第72話「モンスター・“ナイフ”・コープス」
旧友と再会したような気分だった。ゾディアックは兜の下で安堵の笑みを浮かべる。
「あぁ、やっと知っている人が来た」
安心したように言うと、ラズィは首を傾げてレミィを見た。
「どうしたのですか、彼は」
「それが⋯⋯」
レミィが事情を説明するとラズィは口元を手で隠してはにかんだ。
「頑張ってますね〜ゾディアックさん」
「⋯⋯ただ、上手く行ってないけど」
「頑張ることが重要なんですよ〜」
ラズィはとんがり帽子を取ると、両手でそれを持ち、顔の下半分を隠すように持つ。
「ゾディアックさんがよろしければ、私とパーティ組みますか〜?」
「⋯⋯いいのか?」
「駄目なんですか〜? 結構一緒に頑張ってきたので、私はゾディアックさんの仲間なのかなって思ってたんですけど〜……」
悲し気に顔を隠すラズィを見て、ゾディアックは慌てる。鎧がガシャガシャと擦れる音が響く。
「す、すまない。いや、こっちとしては、嬉しいんだが」
「本当ですか!? やった〜!」
打って変わって顔に花を咲かせる。見事な変わり身に、隣に好っていたレミィは顔を引きつらせた。
「ラズィさんって、結構男遊び激しい?」
「え〜? そんなことないですけど〜」
「とりあえず女性に嫌われるタイプだから、気をつけなよ」
「あはは〜。肝に銘じておきます〜」
頬を掻いて、聞いているのかどうかわからない生返事を返した。
「じゃあ、ふたりでなんか任務受けるのか?」
「……ああ、そうしようかな。今日はビオレも違うパーティと一緒だし」
ゾディアックとレミィは目を合わせていた。
チャンスだ。ラズィは一瞬笑みを消し、氷のような視線でゾディアックを睨んだ。
このままふたりっきりで任務に行けば、必ずチャンスがある。
ナイフで少しでも傷をつけることさえできれば、相手の心を、精神を削ることができる。
自分の能力は強い。それを疑ったことはない。
問題はあの鎧だった。肌が少しでも見えていれば話が別だが、全身が守られている。厚みの薄い膝裏なども強固だろう。
いざとなれば、体を使おう。相手は性格や行動からして女性に慣れていない。
「じゃあ、私、結構強めの討伐任務に行きたいですね〜」
誰の目にもつかない、遠くでなるべく仕事を終えたい。そう思い発言したときだった。
「お、なんだよ。ラズィちゃんいんじゃん」
ベルクートが姿を見えた。いつものコート姿に、今日は巨大な銃を背負っていた。
その銃は、ラミエルと戦ったときに使っていた銃だった。
「ベル。仕事は?」
「うん、まぁ、猫しかお客さんが来なかったから早めに切り上げた」
「ええ……?」
「それでいいのか、商売人」
ベルクートはヘラヘラと笑い、ゾディアックとレミィに向かって手を振る。
「まぁまぁ。モンスターでも倒しに行こうや。俺も息抜きしねぇと」
「……俺は別に構わない。ラズィさんも、それでいいか?」
ゾディアックはラズィを見た。相手は口元に笑みを浮かべた。
「はい。もちろん。大勢の方が楽しいですし」
「よし、じゃあ決まりだな」
ベルクートが喜びの声を上げ、レミィを筆頭に4人は受付へ向かった。
ラズィは舌打ちしそうになった。見事な邪魔をしてくれたベルクートに対し嫌悪感を示しそうになる。
だが、自分の仕事が順調に進まないことなどザラである。ラズィは、ほぅと息を吐くと、ゾディアックとベルクートの後ろについて行った。
★★★
ゾディアックだけならまだしも、ベルクート個人の戦闘能力も高い。ふたり纏めて始末するという選択肢は消え失せていた。
ゆえに遠くへ行く必要もなくなったため、ラズィはサフィリアから近い場所でのモンスター討伐を希望した。
ラズィは早々に任務を終え、ふたりから離れる予定だった。
こうしている間にも、大切な家族が苦しんでいる。
今度は私が救う番だ。
ラズィはそう強く思っていた。
殺し屋稼業を始めて13年、一度もその思いを失ったことはない。
