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ディア・デザート・ダークナイト  作者: RINSE
Dessert3.ブルーベリーマフィン
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第83話「バイ・"ライ"・スリップ」

 また、キャラバンから犠牲者が出たらしい。

 犠牲となったのは、個人経営者であり、高額な値段でたいした代物でもない商品を売っていたことで有名な男性だった。

 それだけなら自業自得だと鼻で笑って済ませる話だ。


 だが、次の犠牲者を聞いたとき、キャラバンたちは震え上がった。


 このサフィリア宝城都市、ひいてはオーディファル大陸内で最も名を轟かせているキャラバン、「ドゥラガン・エイペックス」の幹部が、サフィリア内で惨殺された。会計士を担っていた女性であり、人柄の良いことで有名だった。


 彼女に世話になったキャラバンは多く、朝からマーケット・ストリートは人でごった返し、大騒ぎになっていた。

 菓子作りの材料を買いに来たゾディアックは、道を覆いつくす熱気と人の量に飲み込まれてしまった。


 荒波のように蠢いている人波は、対人関係に恐怖心を抱いているゾディアックにとって地獄のような環境であった。


「は⋯⋯吐きそう⋯⋯」


 小声で言ったその言葉は誰にも聞こえていない。ゾディアックは溺れまいと何とかもがき、そして開けた空間に出た。

 息を整え、顔を上げると、目的の店が眼前にあった。


「よう、大将」


 アンバーシェルで今日のニュースを見ていたベルクートは、視線をゾディアックに向けた。

 ベルクートの露店には、邪な物とされる"銃“が積み重ねられるように置かれてあった。見る限り、売れてはいないだろう。

 両隣に露店は開かれていない。それどころか、ベルクートの露店を避けるように人は移動していた。


 まるで砂漠の中にボツンとあるオアシスのようだな、とゾディアックは思いながら露店に歩み寄る。


「人、来てないのか?」

「おうよ。おまけに同業者も俺から離れる始末だ。銃を売っているあんたが次の犠牲者だってことで、みんな避けてやがる」


 心なしか、ショックを受けているような声色だった。


「じゃあやめればいいじゃないか」


 呆れるように言うと、相手は目くじらを立てた。


「馬鹿。俺はな、的なんだよ。もし犯人が襲いに来たら返り討ちにしてやるぁ。俺の評判はうなぎのぼりで店も繁盛するだろよ」

「……楽観的だな」


 ゾディアックはフッと笑った。ベルクートの年齢は30を超えているが、彼自身はかなり子供っぽい性格をしている。

 理想論を語っていたベルクートは拗ねるように鼻を鳴らした。


「うるせぇよ。で、なんの用だ、大将」


 ゾディアックは答えるようにメモを渡した。ベルクートは眉を上げる。


「んだよこれ」

「デザートの材料集め。手伝ってくれ」

「おま、ガキじゃねぇんだからひとりでやれよ!!」


 ゾディアックもまったく同じ気持ちだったが、頭を振った。


「俺だと、ぼったくりに合う」


 サフィリアで1番のガーディアンであるゾディアックは、キャラバンからも上客に見られている。しかし、ゾディアックの性格を知ってか知らずか、明らかに高額な値段を突きつけられることが多い。


