第84話「ビール・"ミゼラブル"・ドリンキング」
「もう!!」
レミィは勢いよく両腕をテーブルに叩きつけ、怒りの声を上げた。テーブルの上に乗せられた小皿が音を立てて動く。
クールビューティー、といった見た目の彼女が、意外と怒りっぽい性格をしていることを、ゾディアックは理解していた。
だが、人前でこんなにも怒りをあらわにすることは、今までなかった。
南地区のマーケット・ストリートから少し離れた、馬車乗り場近くにある大衆酒場に3人は来ていた。焼き鳥が安くて美味いことで有名な店だ。民家をイメージした店内は、温かく、それでいて親しみやすい造形をしている。
個室ではなくテーブル席に3人は座っていた。国中大騒ぎであり、まだ日が高いため、客は3人を除いて片手で数えられる程度の人数しかいない。奥にある座敷部屋には人影がひとつもなかった。
ゾディアックは不機嫌そうにはを噛み締めるレミィに対し、口を開く。
「あ、あの、どうかした……」
「なに!!」
刺すような視線がゾディアックを射抜いた。
ゾディアックは委縮し、視線を逸らした。
「おいおい、レミィちゃんよ。いいのか酒なんか飲んで」
「なんだよ、飲んじゃ悪いのかよ」
レミィは自分の近くに置いてあった、麦酒が入ったジョッキを手に取り、ぐぃっと一気に飲み始めた。水のように減っていく酒を見て、下戸であるゾディアックは唖然とした。
「ちくしょう……!」
空になったジョッキをテーブルに叩きつけるように置くと、レミィは両手をテーブルの上で重ね、そこに額をつけた。怒りやら後悔やら、さまざまな思いが詰まった呻き声が聞こえてくる。猫なのに犬のような唸り声だった。
「ー応聞くけど、何があったんだよ」
ベルクートが聞くと、レミィは首から上を動かし、視線をふたりに向けた。
「私、この職業向いてないのかなぁ」
そう言って、ポツポツと喋り始めた。
★★★
ガーディアンの被害はなかったものの、任務の強奪事件が後を絶たなかった。
朝から受付の前はガーディアンたちでごった返し、レミィを含む受付嬢たちは対応に追われていた。
「大変申し訳ございません。現在も調査中で」
「だから!! 調査に出るのを俺らに任せろよ!」
激昂した様子の甲冑を着た男性が、カウンターに体を乗せる勢いで言った。
レミィは物怖じせず、言葉を発する。
「一定のランク以上で国から認められたガーディアンの方以外、本件の調査に乗り出すことは不可能でして」
「言ってる場合か!! こちとら金がなくて死にそうなんだよ!」
知るか、と思いながらも、レミィは頭を下げながら、現状について話すしかなかった。
「獣人だから、ちょっと手ぇ抜いてんじゃねぇのか? お前全然役に立たねぇじゃねぇかよ」
心ない一言に、半獣であるレミィは口をきつく結んだ。こういった時、罵詈雑言の的になるのは、獣人である自分の「役割」だった。
「おい、そんな言い方ねぇだろ」
「あぁ? お前獣人の肩持つのかよ」
近くにいたガーディアンが助け舟を出すが、火に油だった。
「あのさぁ、今まで世話になってきたレミィさんに対して礼儀とかないわけ?」
女性の声が聞こえ、更に野次も重なり始めた。
「ああ、うるせぇな!! こちとらイライラしてんだよ!」
「そのイライラを受付嬢にぶつけんじゃねぇよ!」
「馬鹿かてめぇは!」
「おぉ、なんだ。暇つぶしに喧嘩かぁ?」
受付の前が騒がしくなり収集がつかなくなってきた。
仕方ないと思ったレミィは、大きく息を吸いこむ。
その時だった。
「うるさいのぉ」
2階からその声は聞こえた。
しわがれた老人の声。呟きにも似たその小さな声は、落雷のようにセントラル全体に響き渡った。
「おちおち寝てもいられんわい」
水を打ったように、ガーディアンたちは声を上げるのを止め、2階を見上げた。
セントラルのオーナーである、エミーリォ・カトレットが杖を突いて立っていた。
エミーリォは新円型のサングラスの位置を直し、不敵な笑みを浮かべた。
「国に今連絡を取っていての。明日か明後日に色よい返事が貰えるだろうよ」
ガーディアンたちが顔を見合わせる。
「簡単に言おう。ある程度の制限はあれど、お由ら全員調査に繰り出せるだろう。大手のキャラバンが打撃を受けたせいで、「上」はもうなりふり構ってられなくなったようじゃ」
ああ、それと、と付け加える。
「犯人捕まえたら、莫大な報酬が「ドゥラガン・エイぺックス」から出るらしいぞ。よかったのぉ。緊急任務っちゅうやつじゃ」
ニヤニヤと不気味な笑い顔を浮かべながら、杖で床を叩く。
「だから一部のガキンチョ共は黙っとれ。な? うちの従業員傷つけたら、お主ら明日からここにいられんぞ。わかったな。とりあえず、今日は適当に過ごせい。また明日、せっせと働いてもらうぞい」
エミーリォが言い終えると、静寂が徐々に薄れていき、弾んだ声が木霊し始めた。
報酬という言葉に惹かれた者が大半だろう。ほとんどの者が目の色を変えていた。
受付の前から群衆が離れていき、レミィはほっと息を吐いた。
エミーリォに助けられ、ほっとしたのだ。
同時に、情けない気持ちに襲われた。
結局自分はまだまだ未熟者であるという事実が、痛いほど身に染みた。
何がこの場所を守るだ。
守られているのは私の方じゃないか。
「レミィ」
不意に声をかけられ、顔を上げる。
いつの間にか、エミーリォが立っていた。その口角は少しだけ上がっていた。
「お前、今日はもういいぞ。ちょっと休め」
しわがれた手をカウンターに置いて、エミーリォは言った。
★★★
「どうせ私は駄目駄目ですよぉだぁ……」
精神的にショックが大きかったレミィは、酒に逃げるしかなかった。
ゾディアックたちを見つけたのは本当にたまたまだった。半ば強引に誘われたふたりは、レミィについていくしかなかった。
ようは仕事がうまくいかなかったらしい。
ゾディアックとベルクートは顔を見合わせた。
「あのなぁ、嬢ちゃん。仕事に失敗やら運の無さってのは付きもんだろ」
焼き鳥を食べ終わり、串をさらに置いたベルクートは言った。
「いいじゃん。休めてラッキーって思えばさ。なぁ、ゾディアック」
「……ああ」
「別にレミィちゃんが悪いことしているわけじゃねぇんだから、気にすんなって」
「う〜〜〜」
レミィは空になったジョッキをテーブルの隅に寄せた。その数10はくだらない。どうやらレミィは酒豪らしい。
まだ不機嫌そうな彼女を見てベルクートはため息をついた。
「しゃあない、気が済むまで付き合ってやろうぜ、ゾディアック」
「え、いや、俺は」
家に帰ってマフィンを作る約束をしていたのだ。それに夜には亜人街に行かなければならい。
断ろうとしたゾディアックの肩に、ベルクートは手を置いた。
「お世話になっている人が困ってんだ。こういう時に恩返しするのが筋ってもんだろ」
「……確かに」
仕事付き合い、というのも時には大事だ。
そういった経験を忘れていたゾディアックは、アンバーシェルを取り出し、罪悪感に苛まれながらも、ロゼにメッセージを飛ばした。
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