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ディア・デザート・ダークナイト  作者: RINSE
Dessert3.ブルーベリーマフィン
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第92話「ヒート・"ブラッド"・ビート」

 ゾディアックたちと別れたあと、ベルクートは酒を飲み続けながらしばらく商売を続け、自分の家兼居候先であるガンショップへ向かって歩いていた。


 東地区方面に向かう橋に差し掛かる。時刻は夜になっており、月が街を見下ろしていた。

 サフィリア「宝城」都市というだけあり、月光に照らされる街は、高値で売買される宝石も霞むほど見事な輝きを放っていた。

 人通りの少なさも、その光景の美しさに拍車をかけているだろうとベルクートは思った。


 ここ最近のガーディアン並びにキャラバンの被害拡大を受けて、一般市民は家に閉じこもり気味になっていた。「ガーディアンがやられている」という事実が、市民たちにとっては恐怖になっているのだ。

 市民の間では、ガーディアンは「(まも)(びと)」として認識されている。強力で強大なモンスターたちと日々戦っているため、国の兵士よりもガーディアンの方が戦いに関しては上だと思っている節がある。

 その者たちが屠られているのだ。恐怖を覚えるのも無理はない。


 また、キャラバンも自分たちの身が第一だと考え活動を自粛している。商売をしているだけで命を落とす危険性があるなど、笑い話にもならない。


 メイン・ストリートの露店も、昨日に比べかなりの数が減っていた。今あの場で商売しているのは、金銭的に余裕のないものか、ベルクートのようなモノ好きだけだ。

 銃を売っているキャラバン兼ガーディアン。

 当然ベルクートは、自分が狙われているだろうと予測していた。


 橋の下を流れる川の水面が月を映し出している。ベルクートは橋の下を見ながら歩く。変わった月見を楽しむと橋を渡り、近くの路地裏に入り込んだ。

 薄暗い路地裏に入り込んだのにはある理由がある。

 ひとつは、ここが近道であるということ。


 ひとつは、ここが市民を巻き込まない最善の場所だということ。


「で、おたくはどこの誰?」


 振り向いたベルクートは、開口一番そう聞いた。

 物陰から、ぬっと大きな影が現れ、路地裏に入ってきた。


「いつから気づいていた?」

 

 赤黒い鬣が風で揺れ動く。ウールで作られた高級そうな服を着た巨躯の獣人は、目を細めてベルクートを見た。


「俺がひとりになってからだ。お前さんはゾディアックの方をつけたかったみたいだが」


 ベルクートは鼻で笑って言った。


「あんただろ。巷で噂の殺し屋。ゾディアックを狙わなかったのは気まぐれか? それとも仲間がいるのか」

「そこまで知っていて、怖くはないのか?」

「怖い? モンスターでもない亜人に、なんで怖がらないといけないんだ」


 そう言うと、今度は獣人が鼻で笑った。


「おかしな男だ。そこまでわかっていながら、なぜ私が”モンスターより強くて恐ろしい”という考えに至らなかったんだ?」


 獣人が腕を少しだけ動かした。

 同時に、ベルクートの眼前に白い光が走った。


「っと!」


 膝を折って回避する。ベルクートの短髪の上を、投げナイフが走った。

 辛うじて避けたベルクートの眼前に今度は黒い影が映る。獣人の靴だった。


 速い。


 そう思うと同時に、ベルクートの視点が空に向けられた。顔の中心に思いっきりトーキックが当たり、仰け反ってしまう。


 一瞬で間合いを潰された。

 視界が揺らぎバランスを崩しながら、ベルクートは後退る。


「ッチ。やるじゃねえか、クソ猫」


 片手で鼻を押さえ相手に視線を向ける。指の隙間から血が滴り落ちていた。

 獣人は、つまらなそうにベルクートを見つめた。


「喧嘩は苦手か。魔術師(マジシャン)、ベルクート・テリバランス」

「……あ?」

「緑火の犬鷲。元、騎士団(ヴァイスリッター)


 ベルクートは目を見開いた。


「なんでお前それを」

「底が知れた」


 獣人の体が揺れた。

 瞬間、背中に何かが入り込んできた。


「!!?」


 ベルクートは前方に飛び、うつ伏せで地面に倒れた。

 首を回して振り向く。獣人特有の獣の爪が、獣人の巨大な右の爪が、ベルクートの背中を引き裂いていた。


 見えなかった。瞬間移動したかのように、獣人は背後に立っていた。

 背中に激痛が走る。それでもベルクートは、手の平に魔力(ヴェーナ)を流し、魔法の準備を整える。

 獣人は悠々と爪に付着した血を振り払いながら、ため息をついた。


「お前は魔法を使えない」

「……なにっ?」

「ガーディアンは緊急時以外、武器や魔法の類を街中で使ってはいけない。ガーディアン特有の弱点だ」


 ベルクートはなんとか立ち上がりよろよろと後ろに数歩下がった。


「へっ、緊急時だから、今は使えるぜ」


 手に緑色の炎を(たぎ)らせ、獣人を睨む。


「本当に使っていいのか?」

「命乞いか?」

「違う。お前はガーディアンでありキャラバンだ。銃を売っている、いわば不良商人(ふりょうしょうにん)。そんなお前が街中で炎という魔法を使ってみろ。お前は二度と商売ができない。そしてガーディアンとしての立場も危うくなる」


