃないかなぁ」
「……じゃあ、なんで?」
サンディは口元に笑みを蓄えた。
「大層な理由じゃないよ。ただ——」
続きの言葉は聞けなかった。
サンディの姿が光に飲まれ、ラズィは反射的に目を閉じてしまった。
★★★
再び目を開けると、知らない天井が広がっていた。
どうやらベッドの上にいるらしい。
まどろむ頭を必死に動かし、なぜ自分がここにいるのか思い出す。
ゾディアックの姿と、金髪の少女の姿が脳裏をよぎった。
ラズィは急いで起き上がろうとするも、体が言うことを聞かなかった。舌打ちし、なんとか魔力を全身に送ろうと試みた。
だが、無理だった。どういう原理なのかわからないが、全身に力が入らず魔力も送れなかった。
まるで何かに吸われたように、ラズィの魔力は枯渇しかけていた。
息苦しい。荒い呼吸を繰り返していると、部屋の扉が開いた。
顔を横に向けると、金髪の少女が部屋に入ってきた。
「お目覚めですか。流石ディアブロ族。というより、エルフですね。お早い覚醒で」
ニコニコとした表情で、ベッドの隣にある椅子に腰かけた。
「空気中の魔力を常に体内に取り込める唯一の種族。そのため体内の魔力が枯渇しても中々死なない。羨ましい限りです」
エルフという単語とその特徴を知っている少女を見て、ラズィは目を見開いた。
「私の正体を」
「はい。片方に長耳がふたつ。エルフの特徴です」
「……」
「しかし疑問ですねぇ。相対した時は、明らかに人間の匂いに魔力だったのに。どんなカラクリを使ったのですか?」
「そう。あなたも、ディアブロなのね」
「ええ、何だと思いますか?」
ラズィは戦いの記憶の中から、糸を手繰り寄せるように特徴を導き出し、答えを告げた。
「ヴァンパイア」
「ほう。その心は」
「ディアブロ族で一番の魔法特化種族。下級の魔法をあそこまで強化し操れるのは、月から発せられる特殊な魔力を浴びて育ってきた、ヴァンパイアのみ」
それに、と言って言葉を紡ぐ。
「その異常なまでに尖った歯に紅蓮の瞳。昔住んでいた場所にも、あなたみたいな人がいたわ」
少女は腕を組んで、頷いた。
「むぅ。正解されると悔しいものですね」
「ところで、ここはどこかしら?」
「ああ、私とゾディアック様の家です。愛の巣です」
「……その表現は凄く気持ち悪いわ」
ラズィはため息をついた。これからどんな仕打ちが待っているかわからないが、無事に済むわけはないだろう。
姉を助けるために、こんなところで死ぬわけにはいかない。
「あなたの魔力は吸い上げました。一応暴れないように、拘束術も使用しております」
ラズィは唯一動く、首から上を動かし、視線を体に向けた。魔法で作られた紫色に光る無数の鎖が、ベッドごとラズィの体に纏わりついていた。
「私は何も喋らないわ。拘束するだけ無駄よ」
「困りますねぇ。あなたにはいっぱい喋ってもらうことがあるんですから」
その時、再び部屋の扉が開いた。
「ですよね、ゾディアック様」
黒塗りの甲冑を着た騎士は無言でラズィを見下ろす位置まで近づき、静かに口を開いた。
「……君が、殺し屋なのか?」
「だとしたら?」
「理由を聞かせてくれ」
「言ったら解放してくれるわけ?」
「ああ。事情によってはな」
ラズィと少女がゾディアックを見た。
「ゾディアック様」
「ロゼ。ディアブロ族が殺し屋なんて危ない橋を渡るには、それなりの理由があるはずだ」
ロゼと呼ばれ少女は呆れた様子で頭を振った。
本気なのか。ラズィの心が一瞬揺らいだ。いや、喋らせるだけ喋らせて終わりだろう。
「……喋らないわ」
「頼む。仲間が、ベルクートが襲われたんだ。それは君の仕業じゃなく、亜人の仕業だった」
「……」
「本当は、その亜人が元凶なんじゃないのか」
「……ねぇ、ゾディアックさん。私が正直に喋ったら、本当に解放してくれるの?」
「ああ」
「どうして?」
「……君が、人を殺せるような者には見えないからだ。事情があるとしか、思えないんだ」
ラズィは思考した。この優しさにつけ込めば、まだチャンスはあるだろうか。
だが、問題なのは金髪の少女の方だ。すでに正面での勝負に負けているラズィにとって、ロゼは鬼門だった。
まだトムには任務失敗のことも、この状況のことも知られていないだろう。なんとかチャンスを作るんだ。
ラズィは必死に頭を回転させながら、次の言葉を慎重に導き出し、口を開こうとした。
