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ディア・デザート・ダークナイト  作者: RINSE
Dessert3.ブルーベリーマフィン
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第88話「ダークナイト・"ファイト"・ブラックホーネット」

 ゾディアックたちがアーチをくぐると同時に、それよりも高い廃墟の屋上にいたラズィは移動を開始した。道中グレイス族の女性と出会い、ゾディアックたちは何かを話し込んでいた。魔法を使って聴力を強化してはいるが、喧騒のせいでノイズが酷く、まともに聞き取れなかった。


 ゾディアックたちが移動し始め、ラズィも屋根伝いに移動し始める。移動しながら視界の隅に、毒々しい照明の色が映った。

 ラズィはため息をついた。

 薄汚れた街だ。死んでもこんな場所に住みたくはなかった。落ちぶれた雰囲気が街全体を覆っているようだったからだ。


 ただ、気になることがあった。亜人たちの様子がどこかおかしい。商売をしている者たちも、妙に殺気立っているのがわかる。

 何度か仕事で亜人街を訪れていたラズィは、皮肉なことに、この街の空気に関しては敏感になっていた。


 後を追っていくと廃墟が立ち並ぶ場所に足を踏み入れた。そして、その足が止まる。

 好機だった。仕掛けようとダガーを抜いた。


 その時、武装した亜人たちが瓦礫や廃墟から出てきた。真意がよくわからないが、ゾディアックたちは襲われようとしているらしいい。

 ゾディアックが亜人に何かするようには見えない。


「下準備」


 トムが言っていたことを呟いた。あいつが何かしたのだろうか。


「待てよっ!!! その人たちは関係ねぇよ!」


 その時、聞き覚えのある声が聞こえた。

 下の者たちが一斉に止まり、全員の視線が、2階建ての建物の屋上に向けられる。

 青い毛並みをした狐の少年が立っていた。


 ラズィは少しだけ安堵する。もう少し高い場所に少年がいたら、鉢合わせしていた可能性があったからだ。

 少年が強引に亜人たちを説得し、3人を連れて動き始めた。騒ぎに乗じて襲うことは不可能になった

 またチャンスをうかがうしかない。ラズィは気持ちを切り替え、ゾディアックを睨んだ。

 