 ベルクートは強がりの笑みを浮かべた。


「言ってろ。そんなことにはならない」

「なるに決まっているだろう。知っているだろうが、お前はかなり嫌われている。死んでも自業自得なのだよ」


 そこまで聞いて、はたと気づく。

 だがもう遅かった。

 獣人は、いつの間にか間合いを潰し、ベルクートの前に立っていた。

 無駄のようで、ベルクートが興味を持つような話をしながら、自分が優位に立つように動いていたのだ。


「この距離なら、お前の魔法より私のナイフの方が早い」

「……」


 ベルクートの視線が上を向く。獣人が氷のような微笑みを浮かべていた。


「どうした? 冷や汗をかいているぞ。自分の炎が熱いんじゃないか?」


 近接戦闘で一番強い武器とは、ナイフ。魔法よりも銃よりも、生身の人間を相手にするなら、その武器が一番適している。

 ベルクートもそれを重々承知していた。


 舐めていた。不意打ちが得意なだけの相手だと思っていたが、相当場慣れしていることがうかがえた。


「冷やしてやろうか?」

「……いや、俺は、寒がりなんでね。このままでいいのさ」


 ベルクートは魔力(ヴェーナ)を足に巡らせる。下から炎を出現させようとしていた。

 だが、獣人の大きな足が、ベルクートの靴を踏んだ。


「っ!」


 痛みに顔が歪み、体幹がぶれる。

 直後、腹部に鈍痛。

 ナイフの柄が、鳩尾(みぞおち)に減り込んでいた。


 ベルクートは大きく口を開け、掠れた声を、唾と共に吐き出した。

 膝を折りながらも、力を振り絞って獣人に掴みかかるが、巨大な獣の手が首を掴んだ。

 獣人はベルクートを持ち上げる。地面から足が離れ、ベルクートはもがいた。


「安心しろ。殺しはしない。人質として、ゾディアックをおびき寄せる餌として使ってやる」


 ゾディアックの名を言った瞬間、獣人の目の奥が怪しく光った気がした。

 掴まれながらも、ベルクートは口角を上げる。

 

「なん、だよ。お前、ゾディアックの、ファン、か? それとも、ああいうのが、”好み”なわけ?」

「……腕の一本くらい落としていくか。目印は目立つ方がいいだろう?」


 獣人はナイフを腰にしまうと、五本の爪を広げた。

 ナイフよりも鋭利で巨大な刃のような爪を見て、ベルクートは覚悟を決めようとしていた。


 その時だった。


「ベルクートさん!!」


 ベルクートの後方から、悲痛な声が聞こえた。


 獣人の視線が、やや右側に若干動いた。

 決定的な隙。ベルクートはそれを見逃さなかった。


 一瞬で魔力(ヴェーナ)を活性化させ、手の平に刻んだ血の魔法陣が発光。二つ名でもある緑火が生み出された。

 ベルクートは自分を持ち上げている獣人の腕を、両手で掴んだ。


 炎が腕に纏わりつく。

 獣人は舌打ちし反射的に手を離し、炎を振り払うように腕を叩いた。


「俺から離れねぇと、中々消えねぇぞ?」


 獣人が今にも倒れそうなベルクートを睨む。


「背中の傷……10倍にして返してやっからな」


 そう言うと、獣人が鋭い八重歯を見せた。


「楽しみにしているよ」


 言い捨てると同時に身を翻した獣人は駆け出し、巨体の重さをまったく感じさせない軽やかな動きで壁を蹴り、微かな建物を足場に建物の屋上へと昇って行った。


「猿かよ……いや、猿以上か」


 ベルクートは仰向けで倒れた。

 誰かが駆け寄る音がし、ベルクートの隣にその人物は座り込んだ。


「おじさま! しっかりしてください!!」


 血相を変えたカルミンの顔を見て、ベルクートは息を吐いた。


「マジ助かったぜ……お嬢さん」


 微かな笑みを浮かべると、カルミンは安心したように微笑み、頷きを返した。




★★★




「で、ここに来たと。五体満足。骨にも異常なし。毒やらそんなんもなし。そこら辺でこけたガキみたいな扱いされたよ。ったく」

「じゃあ、なんでここで寝ているんだ?」

「……背中の傷が意外と深かったらしい。今日明日は絶対安静だから、金払っていいとこ泊ってるってわけ」


 ベルクートは新しい煙草を咥えた。

 ゾディアックは腸が煮えくり返る思いだった。

 大切な仲間が傷つけられた。相手は謎の獣人。


 ゾディアックはゆっくりと立ち上がった。


「犯人を捜す」

「どうやって? まぁ確かに相手は目立つ容姿しているが、待っていれば自ずと現れるだろ」

「……また、仲間や、関係ない人たちが傷つく。俺が狙いなら、それはいやなんだ」


 そう言って踵を返す。


「待てよ!! 手がかりがねぇぞ。闇雲に探しても」

「ある」


 ゾディアックは肩越しにベルクートを見て言った。


「手がかりなら、”捕まえた”」


 疑問符を浮かべるベルクートを無視し、ゾディアックの視線はビオレに向けられる。


「ビオレ、ここにいてベルクートを守ってくれ」

「え、あ、はい!」

「だ、大丈夫ですよ、ゾディアックさん。私がいますし」

「……君はベルクートより、強くないだろ。ビオレと一緒にいた方がいい」


 冷ややかな声で言った。

 兜をしていてよかった。

 もししていなかったら、自分でもわかるほどの怒りの表情を、晒していただろう。


 室内にいる者たちの視線も声も無視して、ゾディアックは出口へと向かった。




お読みいただき、ありがとうございます。


次回もよろしくお願いいたします。

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