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ディア・デザート・ダークナイト  作者: RINSE
Dessert3.ブルーベリーマフィン
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第68話「ラズィ・"ホーネット"・キルベル」

 サフィリア宝城都市の北地区は、セレブ、いわゆる富裕層が多く住む高級住宅街となっている。

 家構えも立派だが、使っている食品や家具も高級品ばかりであり、個人で馬車を持っている者も大勢いる。自分は金持ちです、というアピールをするためなら、ここの住民は金に糸目をつけない。


 買えるだけ買い、揃えるだけ揃え、稼げるだけ稼ぎ、そして弱者から毟るだけ毟る。


 全員が全員そうだとは言わないが、金持ちは総じて性格が悪くずる賢い。馬鹿じゃ金は稼げない故に厄介だ。


 唯一弱点があるとするならば、無駄な贅肉と脂肪がつきまくった、その惰弱な肉体だろう。


 「殺し屋」、ラズィ・”ホーネット”・キルベルは、そういう相手と戦うことを、もっとも得意としている。




★★★




 乱暴に自室の扉を開けたタウゼント商会役員ハンジットは、眉間に皺を寄せながら部屋の奥にある大理石でできた机へ向かう。

 イラつきが隠せていない様子で煙草を吸い続ける。商談や飲み会を繰り返していたせいでついてしまった丸い頬と二十あごが、煙を吐き出すたびに揺れ動く。


 大きく膨れ上がった腹を揺らしながらハンジットは黒革でできた椅子に座り一息つくと、大理石の机に拳を叩きつけた。


「あのガキ……」


 今日あった会議の出来事を思い出すだけで、虫唾が走る思いだった。

 突然、商会と手を組みたいと言ってきた男がやってきた。


 ヴィンセントと名乗ったその男は、機械大帝国「ブラックスミス」で銃器および”車”の製造・販売を行っている商人だった。

 30前後の若造で、女のような顔をしており、長い金髪が印象に残っている。


 だがそれ以上にハンジットの脳に焼き付いているのは、


「ハンジット様は、低身長に短足おまけに肥満体質なので、車の運転は難しいかと」


 あの人を心底小馬鹿にした笑顔だった。


「くそ!!」


 両手の拳をもう一度叩きつけた。

 ガーディアンの武器製造を担っており、ギルバニア王国からも厚い信頼を得ている、タウゼント商会の役員である自分が、あんな若造に笑われた。

 おまけに他の連中も含み笑いをしていた。


 怒りが収まらなかった。”少しだけ発散してきた”とはいえ、全然気分は晴れない。


 荒々しい呼吸を繰り返していると、コンコン、というノック音が聞こえた。


「……誰だ」

「本日の”担当”です」 

「入れ」


 ハンジットは灰皿に煙草を押し付ける。帰ってくるときは吸殻はなくなっている。メイドを殴って躾けた甲斐があったというものだ。


「失礼します」


 扉が開くと、女性が姿を見せた。

 クルクルとパーマがかけられた桃色のショートヘア。端正な顔立ちに糸目の美人。

 肩から先を出し、大胆なスリットが施された黒色のワンピースランジェリーを身に纏っており、非常に妖艶な風体だった。腰からは下着の紐が見えていた。

 身長は高い方であり、肉付きもいい。胸の大きさと形が服の上からでもハッキリとわかる。


 ハンジットの鼻の穴が開く。ようやく本格的なストレス発散ができそうだと思い、膝の上を叩いた。


「こっちにこい」

「はい」


 桃色の女性はクスッと微笑み近づいてくる。足が動くたびに太腿が露出している。少しでも風が吹けば、下が露になるだろう。


「俺の膝の上に乗れ」


 正面に立った女に命令をする。この時がハンジットにとって至福の時間だった。

 相手は返事をして膝の上に乗る。そしてハンジットの首に手を回した。


「今日は思いっきり楽しめそうだ」

「あら。いやなことでもあったのですか?」


 女性が聞いてくる。糸目が薄く開けられ、そこからエメラルドグリーンの瞳がのぞいた。

 ハンジットは目を逸らせず、頷きを返した。


「ああ、若造に舐められてね」

「それで怒りながら帰ってきたのですか?」

「いいや。ちゃんとストレスを発散してきたよ」


 ハンジットの脂ぎった手が、女性のスリットの中に入れられる。


「それに今からもね」

「何で発散してきたのですか? 女性だったら妬けてしまいます」

「キミは口が上手いね……西地区に住んでいるスラム住民だよ」


 女性が笑みを消した。


「へぇ」

「南地区で会議を終えたら、みすぼらしい恰好をした幼い兄妹がいてね。家族の所まで送ってあげたから、親に金を要求したんだ。そしたら抵抗してきた。俺の親切心を無下にしたからな」


