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ディア・デザート・ダークナイト  作者: RINSE
Dessert3.ブルーベリーマフィン
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第86話「ハロー・"ネオン"・デンジャータウン」

「ラズィ。今日、行動を起こせよ」


 アンバーシェルから聞こえてきたその声は、不満に溢れていた。少しおかしかった。いつも冷静で、どこか余裕のある自分の師匠が、めずらしく焦っていたからだ。仕事の確認連絡など、今までなかったのに。

 だが、ラズィの思っていることなど知らないトムは、一度息を吐き出した。


「長引かせたら、こちらにも考えがあるぞ」

「姉に手を出したら殺す」


 間髪入れずに言うと、トムは「違う」と言った。


「誰が自分で自分の首を絞めるか。お前の強さはよく知っている。俺でも骨が折れるだろうな」


 負けはしない、と言っているようであった。


「だから、こちらからも行動を起こすぞと言っているんだ。もちろんお前に対する報酬や、姉のサンディの治療にも影響が」

「行動を起こす? もう起こしているじゃないですか」


 ラズィは吐き捨てるような短い笑い声をあげ、桃色の髪をかき上げた。天然パーマのせいで、変にゴワゴワとしていた。


「ガーディアンを挑発するようにモンスターを殺して、キャラバンも殺して……私に対する挑発ですか?」

「……」

「違うんですか? あなたはいったい、何がしたいんですか?」


 沈黙が流れた。黙って相手の言葉を待つ。

 そして、声が聞こえた。


「”下準備”だよ、ラズィ」


 そう言って、トムからの通信が途絶えた。

 舌打ちした。どうやらよほど、トムはゾディアックを恨んでいるらしい。

 アンバーシェルをしまったラズィは、通話中もじっと見つめていたゾディアックの家の扉が開くのが見えた。


 廃墟と化した建物の5階から、ちょうど見下ろせる位置に家はある。ラズィにとって、ここは絶好の隠れ場所だった。西地区は廃墟や、もぬけの殻と化した綺麗な家が多いため、こういった隠れる場所には困らない。

