第80話「デミズ・"クレッシェンド"・ゴールデンヘアー」
亜人街ことデミ・ストリート。
昔、まだ亜人街ができて間もない頃、ここを訪れたとあるキャラバンは、「夜行性の獣のような街だ」と同業者に話していた。
それがきっかけかどうかは知らないが、亜人街は夜に本来の顔を見せる。
獣のような街だと言われるだけあり、治安はあまりよくない。
いや、サフィリアの中で最悪と言っていい場所だろう。夜に訪れる間抜けなガーディアンやキャラバンは、運が良くて身包みはがされる。運が悪ければ”行方不明”にされる。亜人街の住人は、客には優しくとも心の底は怨念が渦巻いているのが大半だ。
そういった理由から、亜人街を好んで訪れる者はいない。
だというのに。
★★★
その日の夕暮れ時。
多くのガーディアン、そして大手に所属するキャラバンの者たちが、亜人街を訪れていた。相当自分の力に自信を持っているか、亜人街にも顔が利く大手のキャラバンが来たのだろうかと思ったが、見慣れない顔が大半だった。
そのため数も尋常ではない。いつもの3倍は軽く上回っているだろう。
いわゆる、「かき入れ時」というやつだ。
狐の顔をした青い体毛の少年は、それをいち早く知り、同居人と共に職場へと向かった。
同居人はちゃんと給料が払われる仕事をし、少年は野盗まがいの行動をし、金目の物を探して持って帰る。あとはそれを亜人相手でも商売するキャラバンに売れば、楽に金が稼げるという寸法だ。
以前まではガーディアン相手に掏摸を行っていたが、最近はやめてしまった。
それもこれも、ゾディアックと出会ったせいだろう。
金目の物を手に入れた少年は、ガーディアンたちでごった返している通りを使わず、屋根伝いに自宅を目指す。
背負っている鞄の中には、高値で売れる貴金属が入っている。落とさないよう、細心の注意を払いながら、大胆に移動し続ける。
帰路に着く最中、同居人が働いている通りに差し掛かった。少年は屋根の上で足を止め、通りをのぞく。
「どう? 猫耳少女に興味ない? 3人で相手するよ」
薄いシャツの前を開け、黒いランジェリーを見せつける低身長の猫魔族……シャーレロスの女性が男性のガーディアンを誘惑していた。ほぼ下着状態の彼女に対し、ガーディアンは鼻の下を伸ばしている。
確かに見た目は少女そのものだが、亜人たちから見れば、彼女はもう老人に近い年齢だ。
まさに化け猫。
少年はガーディアンを哀れな目で見つめていた。あれはこってり搾られるだろうと思った。
「ねぇねぇ! キャラバンさん! 散歩しよ! どんな命令でも聞くよ!」
犬耳を生やし、白い毛並みの、ほわほわとした雰囲気を醸し出す犬魔族……ガネグ族の女性が、首輪を持って舌を出しながらキャラバンの一団に話しかけていた。
ハイレグカットの服は生地が薄く、女性の臀部が露になっている。
通りはピンク色の光に照らされ、扇情的な恰好に身を包んだ女性の亜人が、道行く男性に声をかけている。
ブロセル・シュトラーセ。
意味は、「風俗通り」だ。
しばらく通りを見ていたが、同居人の姿はなかった。
「頑張れよ」
少年は呟いた。同じ街で生きる同志たちに激励を送ったつもりだった。
亜人たちは生きるのに必死だ。この街、この世界では亜人の命は害虫と同等かそれ以下の価値しかない。だからこうして、野盗紛いのことや、体を売って金を稼いでいる。
一族の誇りやら、亜人としての自尊心はないのかと、訴えかける者たちもいた。
だが、少年含むほとんどの亜人たちは、それを鼻で笑い飛ばしていた。
「生きるために必要なのは誇りじゃなくて金だ」
「”誇り”は毒だ。それを食っていたら早死にする」
事実、亜人街で生き続けるのは、少年の考えを持つ亜人たちだった。
商売繁盛している光景を見て、少年は頷くと再び駆け出した。地面から発生している煌々とした光が、屋根を移動する少年を照らす。
