第69話「ガーディアン・"ビヨンド"・デザート」
ガーディアンたちの販わう声が兜を突き抜けてくる。以前まではこの声を聞いていると、孤独感が増して苦痛だった。
だが今は違う。
「マスター!! 昇格したよー!」
セントラル内、いつもの端のテーブル席に座っていたゾディアック・ヴォルクスは、声がする方を向いた。
パーティメンバーで弟子でもあるビオレ・ミラージュが、赤く輝く弓を背負いながら、嬉しそうな顔をして駆け寄ってきた。
「マスター! どうこれ! 見てよ!」
ネックレスを見せてきた。エメラルドの宝石がシャンデリアの光を浴びて輝いている。
「おめでとう。似合ってるな」
「ほ、本当? えへへ……」
少しだけ頬を赤らめて、照れているのを誤魔化すようにビオレは長耳を触った。
「俺も昇格したぜ」
ビオレを追うように現れたのは、緑髪とコート姿が特徴的なベルクート・テリバランスだった。
ベルクートは自分の髪色とほぼ同じ色の、エメラルドの宝石が厳められた指輸をゾディアックに見せた。
「スピード昇格ってやつだ。2日で昇格した記録は今までないらしい」
「ベルさんは元々ダイヤモンドだったから昇格早くて当然でしょ〜」
「おいおい。嬢ちゃん。俺だってしっかりと規定任務数こなしてんだぜ?」
へらへらとした様子のベルクートをビオレはむっとした表情で見つめる。ふたりは同じランクだが、その力量差は天と地ほどに離れている。
「もっとベルさんには厳しくていいのに。そう思うよね? マスター」
「そうだな……」
「っか〜。弟子には甘いねぇ、最強のタンザナイトさんはよ」
呆れたように言って、ベルクートはゾディアックの対面に座り足を粗む。ビオレはゾディアックの隣に座った。
「それで、大将。以前の話、考えてくれたか?」
「以前の話?」
「覚えとけよ〜。ほら、俺のキャラバンでお前の菓子売ろうぜって話」
ゾディアックは、ああ、と思い出したように言った。
ベルクートのガーディアン復帰の日に、自作のガトーショコラを渡したときの話だった。
銃だけではさっぱり店が繁盛しないため、ゾディアックが自作した菓子を売ってみないかという相談を持ち掛けていた。
「で、どうよ。いい返事を期待しているんだが」
ゾディアックは腕を組む。
「……マスターのお菓子って、売り物になるくらい美味しいの?」
ビオレはふたりに向けて聞いた。
決してゾディアックの菓子がマズいというわけではない。だが、人様に売れるほどの物なのか、単純に疑間だったのだ。
「味とか形については改良の余地はあるぜ? ただ、「最強のガーディアン、ランク・タンザナイトのゾディアックが作った異国の菓子、世間を賑わせている注目のデザートを作っている」……これだけでも広告としては充分効果を期待できるね」
「そういうもの?」
「少なくとも無視はないだろうな。いいか悪いかは置いておいて、印象に残れば広告としては成功よ」
ビオレは「ふーん」と感心するように言った。
「で、どうよ?」
聞かれたゾディアックは頭を振った。
「問題が、ありすぎじゃ、ないか?」
「これはあくまで提案の段階だ。やる気があるかどうかって話」
「……食品関連を扱うのは、その、怖い」
食品のみを取り扱うキャラパンの数は多いが、そのぶん問題を起こす者たちも多い。食品の安全性や品質に欠けていれば、即悪い話が市場に出回り、自分の居場所がなくなる。購入した食材で食中毒を起こした市民が、キャラバンを訴えて国外追放した例もある。
武器防具に比べ、圧倒的に触れる人が多い食材関連を扱うキャラバンを経営するのは、至難の業だろう。
キャラバンとはいえまだ経験の浅いベルクートに、衛生管理のプロでもないガーディアンが作ったデザートなど、危険物扱いされてもおかしくない。
「やめておいた方が……いいと思う」
ゾディアックは申し訳なさそうに言った。ベルクートは唸った。
「うーん。いいアイデアだとは思うんだけどなぁ」
「それやっちゃったらマスター本業変わっちゃうでしょ」
「あくまでお菓子作りは趣味なんだ。仕事にするような物でもない」
ビオレの言葉に続くように、ゾディアックは言った。元は恋人であろロゼのためにやり始めた"趣味"だ。
趣味を仕事にしてもあまりいいことはない。趣味としての気楽さと楽しさがなくなってしまうからだ。
プレッシャーを感じ、苦痛になるか、飽きるか。どちらになるかはわからないが、結果は目に見えている。
「そっかぁ、だよなぁ。なんか違う手考えないとな」
「いいのか? 俺は?」
「ん? 何がよ」
「ほら、宣伝。銃の」
「ああ、それなんだけどなあ。なんかやる気満々の宣伝娘がいてよ」
「あ〜、カルミンのことだ〜」
ビオレがニヤニヤとした表情を浮かべ、頬杖をつく。
「任務中、ことあるごとにベルさんのこと聞いてくるから、すぐわかるよ」
「マジかよ。そんなにモテることしてねぇぞ」