 拳を握って女性に見せる。


「だから殴った。体はなまっていたが、馬鹿家族をぶっ飛ばした。あんなひょろい連中なんかに遅れは取らない。父親は必死に抵抗してきたが、最後は顔面を踏んでやった」

「お強いんですねぇ」

「まぁ、これでも元ガーディアン……格闘士(モンク)としてモンスターと戦ってきたからな」


 ニッと笑って、女性の頬に拳で触れる。


「ガキンチョ共も壁に叩きつけた。これで少しは利口になるだろう」

「それはそれは」

「西地区に住んでいるような、ろくでなしの人間を相手にしてきて、ちょっとだけ疲れたよ」

「素敵ですよ、ハンジット様」


 女性は声を上げて笑った。ハンジットもつられて笑う。

 そして女性の腰に手を回した。


「でもまだ残っているからね。さっそく発散を」




「ハンジット・ラグーヴェン。58歳の豚みたいな見た目、か」




 冷ややかな声が全身を撫でるようであった。

 ハンジットが目を丸くして女性を見つめる。


「性根から豚の間違いね」

「てめっ……」


 侮蔑に塗れた女性の視線を受けて、ハンジットは腕に力を込めようとした。

 その瞬間、たるんだ頬に鉄拳が打ち込まれた。


「がっ!!」


 顔が横を向く。女性はハンジットの耳を掴み、無理やり正面に向かせると鼻に向かって膝蹴りを浴びせる。

 鼻っ柱が折れ鮮血が飛ぶ。


 耳を掴んだまま体重をかけ、女性は馬乗りになる。


「発散の時間ですよ」


 女性は思いっきり仰け反り、首を上に向けると、勢いよく振り下ろした。ハンマーの如き勢いで、頭突きを男の顔面に見舞う。


 マウントを取ったら速攻で決める。いつもそうしてきた。


 もう一度同じ動作で顔面を潰す。このまま頭蓋骨ごと潰すこともできたが、そうはさせない。


「まだ起きているでしょう?」

「ぶっぶっ、ぶあっ」


 鼻が潰れ、前歯が無くなり、唇が避けているハンジットは、血が喉に引っかかって呼吸ができずにいた。


「仕事で上手くいかなかったから、罪もない家族を痛めつけてきた? クソ野郎。自分が何をしても許されると思っているのかしら」


 女性は脇に潜ませておいたサバイバルナイフを抜き取る。天井の光に照らされる鈍い銀の光が、ハンジットの顔を照らす。


「ば、ま、まっべ」

「待たない。待つ意味がない」


 ハンジットの目尻に涙が浮かぶ。


「安心して。殺しはしないから」


 女性がにっこりと笑みを浮かべる。


「楽に死ぬより、辛く、そして苦しく、生きてもらうわ」


 激しく動いているハンジットの喉に、女性はナイフを突き刺した。




★★★




「聞いたか、商会役員のハンジットさんの話」

「ああ。なんでも事故って記憶喪失になっちまったらしいな」


 東地区にあるバーだった。アミューズメントバーのような施設であり、誰でも気軽に入ることができる。

 鎧を着たガーディアンふたりがテーブル席で話している。


「なんでも夜のお世話をしに来た女が怪しいらしい」

「女が魔法でも使ったってか?」

「さぁなぁ。かなり殴られた痕があったからもしかしたらモンスターに襲われたんじゃないかって話もある」

「結局噂かよ」


 カウンター席に座りながら、後方の男たちの話に耳を傾け続ける。


「ただ、さ。記憶がないけど金を持っているせいか、スラムに支援し始めたんだよ」

「へぇ~。マジかよ」

「スラムを痛めつける富豪から、弱者を助ける富豪になりつつあって、人気もちょっとずつ出ているらしい。あ~、あと何かみすぼらしい家族を自分の屋敷に住ませているとかなんとか」

「ニュースでもやってたな。記憶がねぇけど、なんかそうしたかったらしい。きっと体が覚えてたんだろうよ。スラムの連中痛めつけていたのを」

「まぁ、ただかなり苦労するのは目に見えているがなぁ」


 どうやらハンジットのスラム住民に対する暴虐っぷりは、一般人にも知れ渡っていたらしい。

 だが、その話も少しずつ、いい風に変わっていくだろう。


 カウンターに置いてあったアンバーシェルが振動した。

 電話に出て、声だけを聴く。


『新しい仕事だぞ。”ホーネット”。いつもの場所で詳細を告げる』

「了解しました」


 通話を切ると、とんがり帽子を深くかぶり、席を立つ。


「マスター、ごちそうさまです。お金置いておきますね」

「はいよ。また来てね、ラズィちゃん」


 魔術師(マジシャン)、ラズィ・キルベルは、桃色の髪と糸目をマスターに向けると、優しさ溢れる笑みを浮かべて頷いた。


 殺し屋、ラズィ・キルベル。


 「心を殺す」殺し屋として、今日も彼女は活動を続けていた。

 ガーディアンと暗殺者というふたつの顔を持つ彼女は、必死に動き続けるしかなかった。


 姉を取り戻すために。


 そしてようやく、その機会が来た。

 ゾディアック・ヴォルクスと出会い、彼がターゲットになった。

 時が、来たのだ。


お読みいただき、ありがとうございます。


次回もよろしくお願いいたします。

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