第71話「パーティ・"バッド"・コミュニケーション」
「おお! 神よ! またこの勇気ある少女に会わせていただき、感謝いたします!」
掲示板で任務書を手に取って見ていたビオレは、肩を上げて驚いた。
振り返ると、そこには神官のロウルがいた。なぜか両手を広げて天を仰いでいる。
「ロ、ロウルさん。怪我は大丈夫なの?」
「えぇ、先日完治しました。これも毎日3回祈りを捧げているからこその賜物なのでしょうね、サンキューゴッド」
「なに言ってるんだろう……」
興奮している様子のロウルを見て、ビオレは苦笑いを浮かべながら首を傾げた。
隣にいたカルミンが呆れ顔でロウルを見つめる。
「本気で自分が死ぬと覚悟していたらしいから、助かったのは神のおかげって思っているのよ」
「そうなんだ」
「彼女の前で神様の話はしない方がいいわ。本とか買わされるわよ」
「本?」
「宗教本よ。私も1500ガルで買わされたわ」
「こわぁ……」
いまだに大声でよくわからないことを言っているロウルを尻目に、ふたりは小声で話していた。
「あははぁ。ロウルは相変わらずうるさいねぇ」
盗賊のミカが笑顔でロウルの肩を叩く。
「その喜びをモンスターにぶつけに行こうよ」
「おお。それは名案です。ビオレさん! 行きましょう!」
「え、あ、はい」
この人も一応私を罠にハメた人なんだよなぁ、とビオレは思ったが、ここで波風を立てたくはなかった。
「ロウル。その前に言うことがあるでしょ」
だが、カルミンの鋭い目と言葉がロウルを射抜いた。相手ははっとして、ビオレの前に立ち、頭を下げる。
「神官として恥ずべき行為をしてしまったことをお詫び申し上げます。大変、申し訳ございませんでした」
さきほどとは打って変わって、誠意溢れる謝罪だった。
あまりの差にビオレはくらっとした。ロウルは情緒不安定気味な女性なので、あまり深く関わらない方がいいかもと思ってしまう。
「う、うん。大丈夫だよ」
「おお!! 神よ! 慈悲深いこの自然の民に祝福をぉぉぉ!」
「さ、任務受けようかぁ」
ロウルを無視して3人は掲示板を見る。ビオレは適当に討伐任務の紙を手に取ると、カルミンがそわそわとした様子でビオレに近づいた。
「ね、ねぇ、ビオレ」
「ベルさんなら今いないよ」
「な、なぜ!?」
悲痛な叫び声に似た声が上がった。ビオレは絶望したような表情のカルミンを見る。
「今日の朝はキャラバンの仕事だって」
「き、聞いてないわ……。なんてこと。おじさまの手伝いなら喜んで行うのに」
「残念だったね」
これがベタ惚れというやつだろうか。ビオレは乾いた笑い声を上げた。
自分にはまだ理解できない感情だった。マスターであるゾディアックや、その恋人であるロゼのことは好きだが、カルミンがベルクートに対して抱いている「好き」はまったくの別物だろう。
恋については、村の誰も、父ですら教えてくれなかった。興味がなかったわけではないが、そんなことより魔法のひとつでも覚えたかったのが本音だ。
「ねぇねぇ、ビオレ」
悔しがるカルミンと打って変わって、ミカがビオレに話しかけた。
「なに?」
「あのさぁ、知ってたらでいいんだけどぉ」
「うん」
歯切れの悪いミ力を見つめる。言いづらいのか、手をこすったりしている。
そして意を決したように、口を開いた。
「あの子、狐の子。友達?」
「狐? ……ああ」
ダンジョンの中で励ましてくれた、ガネグ族の獣人の子をビオレは思い出した。
ガーディアンではないのだが、傷ついたミカとロウルを助けようとセントラルまで来た、という話をゾディアックから聞いていた。
ただ、あの子とはあれが初対面だった。
「友達ではないかなぁ。むしろ知り合いですらないかも」
