第78話「オーナー・"レッドキャット"・ハートナックル」
真円型のサングラスをかけた、エミーリォ・カトレットは2階からセントラルを見渡していた。セントラルは1日中開いているのだが、1階にはガーディアンが誰もいなかった。
フードサービスの職員は明日の仕込みを行っているものが一名。受付には欠伸を隠している受付嬢が1名。最低限の者たちしかいない。
時刻は深夜。人が大勢いたらおかしい時間帯になっていた。
昼間は活気あふれていたのだろう、テーブル席は綺麗に磨かれていた。ちょっと前まで食ベカスや酒の空き瓶が転がっていたとは思えないほど清潔になっていた。綺麗なのはいいことだが、あれはあれで味が合ったとエミーリォは思った。
杖で己の体重を支え、力強く床を叩きながら歩く。もう老人であるため、昼間のセントラルに顔を出すことが難しくなっていた。特に病気というわけではないが、立つだけでも膝が悲鳴を上げている。
年を取りたくはないと思いながらも、己の老いを実感していた。
セントラルには新顔が増え、最近ではこのサフィリア宝城都市で最も強いガーディアン、ゾディアックが目立ってきていた。
以前までは白い目で見られていた彼だが、どうやら行動を起こすようになったらしい。
引っ込み思案の、難しい性格をしていたはずだが、それが少しでも変わっているだろうか。
だとしたら、それは嬉しいことだ。
変わっているといえば。エミーリォは自分の孫娘の顔を思い浮かべる。
彼女も最近明るくなっていた。以前までは上辺だけ取り繕い、ガーディアンと接していたが、何かあったのだろうか。
たまには交流しないとな、と思い、エミーリォは4階へ向かう。
セントラルの3階から5階は居住区となっている。しかし、住んでいるのはエミーリォを含めふたり。空き部屋が多い。そういった部屋には、たまに飲んだくれのガーディアンを泊めたりしている。
ふぅふぅと息を吐きながら4階の奥にある部屋の前に行くと、エミーリォはドアを軽く叩いた。
「レミィ。まだ起きとるか?」
中からどたどたと慌ただし音が聞こえてきた。
「ま、待って! あけないで!」
エミーリォは杖に両手を乗せ、ドアが開くのを待つ。その数秒後にレミィが姿を見せた。
白いタンクトップにデニムショートパンツといった出で立ちだった。顔が少しだけ紅潮しており、額にはうっすら汗をかいていた。
「着替え中……いや、トレーニング中だったか?」
「ま、まぁね。そんなとこ」
レミィの話し方は今ひとつ歯切れが悪かった。
「何か用?」
それをごまかすようにレミィは聞いた。
「用というわけではないんじゃが。ちょっと話がしたくなっての」
「ん?」
「最近、レミィは明るくなったなぁ」
「別に普通だよ?」
「ゾディアックのおかげか?」
小さく笑いながら言うと、レミィは少しだけ頬を膨らませた。
「なんであいつの名前が出てくんだよ」
「最近活躍しているらしいのぉ、あいつ。それに、お前もよく我儘を言ってくるようになった。儂も答えるの、大変なんじゃぞ?」
「それには感謝しているよ。ありがとう」
レミィはそこで思い出したかのように、目を開いてエミーリォを見た。
「そうだ、おじいちゃん」
「なんじゃい」
「ガーディアンとキャラバンの人たちが襲われているみたい。それに、任務も横取りされているみたいで」
「おぉ、聞いておるぞい」
セントラルのオーナーであるエミーリォには、決まった時間に毎日報告書が送られてくる。紙媒体の物からアンバーシェルを通じた簡易的な連絡まで、幅広い方法で伝わるそれを、エミーリォは忘れずに見ている。
そこにはレミィが言うように、奇妙なことが書いてあった。だがエミーリォは頭を振った。
「前者はともかく、後者はよくあることじゃ。報酬を横取りされているわけでもないなら、気にすることもないじゃろ」
「そうなんだけど、私にとっては前者の方が大事だよ」
「ほぉ?」
「ガーディアンが……いや、ガーディアンとかそういうの関係なく、人が傷つくのは、見たくないし」
真剣な表情の孫を見て微笑みを浮かべる。
「やっぱり変わったのぉ。レミィは」
「そうかな?」
「うむ。以前までは、表面上だけ取り繕っておった。ガーディアン嫌いの獣人だったわ」
カラカラと笑うと、レミィが首を捻る。そんなことあったっけと小さな声で呟いていた。
サングラスの位置を正し、杖を握る手に力を込める。
「ガーディアンが襲われているというのは少し気になるのぉ。もしかしたら個人的な恨みを持つ者の仕業かもしれん」
「だよね」
「もしセントラルに暴漢が来たら、その時はガーディアンに任せるか国の兵に……」
「何を言っているの、おじいちゃん」
ピシャリとレミィが言った。鋭い目つきになりエミーリォを睨む。
「その時は、”契約通り”の行動をするよ」
「……大丈夫か? レミィ。お前はまだ」
「大丈夫だよ。おじいちゃんが言ってたんじゃん。私は変わったって」
レミィは口元に笑みを浮かべた。
だが、目元は笑っていない。
「昔の私じゃないから。強くなっているよ。”これ”に関してだけはね」
そう言って拳を握り、エミーリォに見せた。
レミィの特徴である赤毛が、その色を増すかの如く、輝き始める。頭髪に魔力が流れているせいだ。
それはまさに、レミィの闘志が体現しているかのようであった。
「安心して。セントラルは……私が守るから。今度こそ、逃げずに戦うから」
レミィは自信を示すかのように、胸の中心を握り拳で叩く。
凛々しく美麗な孫娘の姿を見て、エミーリォは安心したように頷きを返した。
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