ゾディアックを狙えない今、ここにいることは時間の無駄だ。
さっさとモンスターを倒してしまおうと思っていた。
だが、任務の場所である山道まで行った時、不可解な光景が目の前に広がった。
「……なんだこりゃ?」
ベルクートが言った。
討伐対象は「ケンプガー」と呼ばれているモンスターだ。虎の頭に馬の胴体、尾が狐のように太く長い。体毛が全身真っ白というのが大きな特徴であり、体長は3メートル近くある。
ケンプガーは3匹から5匹の少数で群れをなして生活をしている。ゆえに、複数体討伐する予定ではあった。
そのケンプガーの群れが、道を覆いつくすように横たわっていた。
全部で5匹。真っ白な体毛は、どの個体も真っ赤に染まっていた。
「死んでる……」
ゾディアックは小さく呟いた。死体に近づき、片膝をついて原因を探る。
魔法が使われた痕跡はなく、鋭利な刃物で喉元を切り裂かれていた。モンスターとはいえど弱点である喉元への致命の一撃。見事な傷口であった。
「どっかのガーディアンが先に狩っちまったのか?」
討伐対象だと知らず、他のガーディアンがモンスターを倒してしまう事例は多い。モンスターは常に生きている。任務を受けてから出現するわけではないのだ。
気に入らないガーディアンの任務遂行を邪魔する者もいるにはいる。ゾディアックもその嫌がらせの被害者であるため、その類かと疑った。
ベルクートは周囲を探る。人の気配は微塵もなかった。
「モンスターの素材だけ取られちまったか?」
「……荒らされた様子がない。皮も剥ぎ取られていない。まるで、武器の試しを行ったみたいだ」
「こいつ相手にか? それこそスライムとかが相手でいいだろ」
ふたりは首を傾げた。当然ながら答えは出ない。
「ラズィちゃんはどう思うよ」
声をかけると、ラズィは頭を振った。ただ本当は誰の仕業かわかっていた。
トムだ。彼がやったに違いない。
これは自分自身に対するメッセージだとラズィは理解した。
ずっとこちらを観察しているということだろう。
あまり、時間はかけられないらしい。
「とりあえず、戻りましょう。セントラルに事情を説明しないと」
焦りを笑顔の裏に隠しながら、ラズィはふたりに提案した。
★★★
蒼園の森モンスターを討伐し終えたビオレたちは、周囲を探索していた。撃ち漏らしがいないかの確認だった。
ビオレはミカと行動しており、弓を手に持っていた。ミカが血の匂いを感じ取ったからだ。
「近づいているよ」
「ん、了解」
返事をして弓を構える。木々の合間から、少しだけひらけた広場が見えた。
そこには、甲冑を身に纏ったガーディアンが倒れていた。数は3人。恐らくパーティだろう。
3人は、血溜まりの中に沈んでいた。
「援護してねぇ」
ミカが言うと同時に駆け出し、倒れているひとりに近づく。
膝を折り、体をまさぐる。そして、ミカはビオレの方を向いて首を振った。
死んでしまっているらしい。周囲には生物の気配がない。
ビオレは弓を仕舞って木々から身を出すと、ミカに近づく。
「モンスターに殺されちゃったのかな」
いつになく真剣な表情で、ミカは死体を見下ろしながら言った。
「喉元を切り裂かれている。鋭利な刃物……暗殺者の技みたいな切り口だね」
「え、それって……」
「モンスターにやられたのかもしれないよ? けどさ、もしかしたらだけど……これは人の仕業かもねぇ」
ミカは言った。
ビオレは死体を見ながら考える。なぜ、なんのために。ガーディアン同士のいざこざから殺し合いでもしたのだろうか。
「……とりあえず、この人たちをサフィリアまで運ぼう」
ビオレが提案するとミカは頷いた。
遠くからカルミンとロウルがやってくるのが見えた。
早くこの場から離れたい。いやな予感がしたビオレは、不安気な表情を隠すことなく、ふたりにむかって手を振った。
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