その時だった。
どこからか振動音が聞こえた。ラズィは自分の右太腿に振動が伝わっているのを感じた。
「アンバーシェル、取るの忘れていました」
ロゼがラズィのポケットをまさぐり、アンバーシェルの画面を見る。
「クソネコ。誰ですか? 友達?」
ラズィは目を見開いた。
「出て」
「はい?」
「今すぐ出て!!」
ロゼはゾディアックを見た。頷きを返された。
「スピーカーにして、部屋全体に聞こえるように」
ロゼはすんと鼻を鳴らしてラズィの指を掴み、画面に触れさせる。少量の魔力が指先からアンバーシェルに伝わり、通話が繋がった。
設定をスピーカーにして、ラズィは喉奥を鳴らしてから口を開く。
「……何かしら」
『今、何処にいる』
腹の底に響く重低音だった。
怒っている。直感的に3人は感じ取った。
「隠れ家。監視中よ。昨日亜人街で攻撃を仕掛けて、相手を追い詰めたわ。もう少しで、あなたの願いが成就するわよ」
ラズィは冷や汗を流しながらも、余裕な口ぶりで言った。
見事な虚言ではあったが、通話先の者はため息をついた。
『失敗したな』
ラズィの片眉が上がった。
「なにを」
『声が反響しすぎている。隠れ家と明らかに声の聞こえ方が違う。それに、どうしてそんなに声が離れている。家の中……微かだが、ふたり、息遣いが聞こえる』
ラズィの額に汗が浮かぶ。
マズいと思い、口を開いた。
「あ、あなたの耳が遠くなっただけ」
『残念だよ』
そう言うと、通話先から鼻で笑う声が聞こえた。
『ゾディアック、いるんだろ?』
「……何者だ」
『……酷いな。まぁいい。ホーネット、いや、ラズィ・キルベルはお前にやる。肉なり焼くなり好きにするがいい』
通話先から足音が聞こえてきた。次いで街の喧騒。朝の挨拶も。
窓の外をラズィは見た。朝になっていた。時間帯からして、街の住民たちが活動を始めようとする時刻だ。
『ラズィ。姉のことは任せろ。可愛い弟子の置き土産として、丁重に扱ってやる……丁重に、な』
ラズィの顔が青ざめた。
「ま、待って!」
『これからはこちらで暴れよう。下準備も済んだしな。ゾディアック』
「……なんだ」
『動いた方がいいぞ。この街で作ったお前の絆、引き裂いてくれる。私と同じ絶望を味わえ』
通話が切れた。
ゾディアックは、ラズィに視線を向けた。絶望したような表情を浮かべ、口元をパクパクと動かしている。
視線を切り、ロゼを見た。
「出かける。奴の正体と言っていることが気になる」
「街中にいることは明らかですねぇ。クソネコとやらが。殺人鬼でしょうか」
「恐らく、黒幕だろうな」
ゾディアックは窓の外に目を向けた。
さきほどの言葉を思い出す。絆、引き裂いてくれる。
何のことか一瞬わからなかったが、心当たりはふたつある。
「ロゼ」
呼んで、ゾディアックは踵を返した。ロゼはアンバーシェルをベッドの上に置くと、その背中についていった。
部屋を出るないなや、ゾディアックはロゼを見た。
「手伝ってくれ」
「あのラズィという者の監視は?」
「……」
ゾディアックは小さな声で言った。
ロゼは断ろうと思ったが、兜の下に浮かんでいるだろう真剣な表情を見て、渋々首を縦に動かした。
★★★
白塗りの巨大な建物、セントラル。
トムはその建物を見上げて、少しだけ懐かしい感覚に襲われた。
懐かしかった。この施設を裏切って、また来ている。
どうやら不思議な縁で繋がっているらしいと思うと、トムはセントラルの中に足を踏み入れた。
鎧甲冑から軽鎧まで、さまざまな装いに身を包んだガーディアンが大勢いた。
「いらっしゃいませー!」
メイド服を着た給仕がトムに対して頭を下げて挨拶をした。笑顔をふりまいて、トムのことを見つめる。
「お客様は……えっと、ガーディアンでは、ありませんね」
「ああ。はい、そうなんです。実は用事があって」
ニコッとした笑みを浮かべてトムは言った。
「用事ですか。お知り合いに会いに来たのであれば、呼んできましょうか? あ、それともガーディアン志望ですか?」
「えっと、ですね」
トムは笑顔を崩さず、背中にしまっていた自慢のマチェットを取り出した。
「殺しに、来ました」
瞬間。
トムは自身の内側に眠る、どす黒い魔力を解放した。
お読みいただき、ありがとうございます。
次回もよろしくお願いいたします。




