第79話「コーヒー・"ダッド"・カップチーノ」
翌日。
大見得を切ったレミィだったが、昨日の凛々しい表情もどこへやら、渋面を貼り付けて受付に立っていた。
理由はガーディアンの対応に追われ続けているからだ。
レミィはセントラル内を見渡す。ガーディアンたちが大勢集まり、ざわついていた。席は全部埋まっており、立ちながら飲み食いを行っている集団もいた。
いつもは楽し気に酒盛りしながら歌っているパーティも、目に角を立てて真剣な表情で話しているのが見える。
これだけでも異常な状態だとわかるが、一番現在の状況を物語っているのが、掲示板付近だ。任務が貼ってある掲示板の前には、いつもガーディアンが立っている。
だが、今は誰も立っていない。理由は。
「レミィさん! どうなってんだよ、マジで!」
また新たなガーディアンが受付に来た。ため息を押し殺し、笑顔で出迎える。
「お疲れ様です。どうかされましたか?」
「どうかも何も、わかってんだろ!? また横取りされてんだよ、討伐対象!」
これが理由である。最近ガーディアンの任務が上手く達成されていない。はじめは任務内で不手際があった、またはお人好しのガーディアンが他人の任務まで行っていたと考えていた。
しかし、ここ最近は任務を行えない者が激増していた。
これは、明確な意思で、ガーディアンの邪魔をする者がいることに他ならない。
「おかげで商売あがったりだ。今月の家賃払えねぇよ!」
「はぁ……それは、また」
「なぁ、緊急手当とか出ないのか?」
レミィは頭を振った。そういう制度はあるにはあるが、原因を追求している最中であるため、開始することができない。
そのことを説明すると、男は額に脂汗を浮かばせた。
「いやいや! そっちの管理体制の問題とかもあるだろ!?」
「と言っても、規則ですので」
男は深く項垂れた。
「マジかよ~……。レミィさん、ここは俺を助けると思ってさ、いくらから工面してくれないか」
「いや、そういうことはやってなくて」
「頼むよ! 緊急事態じゃないか!」
こういう面倒くさいガーディアンも大勢いる。とりあえず回れ右してもらおうと思い、レミィは息を吸った。
その時、ガーディアンの後ろに、漆黒の巨体が姿を見せた。
「ん? ……おお!!?」
ガーディアンはレミィの視線に疑問を感じ後ろを振り向き、驚きの声を上げた。
「ぞ、ゾディアック……」
「……」
「な、なんだよ。まだ俺の番だぞ」
「……」
「んんだよ!! 言いたいことあるならハッキリ言えっつうの!!」
焦った声でそう言うと、ガーディアンは受付から逃げるように、早足でその場から離れた。群衆に飲まれるように姿を消したガーディアンを見送ったゾディアックは、レミィの方を見る。
「……ゆっくりどうぞって言ってたんだけどな」
「いや、聞こえてねぇし」
「そうか」
ショックを受けたように頭を若干下げたゾディアックを見て、レミィは口元に笑みを浮かべた。
「ありがとな、ゾディアック」
「え?」
「おかげで助かった。今日はああいう客が多くてな」
レミィは時計を見る。自分の休憩時間をとうに過ぎていたことに気づく。
「任務か?」
「いや、話をしたくて。この状況だし、ちょっと、その雑、談的な、あれです」
「どれだよ。雑談だろ」
「それです」
馬鹿らしい会話にレミィは破顔し、席を立った。
「もう休憩なんだ。いつもの席に座ってんだろ? ちょっと付き合えよ」
「……ああ」
そう言ってふたりはフードサービスカウンターに行き、飲み物を注文する。レミィはコーヒーを頼み、ゾディアックはカプチーノを頼んだ。
ふたりは飲料の入った、プラスティック製のマグカップを持ち、セントラルの隅にあるテーブル席に向かう。
「マスター! レミィさん!!」
ぶんぶんと細く白い腕を振るビオレがいた。その隣には友達であるミカが座っている。
「やぁ、ふたりとも。最近好調じゃないか」
ゾディアックとレミィは、ふたりの対面に座る。
レミィの言葉を聞いてミカがニヤニヤとした表情でビオレを見る。
「後方支援が優秀だからかなぁ?」
ミカは肘でビオレを「うりうり」と言いながら小突いた。
「やめてよ~。カルミンとミカの戦い方が上手だから、こっちが動きやすいだけだし」
