第67話「駆け出しのガトーショコラ」
セントラルを訪れると、ビオレは掲示板へと向かった。
傷が完全に癒えたため、リハビリになりそうな、手頃な任務を探していた時だった。
「ビ、ビオレさん!!」
後ろから聞いたことのある声がかかった。
振り向くと、カルミンとミカがいた。どちらも装備を整えており、怪我もなかった。
両者ともに、表情は暗い。
「……なに?」
首を傾げて聞くと、バッと、ふたりは頭を下げた。
「本当に、ごめんなさい!!!」
「え……?」
ビオレは目を見開いた。
「あなたに嫉妬して、あんなことをして、本当に反省してるわ。償う、何でもする! だから、どうか、許してください……!!」
「私もごめんなさい! 悪いのは、私もなの!」
カルミンに続いてミカも謝罪の言葉を述べる。
「いや、あの」
「どんなことでもするわ!!」
ビオレはきょろきょろと辺りを見渡す。
数人のガーディアンが好奇の目で見ていた。
このままでは悪人にされてしまうと思い、意を決してカルミンを見つめる。
「……別に、謝らなくていいよ」
冷ややかな口調で言った。
「言ったよね。許す気なんてない。殺されかけたんだもん。当然でしょ」
カルミンの肩がびくっと上がる。
「だからさ、何でもするなら、私とパーティ、組んでよ」
「え?」
カルミンとミカは顔を上げた。
「あなたたちは、私のこと嫌いかもしれないけど、私、結構楽しかったんだ。こう、お友達
になれるかなって、思って」
ビオレは切なげな笑みを浮かべる。
「私、まだマスター以外に、仲のいい子いなくて……。だから、もし仲良くしてくれたら、嬉しいな」
裏表のない、ビオレの本心からの言葉だった。
カルミンとミカは顔を見合わせたあと、ビオレに向き直った。
「……私で良ければ、ぜひお願いしたいわ」
「うん! 仲良くしてほしいなぁ」
カルミンは手を差し出した。この世界では人間も亜人も知っている共通の挨拶、握手だった。
ビオレはそれに応じる。
「ごめんなさい、本当に。あと、ありがとう。ダンジョンで私を守ってくれて」
「うん、大丈夫。みんな生きてるし」
言ってから、ビオレはあることに気づく。
「そう言えば、ロウルさんは?」
「大丈夫だよぉ。もう歩けるくらいには回復しているみたい」
あんな大怪我を負ってよく生きていたものだと、ビオレは感心した。
「そっか、よかった……」
安堵の表情を浮かべ、ビオレはふたりに微笑んだ。
★★★
遠くから見ていたゾディアックは、一件落着したのを見て受付に向かう。
ちょうどよくガーディアンがいなくなり、目的の人物の前に立つ。
「レミィさん」
「よ。黒光り野郎」
レミィはニッと笑った。
「ありがとうございます。また、助けられました」
「ああ、いいよいいよ。エミーリォの爺ちゃんも喜んでたし」
セントラルのオーナー、エミーリォ・カトレットの孫娘であるレミィは、ダンジョン攻略の件に関して、ゾディアックたちの肩を持ってくれた。
セントラルの危険度確認不足ということもあり、今回は大目に見て貰えた。ゾディアックたちに対する処罰も、まったくなかった。むしろ感謝されたくらいだ。
「ただ、もう自己中心的な行動は慎んでくれよ」
「ああ……あ、そうだ」
ゾディアックは布袋を取り出す。
「レミィさん、甘いの好き?」
「ん? ああ、好きだけど」
「これ、た、食べて欲しい」
ゾディアックは綺麗なラッピングが施された、一口サイズのガトーショコラを手渡した。
「え、なにこれ?」
「お、俺が……焼いた、デザート、です」
「お前が!? マジで!? へぇ~」
レミィは口角を上げて受け取った。
そして、ラッピングを丁寧に解き、少しだけ齧る。
「んん!? 美味い!!」
「本当か!?」
「ああ! すげぇ、ゾディアック! 超うまい!」
「ひ、日頃の感謝、って……やつ。です」
たどたどしく言う相手に対し、レミィはふふっと笑った。
「嬉しいね。真面目に働くもんだ。ゾディアック」
「ん?」
「嬉しいお知らせがある」
「なにそれ?」
「すぐにわかるよ」
首を傾げていると、遠くからビオレが呼ぶ声が聞こえた。
「呼ばれているぞ、行ってこいよ」
「あ、ああ」
「また作ってきてくれよ!」
ゾディアックは頷きを返し、レミィから離れる。
そして3人の元に行くと、ミカが掲示板を指差してた。
「ゾディアックさんも来たしさぁ。せっかくだし、新しいパーティでもう一回昇格試験受けようよぉ」
「マスター、引率してくれる?」
「いや、俺は、その、無理だ」
ビオレは首を傾げる。
「女の子ばっかりじゃ恥ずかしいの?」
「そうじゃなくて。ランクの差がありすぎるから、俺は昇格試験には行けないんだ」
昨日の今日でまた自分勝手な行動を取ったら、今度こそ権利剥奪だ。
ゾディアックは力強い口調で言った。
「じゃあ誰か適当に誘おうか」
カルミンが言った。
その時だった。
ゾディアックの肩に、手が回された。
「よぉ、お嬢さん方。席が空いているなら、俺を誘ってくれや」
