第6話「ヴァンパイア」
肩まで伸びた髪を靡かせながら、ロゼはゾディアックに駆け寄り、抱きついてきた。
鎧の上からであるため体温は感じられない。
それでも、心は温かくなった。
ゾディアックは笑みを浮かべ、優しく抱きしめ返す。
「ただいま。ロゼ」
「はい。ご無事で何よりです、ゾディアック様」
ロゼ、と呼ばれた少女は、ゾディアックの顔を見上げる。宝石を思わせる赤い瞳が瞬く。かと思うと、顔を赤くして視線を落とす。
「ご、ごめんなさい。私ったら、はしたない……」
恥ずかしそうに言って距離を取る。ゾディアックは行き場のない両手を使って兜を外す。
兜の下から青紫色の髪と浅黒い肌、そして顔が外気に晒される。
切れ上がりの目には力があり、女性のように長い睫毛がより目力を上げている。整った顔立ちに鼻筋が通っており、シャープな顎のラインのおかげか、優しい印象を与える顔をしている。
まるで雑誌の表紙を飾るような美青年、今度の映画で主役を務める役者と言っても過言ではない美貌を持つゾディアックは、開放感から微笑みを浮かべる。それだけで女性の心を射止める破壊力を秘めている。
「汗だくですね」
口元に手を当て、ロゼはクスクスと笑うと、喉を鳴らして腰に手を当てる。
「もうすぐ料理が出来上がるので、お風呂に入ってきてください」
「わかった」
兜をロゼに預け、手慣れた動作で小手を外す。
「お預かりします」
「ありがとう」
小手も手渡し、巨大な鎧を脱いでいく。重たい鎧から解放され一息つくと、具足を外し、ようやく家に上がった。
重たい防具を持ち、大剣を背負いながら、装備部屋へ向かう。両手に兜と小手を抱いたロゼは、その後ろをついていく。
リビングに向かう途中にある扉に触れ、魔力を流し込む。扉が自動的に開き中に入ると、ゾディアックの魔力を感知した電球が明かりをともす。
壁に立てかけられてある数多の武器・防具の類と、大量にあるチェストが照らされる。
見渡す限りの装備、道具類。もしすべて売ったとしたら、国ひとつを買えるくらいの金額になるだろう。
部屋の中央には使い古された大きめの作業机が置かれているだけ。
ゾディアックは机に装備を置いていく。
「ここにおいて大丈夫ですか?」
「ああ」
「かしこまりました」
白い肌の小さな手を動かしながら、小手と兜を丁寧に置いていく。
ロゼはそれからゾディアックの背中に回り込み、大きく背伸びをして鎖帷子を外そうとする。
「よいしょっと」
が、届かない。
ゾディアックは口角を上げると、自分で防具を外す。均整の取れた、筋骨隆々な上半身が露になる。
「むぅ。ゾディアック様は大きくてズルいです」
背伸びして両腕を上げていたロゼは、不機嫌そうに頬を膨らませる。
まるで抱っこを拒まれて拗ねる子供のようだった。
「足の裏削ってください。ゾディアック様」
背伸びをやめ、両手を腰に当てて言った。
「無理だ」
「削ってください」
「いやだ」
「じゃあ私に30センチください」
「ロゼは小さい方がいい」
「うわぁ。ロリコン発言ですかぁ~。ゾディアック様」
「ロリコンじゃない。だいたい、年はロゼの方が上だ」
「”設定上”では同い年ですよー」
口元に笑みを浮かべ、ロゼは言った。可愛らしい少女に癒されながら、雑談を続けて数分後、ようやく風呂に入った。
風呂に入ってからも「お背中お流ししましょうか」と言ってロゼがからかってきた。
その気なら、黙って入ってくるくせに。ゾディアックは適当にあしらいながら、ゆっくりと体の疲れを癒した。
★★★
白いシャツに灰色のルームパンツに着替えたゾディアックがリビングに入ると、ロゼが黒のフリルスカートを躍らせながら、料理が盛られた皿を運んでいた。
「いいお湯でしたか? 今日はレズマビークのお肉を買ったので、唐揚げにしてみました!」
ロゼの楽しそうな声がリビングに木霊する。
「鎌鳥の肉か」
「はい! 近場を通ったキャラバンでお買い物をしました!」
ゾディアックが席に着くと、瞬く間にさまざまな料理がテーブルを彩った。
唐揚げの他に、キングサーモンのソテーに、爆牛のホワイトシチュー、好物であるオーロラベジタブルもある。