「いやぁ、ビオレは謙虚だなぁ!」
そう言って抱きつく。
「だからやめてって!」
不快だと言わんばかりの声だが、その表情は嬉しそうだった。
レミィはその様子を見て安心した。亜人など関係なく、馴染んでいる様子であったからだ。
一瞬、レミィの顔に陰りが差す。
少しだけ、自身の過去を思い出したからだ。
「それでさぁ、レミィさん」
ミカがビオレから離れ、唇を尖らせた。
「やっぱり原因はわからない感じぃ?」
「まぁ、な。国の兵士やキャラバンにも協力を仰いでいるんだが、中々いい知らせは来ない」
「キャラバンの人たちも、最近元気ないですよね」
「……同業者が殺されているからな。あくどい商売をしている露店は、店を閉めている」
ミカがクスッと笑った。
「ある意味ありがたいねぇ。地雷お店回避できるし」
そういう意味では確かにありがたいが、なにも殺すことはないだろう。レミィはコーヒーを飲みながらそう思い、どうやって犯人を捜すか考えていた。
「捜査網とかを敷ければいいが、兵士はあまり動いてくれないだろうな」
「どうして?」
ビオレが聞いた。
「この国はガーディアンが幅を利かせているからな。兵士はお株を奪われている。そりゃ面白くないだろう」
「だから手伝わないってこと?」
「むしろガーディアンなんていらないと思っている連中が多いぞ。自由すぎる連中は一度頭を冷やした方がいいんだって、北地区で配られている新聞には書いてあった」
サフィリア宝城都市は地区ごとに貧富の差があり、地区ごとに出回っている情報の質や量にも差が生じている。
必然的に、北地区の者が一番正しい情報を手に入れていることになる。
ビオレは首を傾げた。
「え? レミィさんがなんで、北地区の新聞の内容知っているの?」
「まぁ、サフィリアの重要施設に勤めているからな。例外的に情報が入ってくるのさ」
「それって喋ったらマズいんじゃないのぉ?」
「……”ひとりごと”だよ。聞かなかったことにしてくれ」
誤魔化すように、カップを口元に持っていくのを見て、ミカは笑った。
黙っていたゾディアックが口を開く。
「このままじゃ仕事にならないな。今日はまだ粘ってみるが」
「明日休んだらどうだ? 戦いだけがガーディアンのすべてじゃないぞ。それに、ビオレちゃんはまだサフィリアに疎いだろ」
カップを持った手でビオレを指す。
「あ、じゃあ明日! 私、亜人街に行ってみたい! 気になってたんだ~」
ビオレは自然の民とも呼ばれるグレイス族である。亜人に分類される彼女にとって、亜人街は気になる場所だろう。おまけに家からも近い。行きたくなるのは当然だ。
「あ、亜人街か」
ゾディアックは唸った。
西地区にある亜人たちの街。治安は、サフィリア内で最も悪い。正直襲われても文句は言えない場所だ。
返事を渋ってると、ミカが挙手した。
「私も行きたい! あの狐の子に会いたいし!」
「そうだね、お礼言いたい!」
ミカの言葉に後押しされたビオレは、気体の眼差しでゾディアックを見つめた。
ゾディアックはすんと鼻を鳴らし、頷いた。
「わかった行こう」
そう言うと、ふたりは喜びの声を上げた。
レミィが口元に拳を当て、笑みを隠しながら横目でゾディアックを見る。
「大変だな、お父さん」
「……お父さんじゃないって」
「娘の我儘には付き合うものだぞ、お父さん」
「だから違うって」
レミィは今度こそ笑みを隠さず笑った。
そしてカップを傾けながら受付カウンターを見る。ガーディアンが大勢集まり、列を作っていた。
時計の針はまだ休憩終了を告げていない。だが、見過ごすわけにも行かなかった。
「んじゃ、そろそろ行くわ。ゾディアック」
「ん?」
「何か新しい情報が入ったら知らせるから。明日はふたりのお守り、頑張れよ」
そう言って、空になったカップを持ち席を立った。
「……ありがとう」
ゾディアックはその背中に声をかけた。
何も言い返さず、レミィはカップを掲げて応えた。
どんな表情を浮かべていたかはわからないが、背筋を伸ばしたその後姿を、ゾディアックは美しいと思った。
お読みいただき、ありがとうございます。
次回もよろしくお願いいたします。