「そっかぁ」
残念そうにミ力は首を垂れた。
「なんで?」
「お礼したかったなぁ、って思って。それに、あの子可愛い見た目してたから。ちょっとお話ししたい」
「獣人だよ?」
「うーん、でも。なんだろう。ちょっと獣人に対する見方変わったかも」
ミカは舌を出して笑った。
どうやらいろいろな思いが、渦巻いているらしい。
好き、か。ビオレは頬に手を当てた。
好きというのは、愛しているという感情だろうか。だとしたら、ラミエルに対する感情は、それだったのかもしれない。
ビオレは顔が赤くなるのを感じ、誤魔化すように任務表を掲示板からはがした。
★★★
「さぁ、行くよ、みんな!」
ビオレの声が響き渡った。
「お、行ってらっしゃぃ、気をつけてな」
「昇格したからって気を抜くなよ〜亜人ちゃん」
ビオレの周囲にいたガーディアンも、彼女に激励を送っている。
普通のガーディアンが行う、コミュニケーションのひとつだ。
ゾディアックはそれを見てため息をついた。ビオレが遠い存在に感じる。彼女はどんどん交友関係を広げているようだ。
それに比べて。
「はぁ」
自分に情けなさを感じ、ゾディアックは項垂れてしまう。
いつもの端にあるテーブル席。またここにひとりだ。
自分も頑張らなければと、ゾディアックは席を立ち、パーティに入れてもらおうと声をかけ始めた。
が、ものの10分で戻ってきた。
「はぁあう……」
変な声が出てしまう。
感触としては悪くなかった。むしろ好意的な者もいた。
しかし、あまりに実力がかけ離れていることと、ロ下手で無口で威圧感のあるゾディアックとでは会話が続かず、プレッシャーを感じる者が続出し、結果としてパーティは組めなかった。
「お疲れ様、ゾディアック」
座って落ち込んでいる彼に、レミィ・カトレットが声をかけた。
セントラルのオーナー、エミーリォ・カトレットの孫娘にして、たびたびゾディアックたちを救っている、影の功労者だ。
彼女がいなければ、今頃ゾディアック含む一部のガーディアンたちは、路頭に迷っていたことだろう。
「頑張ってたじゃん。まぁ、結果は惨敗だけど」
笑ってゾディアックの前に座る。コーヒーが入ったマグカップを傾けて、足を組む。
出るとこは出て絞まるところは絞まっているモデル体型に、赤い髪と猫耳、そして尻尾。
シャーレロス族である彼女は、今日も美しかった。
「手ぇ貸そうか?」
尻尾をピンと立てて歯を見せて笑いかけた。ゾディアックは頭を振った。
「いや、もうちょっと頑張ってみるよ」
「そっか。うん、そうした方がいい。そっちの方がいいよ、お前」
「ん?」
「気づいてないかもだけど、お前、結構評判良くなっているんだ。もうちょい会話がが上手くなれば、モテモテだろうな」
「……そうかなぁ?」
その子供っぽい疑問の声を聞いて、レミィは笑い声を返した。
「可愛いじゃん」
そう言ってマグカップを口に持っていく。
「あらあら〜。ひとりですか〜、ゾディアックさん」
ゾディアックとレミィの顔が、声の方に向けられる。
そこにはとんがり帽子を被り、群青色のローブを羽織り、杖を持った、魔術師の衣装に身を包んだラズィ・キルベルが立っていた。
「ラズィさん」
「ごきげんよう〜、ゾディアックさん」
いつもの気の抜けるような声を発しながら、ラズィはゾディアックの隣に座った。
この瞬間から、ラズィの任務は開始していた。
ゾディアックの心を殺す、殺し屋としての任務が。
ラズィの糸目が薄く開けられたことに、ゾディアックは気づいていなかった。
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