第76話「ダークネス・"ウィークネス"・ロンリネス」
暗殺者として活動し始めたラズィは、その才能を開花させた。
的確に相手の弱点を捉え、必要最小限の動きで仕留めていく。
魔法も使っていない己の目と身体能力だけで、強大なモンスターを次々と撃破していくラズィの噂は、瞬く間に広まっていった。
相方であるサンディも、まるで自分のことのように喜んでいた。
「ラズィ最近すごいよね~。私もすごい楽だよ。ラズィが味方でよかった~」
ラズィは嬉しかった。自分を認めてくれるたったひとりの家族が、笑顔で見てくれているのが。
それから数日後、ラズィはサンディと共にモンスターを退治していた。
今回の相手はグリフォンだった。鷹の翼と上半身を持ち、下半身は獅子という見た目をしており、体長は家ふたつ分。中型のモンスターだ。
風の魔法を操るというが、ふたりにとっては雑魚だった。
「サンディ! 援護して!」
湿度の高い荒野でふたりはグリフォンと対峙していた。
サンディが氷の魔法を発動する。巨大な氷柱が、グリフォンの翼を穿ち抜く。
その氷柱に隠れながら、ラズィはグリフォンの足元にたどり着く。
「ふっ!!」
息を吐き出し敵の足に傷をつける。
傷は小さいが、即効性の毒がグリフォンの体を蝕んだ。苦悶の声を上げる怪鳥は首を垂れる。ラズィはその頭に跨ると、目を突き、首を刺し続けた。
グリフォンは自身の爪ほどしかない、小型のダガーの攻撃によって、絶命した。
「やったね~ラズィ!!」
グリフォンの上に乗りながら声が聞こえた。視線を向けると、親指を立てているサンディが見えた。
ラズィは笑顔で頷いた。
直後、ヒュルルという、何かが降ってくる音が聞こえた。
胸騒ぎがした。
「サンディ!!」
ラズィが悲痛な叫び声に似た声を上げた。サンディが空を見る。
瞬間、サンディが炎の渦に包まれた。
★★★
ラフト国の病院、待合室。ソファに座っていたラズィは項垂れていた。
近場にいたガーディアンの魔法に巻き込まれたサンディは、瀕死の重傷を負った。ガーディアンの方は誤射だったと言っていたが、そんなことはどうでもよかった。
サンディの傷は、治らないほど深く。あとは死を待つだけの状態に陥ったのだ。
ラズィの胸中には、絶望と怒りと悲しみが渦巻いていた。
大好きな姉が、全身黒焦げになり、顔の半分が大火傷を負っていた。
太陽のような明るい笑顔をいつも貼り付けていた。それに、影が差し込んだ。火傷の痕は、まるで日食のようであった。
「うっ……うっ……」
ひとり、肩を揺らして泣いた。どうして、自分じゃなくて姉が。傷つくのは自分であるべきなのに。姉を守るために、力を身につけていたのに。
「悔しいか、ラズィ」
目の前から声が聞こえた。視線を少しだけ上に向けると、大きな足が見えた。
「悲しいのか」
「……ほっといてよ。あなたの戯言に、今は付き合いたくない」
「サンディは助かるぞ。俺の力を使えばな」
ラズィは目を見開き、顔を上げた。獅子の眼光が輝いている。
「え?」
「ここじゃ助からないだけだ。俺の知っている優秀な魔法使いに聞けば、必ず治る」
「……嘘だ」
「疑うのは結構。だが、頼らなければ、お前の姉は死ぬのを待つだけだぞ」
ラズィは奥歯を噛んだ。相手の意図がわかるからだ。
ただでそんな善行を、トムが行うわけがない。
「何を、すればいいの?」
獅子は牙を見せた。
「殺し屋」
★★★
医療費と恩を返すために、ラズィは殺し屋になるしかなかった。
だが、人を殺して手に入れた金で生き返っても、サンディは決して喜ばない。
ラズィは殺し屋になることを決めたが、それと同時にある技術を身につけた。
3日後、ラフト国のとある民家に、男の悲鳴が上がった。
一軒家でそれほど広くない。装備も身に纏っていない、寝間着姿の男はすぐに追い詰められた。
窓から入ったラズィは、ナイフを相手に向ける。
「私の質問に答えろ」
「だ、誰だよお前!!」
「サンディ・キルベルの妹、ラズィだ。久しぶりだな、先生」
相手は息が詰まった。目を開き、ラズィを見据える。
男は、サンディを襲おうとしてクビになった孤児院の先生だった。ラズィをいじめていた男でもある。
「な、ラズィ……お前、なんで」
「姉を撃ったガーディアンから聞いたよ。全部お前の指示だったんだな」
力強い口調で言った。
相手は必死に頭を振って、両手を顔の前に出した。
「ま、待ってくれ! これには深い事情が」
「ただの恨みだろうが。てめぇの自業自得のくせに、私の姉を傷つけやがって」
「よせ! やめろ!! いいのか!? こんなことをして姉が喜ぶと」
ラズィの眉間に皺が寄る。
「お前が!!! 姉さんを語るんじゃない!!!」
歯茎をむき出しにし、怒りを吐き出したラズィは、ナイフを男の首に突き刺した。
空気が漏れる音が聞こえ、男は目を見開いたかと思うと、ゆっくりと目を閉じた。
ラズィはナイフを抜く。
銀色に輝くそれには、血が一滴も付いていなかった。
後日、すべてを洗いざらい吐いた男は、罪人用の牢獄行きとなった。
ラズィはある魔法を身につけていた。
それは禁術でもあった。
相手の心を、殺す魔法。大昔の暗殺者が使っていた禁術。
ラズィはそれを獲得していた。トムですら身につけることができなかった技術を、ラズィは身につけたのだ。
必死に調べたのだ。魔法を。ドラ・グノア族が書いたとされる文献を読み漁り、自分の技として、短期間で身につけた。
ひとえに、姉のために。姉のためなら自分などどうでもよかった。
今度は必ず私が守る。
ラズィの信念は、ドラゴンの鱗以上に硬く、それでいて巨大なものだった。
★★★
夜が明けた。一睡もせずに家を見張っていたが、特に動きはなかった。
そろそろセントラルに行くだろうか。そう思うと同時に、家の中からゾディアックとビオレが姿を見せた。装備を身に纏っており、ビオレが何かを喋っている。
やはりふたり暮らしか。後をつけようと考えた矢先。
見たこともない金髪の少女が家の中から出てきた。
人形のような美少女は口元を動かしながら、優し気な目でふたりを送り出している。絵になる光景だったが、ドレスのような服は、この光景に似合っていない。
ラズィは気付いた。ゾディアックを見つめるその表情が、恋をしている女のそれであると。
ラズィは口角を上げた。
初めて見る相手。
それがゾディアックの弱点だと、ラズィは即座に理解した。
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