最後に、麦のパンが大量に入った浅型のバスケットをロゼは持ってきた。
料理の準備が整い、ふたりは向かい合うように席に座る。
「どうぞ! お召し上がりください!」
「……いただきます」
ゾディアックはフォークを使って唐揚げを頬張る。肉厚で、こってりとした油が口内を蹂躙する。
朝、昼と、エネルギー補給用のメープル・レモンウォーターしか口にしていなかったため、胃袋は空っぽに近い状態だった。
ロゼの作った料理に舌鼓をうちながら、どんどんと料理を平らげていく。
「美味しい」
短い言葉だが、本心から沸き起こった言葉を口に出す。
ロゼは「ふふん」と言って自慢気な顔をする。
「当然です。愛情をいっぱい注いでますから!」
「ありがとう、ロゼ」
「どんどん食べてください! あ、シチューのおかわり持ってきましょうか!」
頷き、空になった皿を差し出す。
ロゼと一緒にいると、疲れも嫌な出来事も、すべて吹き飛んでしまう。我ながら単純な思考回路だと思うが、嫌いではなかった。
幸せだから、まぁいいか。
そう思ってしまうのだ。
それからテーブルに並べられた大量の料理は10分足らずで姿を消し、あとには綺麗な皿達が残るだけであった。
★★★
キッチンで食後のコーヒーを入れていると、ダイニングテーブルから少し離れた位置にある、コーナーソファに座っているロゼが目に入った。
ヴィレオンに映し出された映像を、食い入るように見つめている。大きな画面に映し出されているのは、情報バラエティ番組だ。
噂のデザート特集と左上には書かれてあり、画面下の字幕に、でかでかと「パンケーキ」なる文字列が表示される。聞いたことがない名前だった。
「美味いのか?」
「わかりません。私も聞いたことがなくて」
ゾディアックはコーヒーをテーブルに置き、ロゼの隣に座る。ふたりの視線が、映像に釘付けになる。
映像内ではヒューダ族の女性レポーターが、赤いテーブルクロスが引かれたテーブル席に座っていた。
その前に皿が運ばれてきた。乗せられていたのは、表面が小麦色に焼けた、低い円柱型のパンのような食べ物だった。
『こちらは”風の国”、ラフト国にある喫茶店なのですが、店内はすごい盛り上がりを見せております! なぜこれほどまでに盛況なのかと言うと――』
レポーターはやけに明るい声で喋り続けながら、テーブルに置かれた皿を両手で差す。
『この”パンケーキ”と呼ばれるデザートが大ブームになっている模様です! さっそく、私も食べてみたいと思います!!』』
レポーターはパンケーキに茶色の、ドロッとした液体を大量にかけて口に頬張る。
「ハチミツか」
「みたいですねぇ」
『おふ! おうふぃ!!! ふわっふわしてる!』
はしゃぎながらレポートしていると、ヒューダ族の男性店員が皿を運んできた。
『こちらはラムネスライムの素材を使用して作られた、特製シロップでございます。酸味を加えているため、違う味が楽しめます』
営業スマイルを顔に張り付けながら、皿を手で示して言った。
レポーターは感激したような表情を浮かべると、パンケーキにシロップを絡めて口に運ぶ。
『あ、美味しい! 甘い炭酸が、絶妙に合いますね』
見ているだけで口の中に甘みが広がる映像だった。
「いいなぁ」
ロゼがボソッと、真剣な顔で呟いた。
「……食べたいのか?」
「はい。パンケーキとやら、食べてみたいです」
そう言って、オレンジの頭をゾディアックの肩に当てる。
「ごめんなさい、我儘ですよね」
切なそうに言った。
ゾディアックは、自然な動作でロゼの肩を抱いた。
ヴィレオンはパンケーキの映像を映している。
「じゃあ旅行がてら、ラフトに行くか」と提案したい。だが、どう頑張っても行けないことは重々承知だ。
原因はロゼにある。
ロゼはディアブロ族――俗に”ヴァンパイア”と称される、人々から忌み嫌われているモンスターなのだ。
お読みいただきありがとうございます。
ブックマークや下の☆☆☆☆☆が並んでいるのを押して評価してくれたら、ヒロインがもっと可愛くなります。
嘘です。今でも充分可愛いです。
次回もよろしくお願いします。