「いやぁ、ダンジョンのときのベルさんはかっこよかったよ。あ、もちろんマスターも!」
「そ、そう?」
照れるゾディアックに対し、ベルクートはため息をつく。
「かっこつけすぎたかなぁ」
「それでモテてんだからいいじゃん!」
「こんなおっさんが相手じゃ、相手に失礼だっつうの」
「頑張れベルおじさま」
「応援してる、ベルおじさま」
「はっ倒すぞテメェら」
それから3人は談笑し始めた。ゾディアックは話しながらも時折、先ほどの話しを考えていた。
お菓子作りを仕事にする気は毛頭なかった。だが、少しだけ興味があるのも事実だった。
それをしたら、人から好かれるようになるのかもしれないと、ゾディアックは思ったからだ。
★★★
「ていう話があったんですよ」
キッチンにて、ビオレは隣にいる口ゼに向かって今日のあらましを話していた。
「それは結構興味がありますねぇ」
トマトを切っていたロゼは楽し気な話で言った。
「ゾディアック様がお菓子のお店を開くなら毎日通っちゃいます」
「まぉ色々と問題があるんだけどねぇ」
「ゾディアック様の性格ですか?」
「いや、食品とかそっちの方だよ。ロゼさんたまに容赦ないこと言うよね」
「今いませんしね、彼」
ゾディアックは入浴中であるため、この話は聞こえていないだろう。
ロゼはクスクスと笑った。
「まぉ、あの人がやりたくないならやらなければいいですし、やりたいならやればいいと思います」
「適当だね、なんか」
「そっちの方がいいんですよ。あの人は直感的に動いた方がいいのです。結果としてそれを上手い方向へと持っていく力があるので」
「ふぅん。確かに、そうかも」
自分が救われたときのことを、ビオレは思い出した。
「カリスマって言うんですかねぇ。それがあるので、もっと堂々と振る舞えばいいのになぁって思います。そしたら、もしお店を開いても、築盛すると思います」
「あまり反対じゃないんだ。お菓子のお店」
「ええ。ゾディアック様ならすぐに売り物になるのを作るかと。あの人、最終的には凄い実力を見せつけるので。遅咲きの花、とでもいいましょうか」
「やればできるって感じかな。ただ、卵くらいは上手く割って欲しいけど」
言いながら、ビオレは見事に卵を割った。
「ただ、もし開くことになっても、お菓子の完成度に問題があるからなぁ」
「そうですね。いわゆる、お菓子の先生がいれば、話は別ですけど」
「そんな人、ギルバニア王国とかにしかいないんじゃないかな?」
「少なくとも、サフィリアにはいないでしょう。デザート屋さんとかないですし」
「デザートかぁ。今度はマスターに何作ってもらう?」
ビオレがニコニコとし笑顔を浮かべで聞いた。
ロゼは人格し指を顎に当てて考える。
「何を頼みましょうかね」
悪戯っぽい笑みをビオレに向けて言った。
★★★
青い体毛が特徴的な狐顔の少年は、いつも通り自分の家に帰ろうとした。
いや、家という立派な言葉は使えない。ねぐらだ、住処だ。雨風がしのげる箱だ。
それでも外で寝るよりはマシだった。永遠に目覚めないかもしれない心配を抱えながら、眠りたくはない。
息を切らしながら亜人街の細く、入り組んだ道を進み、曲がり角を曲がったときだった。
何かが、固い何かが足に当たり、少年は頭からすっころんだ。
「いっ……てぇな!! 酔っ払いが!! こんなところで寝てんじゃねぇよ!!」
大声を上げて罵声を浴びせる。例え相手がガーディアンでこの後怒らせたとしても、自分の意思は示しておくのが少年の流儀だった。
だが、倒れている者はピクリとも反応しない。
少年は、倒れている人間に違和感を覚えた。
黒い服を着て、うつ伏せで倒れている。髪は茶色。顔はよく見えない。
体格的に男だろうと直感的に少年は理解する。
そして気づいた。
男に、魔力が流れていないことに。
死んでいると直感的に思った。事件だろうか、殺しだろうか。
巻き込まれるのはごめんだと、少年はその場を離れようと急いで立ち上がる。
その時だった。
「う……」
倒れていた者から、呻き声が聞こえた。
生きている。なのに、魔力が見えない。
その瞬間、学がない無知な少年でも、倒れているのが"何なのか"を理解した。
「マジかよ」
ありえない、と思ったが、こういうことはある。
なぜ、ここにいるのかわからないが、こういうことはある。
倒れている男は、「異世界人」だった。
「マジかぁ……なんでいんだよ……どうすっかなぁ、これ」
少年はため悪をついて、男を見下ろした。
面倒なことになりそうだと思いながらも、少年はその場から動けずにいた。
ここで見捨てたら、なぜか、後悔すると思ったからだ。
少年はもう一度ため息をつくと、諦めたように男の服を掴んだ。
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