 こんな危険な場所に住むとは阿呆なのか、それとも自信の表れなのか。


 いつもの魔術師(マジシャン)の装いではなく、黒いフード付きのケープコートと、黒いズボンという格好に身を包んだラズィは視線を切る。

 高所作業用のブーツに鋼鉄を仕込ませた、特製の安全靴の爪先で地面を叩く。次いで踵で地面を叩く。爪先から、小型のナイフが飛び出した。

 暗具(あんぐ)の具合を確かめると、"ある機能"を兼ね備えた防刃用の手袋を装備し、その場から離れる。


 次いで、ラズィは手に持っていたペストマスクを装備し始める。

 簡素なマスクや目出し帽にしろとトムは言っていたが、ラズィはこのマスクがとてつもなく気に入っていた。

 このマスクだと、単純に顔がバレる心配がないからだ。


 夕陽が沈みかけている。

 ペストマスクを身に着けると、上からゾディアックたちを監視するため、ラズィは隣の廃墟に飛び移った。




★★★




 自宅から亜人街の途中にある馬車乗り場付近に行くと、普段着のミカが立っていた。

 グレーが下地のチェック柄のコートを肩にかけ、スリットニットにプリーツスカートという出で立ちだった。

 普段は顔の下半分を布で隠し、薄汚れた服装と軽鎧を身に纏っているため、一瞬誰が立っているのかビオレにはわからなかった。


 ミカもゾディアックとビオレに気づいたらしく、体を向けて手を振った。明るい茶髪のサイドテールが、興奮する犬の尻尾のように揺れ動く。


「やっほー、ビオレ」

「や、やっほー」


 たどたどしく挨拶をする。ミカは、喋り方からは想像がつかない、大人びた顔をしていた。

 面長でシャープな顔の形と、ひとつひとつのパーツがくっきりとしている。身長も170cm近くあるかないか。

 小柄なビオレと並ぶと、まるで姉妹のようだった。

 自分の低身長が恥ずかしくなったビオレは、視線を地面に向けた。


「あ、こんにちは、ゾディアックさん」

「や」


 ミカが挨拶すると、ゾディアックは「やっほー」、と言いかけて、やめた。

 冷静に考えて気持ち悪い。


「……ああ」

「え、普段からその格好なんですか?」


 漆黒の鎧に身を包み大剣を背負うゾディアックを、ミカは訝しげに見た。


「えっと……亜人街は、危険だから」

「ふーん」


 ミカはビオレに視線を向ける。レザージャケットに下にはパーカー。ショートパンツに黒のニーハイブーツ。どう見ても普段着だ。


「私とビオレ、こんな格好でよかったんですか? 武器も持ってないですよ?」

「……ああ」

「マスターはいわゆる、ボディーガードです」

「なるほど。全身鎧の最強ガーディアンさんがボディーガードかぁ。安心感が違うね!」


 ミカは笑いながらそう言うと、ゾディアックに軽く頭を下げた。


「今日はよろしくお願いします」

「......ああ」


 明るい子で、礼儀正しくお喋りな感じがする。苦手なタイプだと、ゾディアックは思った。自分から楽しい話題など振れないため、苦労しそうだと勝手に思い悩み始める。


「それじゃいこっか、ビオレ」


 ミカとビオレが歩き始めた。

 ふたりの邪魔をしないよう影になることを決めて、ゾディアックはその背中についていった。


 夕陽も沈み夜になると同時に亜人街に着く。

 すでに眩しい電飾が、亜人街の入口を示すアーチにかけられ発光しており、騒がしい音楽と街の喧騒が聞こえてきていた。


「さぁさぁ寄っていってください! 化粧をしたサフィリアの裏の顔、亜人街へようこそ!! 刺激的な夜を過ごしてみませんか!?」


 アーチの下で客を呼び込んでいる亜人がいた。

 蛇の頭に長い手足。全身が硬い鱗に覆われており、たくましい肉体をしている。その容姿から「蛇頭(へびあたま)」とも呼ばれている亜人。


 ナロス・グノア族のオスが立っていた。


 ビオレは戦慄し、ゾディアックの手を掴んだ。


「どしたの、ビオレ」


 様子のおかしいビオレを見て、ミカが首を傾げてナロス・グノア族のオスを見る。そして得心したような「あ〜」と声を出した。


 自然の民であるグレイス族と、同じく自然を愛しながらも排他的な思考回路と暴力性を合わせ持つナロス・グノア族の仲は非常に険悪であり、悪く言えば敵対関係にある。


 ナロス・グノア族が村に攻め込んできたことをビオレは思い出したため、警戒心を強めていた。

 その時、呼び込みを行うオスの目がゾディアックの方を向き、次いでビオレを捉えた。

 一度目を見開き、しかし笑顔を崩さず、呼び込みは3人に近づいた。


「ガーディアンですかい!?」


 ナロス・グノア族は声帯のせいか、言語の発音が荒く、日常会話の言葉も聞き取れないことが多い。

 この呼び込みも同様であり、濁声(だみごえ)のせいか、変に威圧感があった。

 おまけにネイビーのテーラードジャケットに、ボタンがはち切れんばかりの黒いワイシャツのせいで、胡散臭さが倍増していた。


「「……」」 

「そうですそうです〜」


 警戒し、沈黙するふたりのかわりにミカが答えると、呼び込みは手を揉んだ。


「あは〜、でっかい鎧の人は、こんな美人で可愛らしい子たちとデートですか! 羨ましいですなぁ! あ、いい店知ってますよ〜」


 呼び込みの蛇目がギョロっとビオレを見た。視覚が異常に発達しており、他の種族では見ることができない色や物体を見ることが可能なその目は、ビオレにとって恐怖でしかなかった。


「グレイス族の子でも楽しめるアミューズメントバーがあってですね~」

「ああ、大丈夫です。いろいろと見て回るので」


 ミカは口元に笑みを浮かべながらも相手を睨む。

 すると、呼び込みは臆すことなく、それでいて逃げるように笑い声を上げた。


「いやぁこれは失敬! 楽しんでみていってくださいねー」


 見事なあしらい方をして、呼び込みは次の道行く人に声をかけに行った。

 ミカがふたりに視線を向ける。


「ああいうのはさくっと会話を切り上げればいいよ。こっちがガーディアンだったら、しつこく声掛けしないし」


 慣れているようにミカは言った。マーケット・ストリートにもああいう類は多いため、慣れているものだろう。

 ゾディアックは感心していた。自分には出来ない芸当だったからだ。


「ああいう類は任せてください。だからゾディアックさん。怒らないでくださいね」

「……怒る?」

「すごい黙ってイライラしてたでしょ〜。気難しい性格だってビオレが言ってたし」


 確かにその通りだが。まさかただのコミュ二ケーションが苦手とも言えなかった。


「……ありがとう」


 静かに小さな声で礼を言うと、ミカは照れ臭そうに頬を上げた。


「どういたしまして」


 ゾディアックは亜人街の中に視線を向けた。

 妖艶で、それでいて危険な光を放ち、明るく照らされている街。

 中に入った者たちを飲み込んで、決して吐き出さない。


 生き物にも似た不気味な光景が広がっていた。


「……行こうか」


 ゾディアックが先導し、3人は亜人街へと足を踏み入れた。


 その時、上空で、ひとつの小さな影が動いているのを、ゾディアックは見逃さなかった。




お読みいただき、ありがとうございます。


次回もよろしくお願いいたします。

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