ゾディアックは横を向いて、緊いた声を上げた。
「……ベルクート!!」
「よ」
ベルクートは手を挙げる。
「な、なんで。出ていくんじゃ」
「うわ、そんな言い方あるか? お前が「行くなよ」って言ったんだろ。だから行かなかったのに」
ニッと笑って、指輪を見せた。
「サフィリアのガーディアンとして、一から出直しってやつだ」
指輪には、白色の真珠が施されていた。
「ランク・パール……"駆け出し"から始めるのか?」
「あんなくすんだダイヤモンドじゃあ、やる気が出ねぇのさ」
「……じゃあ、キャラバンはやめるのか?」
「馬鹿言うな。銃を売りながらやるんだよ」
ベルクートは回していた手を外し、ゾディアックの肩を拳で軽く叩いた。
「頼むぜ、大将。俺はお前についていくことに決めたんだ」
「ついていく? 別に、どこにも行かないぞ?」
「どこか行く時があるかもしれねぇだろ? そん時は、俺も一緒に行ってやるよ。お前みたいなガーディアン、見てるだけで面白れぇからよ」
そう言うと、ベルクートは3人に寄った。
「というわけで、オッサンでよければだけど、パーティ入れてくれねぇか?」
「私はベルさん大歓迎だよ!」
「うん、私もぉ!」
ビオレとミカが言った。カルミンは、両手を胸の前に合わせた。
「は、はい!! ぜひ、よろしくお願いいたします!! ”おじさま”!」
一瞬、時間が止まった。
カルミンの顔は、ほんのりと赤い。
「お、おじ、さま……?」
ベルクートは首を傾げて類を引きつらせた。
「は、はい! ベルクートおじさまの戦いっぷりと、守る姿に、えっと、その、と、虜……え、えっと違う! ふぁ、ファンになってしまいました!!」
「は、はぁ。どうも」
興奮した様子の相手に、ベルクートは軽く頭を下げた。
その時点でゾディアックは我慢できず噴き出し、ビオレは口元を押さえた。
「笑ってんしゃねぇよ! お前ら!」
「ご、ごめん、だって、おじさまって」
「が、頑張れ、ベル、おじさま……」
笑いをこらえながら、ふたりが言うと、ベルクートは頭をガシガシと掻いた。
「ああ、もう、うざってぇな!! いいから行こうぜ! おじさまについてこい!!」
大袈裟に手招きすると、ふたりは大きな笑い声を上げた。
ベルクートは、どこか恥ずかしがりながらも、気持ちのいい笑みを浮かべて、新しい仲間たちの姿を見つめた。
「とりあえず、任務受注してこよっか!」
ビオレが言うと、カルミンとミカが頷いて、3人はレミィの元へと走って行った。
「っか~……。まさか30過ぎて、ガキと一緒にモンスター退治とはねぇ」
呆れたようにベルクートは言うと、その背中について行こうとする。
「ベル」
ゾディアックが呼び止めると、顔が向けられる。
「どうした?」
「よかった。また、一緒に任務ができて」
「よせよ。男からベタベタされても嬉しくねぇわ」
「これ」
ゾディアックはガトーショコラを手渡した。
「……あん? なんだ、これ? チョコレートケーキか?」
「ガトーショコラって言うんだ。俺が作った」
「へ~……あ? 誰が作ったって?」
「俺」
「お前?」
「俺」
「本当に?」
「うん」
ベルクートは顔を引きつらせた。
「……どいつもこいつも、厳つい見た目の野郎はみんな甘党か?」
「い、いやなら食べなくても」
「馬鹿野郎。貰えるもんは貰うわい。食ってクソマズかったら燃やすからな」
そう言って乱暴にラッピングを取ると一口で食べた。
口を動かし、そして信じられない物を見た時のように、目を見開いた。
「うまぁ……!」
「だ、だろ! よかったぁ」
「いや、マジでうめぇな」
呟いたあと、ラッピングの包み紙を見つめる。
「これでベルクートも完了したから、あとはビオレの友達と、ラズィさんとあの獣人の子と……」
「なぁ、大将」
ベルクートはゾディアックに視線を向けた。
「俺、まだキャラバンやっているって言ったよな?」
「え、うん」
「でも商品はさっぱり売れねぇ。銃だけじゃ無理だ。このままじゃあ廃業だ」
「……だ、だから?」
ベルクートは大きな笑みを、顔に浮かべた。
「お前のデザート。完成度高めてよ、俺の店で売ってみねぇか?」
「……へ?」
ゾディアックは間抜けな声を出した。
冗談だろ、と言いたかったが、言えなかった。
ベルクートの目は、商売人の目だった。
ギラギラと、光っている。
「……マジで?」
「大マジよ。任務終わったら、話をしようぜ」
そう言うと、ベルクートはゾディアックの肩を叩いて、3人の元へと向かった。
「……えぇぇ……?」
疑問符が浮かんだまま、緑髪に青いコート姿の後ろ姿を、ゾディアックは見つめた。
不敵な笑みを浮かべた横顔と、腰に付けられた銀色の銃のグリップが、明るく輝いているのが見えた。
Dessert2.ガトーショコラ Completed!!
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