自宅へとたどり着く。人が訪れない、朝起きたらそこら辺に死体が転がっていることも多い、寂れた通りに少年の家はある。
半壊した木造の一軒家。雨風を凌げて寝ることができるだけの、最低の家だ。
扉を乱暴に開ける。そして金目の物が入った鞄を床に置くと、少年は寝室へと向かった。
薄汚れた布団が敷いてあり、そこには以前拾った人間、いや、異世界人が眠っているのが見えた。
その隣には、着替えている同居人の姿もあった。
「あれ? ジルガー!?」
少年が驚くと、ジルがーと呼ばれた同居人が振り向いた。
少年と同じ狐の顔をしており、黄金の毛並みは、本物の金塊に勝るとも劣らない光沢と美しさを兼ね備えている。
大きな特徴は、”2本”の尻尾だ。羽毛のように軽く絹のような肌触りである尻尾は、少年の尻尾よりも太く、そして長い。
「なんや。もう金目のもん手に入れたん?」
自分の武器だと豪語している、大きな乳房が揺れ動くのが見えた。下着すら身につけていないらしい。
ジルガーは赤い瞳で少年を見つめた。
「もう何回か行ってくるよ。他の連中も気張っているみたいだし」
「気張りや。あんたも稼がなくちゃだしね」
「う……」
少年は寝ている異世界人に目を向ける。
「今まではウチに任せておけばよかったんに、めずらしいモノを拾ってきたからね」
クツクツと歯を若干見せて笑う。
ムッとした少年はジルガーに視線を戻す。そして、その目を見開いた。
「ジルガー。どうしたんだよ、その腹」
黄金色の毛はところどころ毟られたような痕があり、青痣が毛並みの隙間から見えていた。
毛で覆われているため、ふくよかな印象を与えるジルガーの腹回りだが、その実態は非常に細身である。当然、痛みに強いわけもない。
「ああ、これ? あはは」
ジルガーは乾いた笑い声をあげた。
「さっき相手しとった客……ガーディアンなんやけど、中々あらけあらへん奴で。泣き叫ぶ女の子をしばいたり蹴ったりするのが趣味なんやってさ」
少年は舌打ちした。
「クズだな」
「人間なんて、そないな連中ばかりやろ?」
「……かな」
歯切れの悪い返答をした。
「ウチらは亜人やさかい、何してもええって感じや。ほんで相手をしとった同僚泣き叫んどったさかい、ウチが変わったわけ。ほんならこれやで。”おべべ”がビリビリにされてもうたさかい、着替えにきたわけ」
「店のは?」
「薄布1枚を服って言える?」
ジルガーは強がりの笑みを浮かべた。
少年はジルガーに近づき、腹部分に手の平を当てる。直後、淡い緑色の、温かな光が灯った。蛍火ほどだったそれは徐々に大きさを増していき、同時に威力も高めていく。
回復魔法である。傷を癒す魔法は、ジルガーの痣を消滅させ、さらに失われた体毛すら復活させた。
「……おおきに」
「いいって。無理すんなよ、ジルガー。死んだら治せないんだから」
心配そうな目で見る少年を、ジルガーは優しく抱きしめる。
「おおきにね。やけど、あんたもその力を、あまりおおっぴらに使いなや」
「わかってるよ」
「亜人やのに、まともな教育を受けてへんのに、魔法が使える……。あんたは特別なんやさかい」
「うん」
頷きを返すと、ジルガーは少年を離し、素早く服を着た。
「無理せず、ガラクタ集めてきなはれ」
「あいよ」
「あ~……異世界人の世話もちゃんとするんやで」
「わかってるって!」
怒った口調で言うと、ジルガーは笑顔で手を振って家を出ていった。
少年はため息をついて、異世界人を見下ろす。
「何であんたを助けたのかな」
その問いかけに対し、何も答えは返ってこなかった。
頭を振って少年は鞄の中に入った貴金属を床に置いていき、空にする。そして再び背負って家を出ていった。
亜人街の喧騒がさらに大きくなっている。
なぜこれだけの人が集まっているのか。
少年はその理由を、翌日知ることになる。
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