 その瞬間、漆黒の兜が、ラズィが潜む方向を見た。


 視線が交差した気がした。いや、気ではない。

 バレた。

 直感だが、ラズィはそれを感じ取った。


 舌打ちし、踵を返す。

 とにかく、いったん距離を取るのが最優先だった。

 走りながら廃墟の屋上から屋上へ飛び移る。建物の高さは5階ほど。魔法も使わず落ちたらひとたまりもない高さだ。


 逆に言えば、魔法を使えば落下することも、昇ることも容易であるということだ。


 次の建物の屋上へ着地すると同時だった。

 建物の下から黒い影が姿を見せ、ラズィの前に降り立った。


 『ハイジャンプ』か、それとも『フライハイ』か。跳躍系の魔法を使ったのは明らかだった。

 ラズィは焦る心を一瞬で静め、目の前の相手を見据えた。


「……何をしているんだ」


 ゾディアックが聞いてきた。

 「あなたを殺そうとしているんです」と言ったら、どんな反応を示すだろうか。ラズィは口元に笑みを浮かべた。

 それから()め回すようにゾディアックを見つめ、大剣の柄を捉える。


 ここで始末する勢いで対峙し、逃げられる隙があれば即離脱する。

 ラズィは一瞬で作戦を立て始める。


「何を、しているんだ」


 ゾディアックがもう一度聞いてきたのとほぼ同時に駆け出した。

 迫り来る相手に対し、ゾディアックは剣の柄を握ろうと腕を上げ、その動作を止めた。


 ガーディアンは武器を市民に向けてはいけない。

 また街中で、相手がモンスター出ない場合、武器を持っているかどうか判断できない場合、攻撃されていない場合、ガーディアンは武器を抜けない。


 ガーディアンの弱点を熟知していたラズィはその隙を見逃さず、膝を軽く曲げ下腿三頭筋(かたいさんとうきん)に力を入れ跳躍。

 ラズィは一瞬でゾディアックとの間合いを潰し、大剣の柄を握った。


 魔法を使って筋力を強化し、ゾディアックの大剣を引き剝がすと同時に大きな背中を蹴り飛ばした。

 押されたゾディアックはバランスを崩しながらも倒れはせず、ラズィに向き直る。


 ラズィは奪った大剣を勢いよく放り投げた。大剣は風を切りながら飛んでいき、音を立てて床を擦りながら進んでいき、屋上の隅で止まった。


 ゾディアックは鎧以外無手。対しラズィは無手と隠し持った暗具。

 最強のガーディアンだろうと、武器を奪ってしまえば警戒するのは魔法のみ。生半可な体術は脅威にならない。

 勝負に流れというものがあるのであれば、それはラズィに傾いていた。


 ラズィは一瞬だけ明らかな殺意を見せた。それを察知したゾディアックも身構える。

 瞬間、ラズィの姿が消えた。

 さきほどまで本当に目の前にいたのかと錯覚してしまうほどの素早い動きに、夜という暗さ、兜の視界の悪さも災いし、ゾディアックは反応が遅れてしまった。


 しかし、姿は見えずともその気配は感じ取ることができる。

 ゾディアックは左側頭部に何かが迫り来るのを感じ、膝を大きく曲げ腰を落とす。


 側面に移動したラズィが放った回し蹴りが、ゾディアックの頭上を通り過ぎる。鋭利な刃物のような蹴りを、辛うじてやり過ごす。

 体勢を整えたラズィは間髪入れず踵を天に向かって上げ、勢いよく振り下ろした。まるで断頭台(ギロチン)の刃の如く、ゾディアックの頭部に踵が迫る。


 それに対しゾディアックは後方に転がり、距離を取る。

 ラズィの踵は激しい音と共に、床を抉り飛ばし、深々と突き刺さった。


 兜ごと潰す勢いだったため、老朽化が進んでいる床は耐えられなかったのだろう。

 足が減り込んでいるため次の動作が取れないラズィは、明らかに無防備な状態になってしまう。


 その隙を見逃すほど、ゾディアックは甘くない。

 相手はまだ間合いに入っていた。立ち上がりながら息を大きく吸い、膝を伸ばすと同時に軽く飛び体を捻りながら、


「ッラァ!!!」


 気合いの声を発しながら、飛び後ろ回し蹴りを放った。

 蹴り合技の中で最高の威力を誇る、腰の捻りを加えたその一撃は、ラズィの胸部に突き刺さる。


「ぐっっぅ……!!」


 くぐもった声がペストマスクから漏れる。衝撃のおかげで足は抜けたが、被害は甚大だった。

 体を丸め、息が詰まりかけるも、ゾディアックを見据えながら後退る。


 その時、何かが割れる音が響いた。

 ラズィの胸部を守る、軽い素材で作られた頑丈な胸当てが砕けた音だ。


 ラズィは困惑した。上級の魔法を用いた攻撃でも、この防具は破損しなかった。

 それが一撃で、それも”魔法を使っていない”ただの蹴り技で壊された。


 どこか舐めていた。徒手空拳なら自分が上だと、ラズィは勝手に思っていた。


 間髪入れず、ラズィは相棒でもあるダガーを抜く。

 もう舐めない。ゾディアックとの距離を詰め、前蹴りを放つ。同時に爪先から仕込んだ刃を出す。

 ゾディアックは足首を掌底で叩き落とす。


 ラズィはバランスを崩さず、ダガーを右手から左手に持ち替える。突然の持ち手のシャッフルに、ゾディアックの全身に緊張が走る。

 そして右手が兜の前にかざされた。


 相手の動きが見えない。


 ゾディアックは素早く後方に飛び、蹴り上げを放つ。腹を刺そうとしたラズィのダガーが音を立てて弾かれた。

 諦めず距離を詰め、ダガーを振り上げた。

 だが、ゾディアックが踏み込み、ラズィの二の腕を手で制した。


 ダガーが触れない。

 ラズィは地面を蹴り、距離を開けようとする。

 

「逃がすか」


 そう呟き、左足を上げ、ラズィの右足の甲を勢いよく踏みつけた。

 足元は暗具を仕込んでいる防具で守られているが、グシャっという嫌な音が木霊する。痛みと衝撃が緩和できず、ラズィは片目を閉じ、体が傾いでしまう。


 ゾディアックは右手を引き、ガラ空きの顔面に掌底を叩き込んだ。


 腰を入れつつ放ったその一撃は、ペストマスクの右側に叩き込まれた。鉄製のマスクは(ひしゃ)げ、アイピースレンズが砕けた。

 それはつまり、ラズィの目元が、外気に晒されたことを示していた。


 ゾディアックはそのまま打った方の手を下部に滑らせ、胸倉を掴む。

 レンズが割れた部分から、ふたりの視線が重なる。

 ゾディアックは、目を見開いた。


「……ラ、ラズィ?」


 信じられない、というような言葉と共に、少しだけ力が緩んだ。

 ここしかない。ラズィは叫びながらダガーを振った。

 ゾディアックは掴んでいた手を離し、無意識に距離を取り、なんとかダガーを避ける。

 右足にかかる圧力が減ったことに気づくと、ラズィは素早く足を引き抜き、後退する。

 そして右目を隠しながら、踵を返し走り出す。


「ま、待って!! ラズィ!!」  


 制止を呼びかけるが、もう無意味だった。

 ラズィは屋上から飛び降り、夜の世界へと消えていった。


 ゾディアックは動けずにいた。追いかけることはできたが、ここにふたりを置いて行くわけには行かなかった。


 監視していたのはラズィだった。いったい何のために。

 謎が深まるが、ひとつだけ確定しているのは狙われているのは自分自身だということ。




 ――ここ最近、誰かに見られている気がします。




 その言葉を思い出した。

 ラズィは恐らく諦めていない。あの目は火の点いた目だった。

 となれば、相手の狙いは予測できる。


 ゾディアックはアンバーシェルを取り出し画面を操作すると耳に持っていく。


『もしもし! どうされましたか、ゾディアック様! めずらしいですね?』


 明るい声が聞こえてきた。



お読みいただき、ありがとうございます。


次回もよろしくお願いいたします。

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