「断れよ」

「……それができたら苦労しない」

「なんだそりゃ」


 上手く喋れなくなるんだ。ゾディアックはぐっとその言葉を飲み込んでしまった。

 こういうときに、さっと言えないのが駄目なのだろう。

 ベルクートはため息をついた。


「ったく。任務中の頼り甲斐溢れるお前さんはどこに行ったのやら」

「⋯⋯すまない」

「実は中身入れ替わってるとかない? 双子の兄弟とか」

「⋯⋯兄弟か。いたらいいな」

「はぁ? 兄妹がいるかどうかなんてすぐわかるだろ」


 ゾディアックはしばらく沈黙し、


「そうだな」


 と小声で返した。

 ベルクートは首を傾げながらも露店から出る。


「サクッと買っちまうから、また食わせろよ。ガトーショコラでいいから」


 そう言って、コートの裾を翻した。




★★★




「なぁ、気になってたんだけどさ」


 一通り目的の物を買い終え、大きな布の袋を持って歩くゾディアックの背中に、ベルクートは声をかけた。


「エスパシオ・ボックスはビオレの物だから、使ってない」


 ゾディアックは相手からの疑問を先回りして答えた。


「ちげぇよ。聞きたいのはそっちじゃねぇ」

「うぐ」


 見事に外れたゾディアックは、兜の下で赤くなる思いだった。


「なんでそんなすぐ材料無くなるんだって話だ」

「……そんなにすぐ無くなっているか?」

「ああ。だって前買ったばかりだろ」


 ゾディアックは顎に手を当てる。


「俺もよく食べるし、ビオレも育ち盛りだ」

「そ、育ち盛りって言うか⋯⋯?」

「自然の中にいた時とは違う料理が多いらしくて、とにかく口に入れている」

「その言い方だと赤ちゃんみたいじゃねぇか」


 その通りだと思い、ゾディアックは笑ってしまう。


「じゃあよ、夕食とか全部ビオレちゃんのためにお前が作ってんのか? そりゃご苦労なこったな、お父さん」


 茶化すような言い方をするベルクートに対し、ゾディアックは頭を振った。


「いや、お菓子以外は俺じゃなくて恋人が作って……」


 言った瞬間、しまったと思った。

 完全に油断していた。仲間との会話を楽しんでしまい、口が滑ったと言わざるを得ない。

 慌てて立ち止まって振り返ったが、時すでに遅し。


「⋯⋯は?」


 ベルクートは両目を見開いていた。


「だ、誰が作ってるって?」

「……なんでもない」


 ゾディアックは早口で答えて身を翻した。


「待てやコルァ!!」


 ベルクートが音速を超えそうな勢いでゾディアックの前に回りこんだ。

 その目はギラギラと危ない光を放っていた。


「テメェコラ、ゾディアックちゃんよぉ、こらぁ」

「は、はい」


 ゾディアックは視線を逸らして首を垂れる。


「彼女いるの? お前」


 もはや誤廃化すだけ無駄だろう。ゾディアックは諦めて頷いた。


「嘘つけてめぇ!!」


 ベルクートの鉄拳がゾディアックの腹部に叩き込まれた。

 鈍い音が空に響く。


「あいったぁ!!」

「うわぁ⋯⋯」


 ベルクートの鉄拳は、ゾディアックの鎧に弾かれた。みるみるうちに赤くなっていく手の甲にドン引きするゾディアック。

 ベルクートは手を振りながら、それでもゾディアックを睨みつけた。


「なんでお前! お前に恋人いるんじゃい! その、その性格だからか!? 狙ってやってんのか!?」

「す、素です」

「なんでだよぉ!!」


 本気で悔しがっているベルクートを見てゾディアックは後退りした。だが、一歩退けば、ベルクートがその分だけ詰めてきた。


「写真は!?」

「な、えぇっと」


 これだけは否定しないとまずかった。

 写真からロゼがディアブロ族かどうかはわからないが、顔を覚えられるのは避けたかった。


「も、持ってない」

「嘘つけよ。ツーショット写真くらいあるだろ」

「ベ、ベル、必死じゃん」

「うるせぇ。……あ、わかった。不細工なんだろ」


 その言薬を聞いて、カッとなったゾディアックは、ベルクートを睨んだ。


「世界一可愛い子だよ」

「ほぉ! じゃあ見せてみやがれってんだ!!」

「で、でもやっぱり見せられないって」


 それでもなんとか見せられる写真はないかと、一応ゾディアックはアンバーシェルをいじる。

 画面に指を這わせながら、ベルクートに覗き込まれないよう注意しながら写真を探す。


 いっぱいあった。ちゃんとワンショットの物もある。

 若干思い出に浸りながらも探し続け、不意に、「あ」と声を上げた。




 肌色が多い。

 というより、シーツ1枚しか羽織ってない、顔を赤らめたロゼの写真が出てきた。




「これエロいやつ……」

「あぁ!!?」


 ベルクートが手を差し出す。


「見せてみろ! おじちゃんに!」

「い、いやだ!!」

「お前手伝ってやったろ買い物!」

「そ、それとこれとは話が別だろ!」


 漆黒の鎧を着た大男に縁髪のコートを着た男。怪し気なふたりが往来で騒ぎ始め、周りの人々が視線をちらほらと向けていた。

 べルクートからアンバーシェルを死守していた時だった。

 ゾディアックは兜の隙間から、こちらに近づいてくる見知った姿を捉えた。


「あれ?」


 赤い毛に猫耳と尻尾。セントラルの制服を着ながら、抜群のプロポーションを隠せていないレミィ・カトレットがふたりに近づいた。

 その姿に気づいたベルクートも、ゾディアックから離れる。


「レミィちゃん? どうしたんだよ」

「……何かあったのか?」


 ふたりが心配そうに聞くと、レミィはギロリとふたりを睨んだ。

 殺気に溢れた目。心なしか余裕がない。


 レミィは思いつきり歯を噛み締め、怒りを堪えようと踏ん張っていた。


 だが。

 それが限界を迎えたように、両手を思いっきり振り上げた。


お読みいただき、ありがとうございます。


次回もよろしくお願いいたします。

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