第66話「甘くてほろほろ、ちょっぴりビター」
今回で第2章終わり……ではない!
ビターチョコレート200グラム。板チョコ4枚分。
生クリーム100グラム。
卵2個。ちなみに、さきほど1個割るのに失敗している。
薄力粉9グラムに、グラニュー糖10グラム。
型、クッキングシートなる魔法の紙、ボウルにゴムベラ、皿、ざる。
ゾディアックはキッチンの調理スペースに並べられた材料を見つめる。
武器は揃った。
「よし、やるか」
普段着にエプロン姿のゾディアックが気合の声を上げた。エプロンはピンク色で、真ん中に可愛らしい猫の絵がプリントされている。
「いぇ~い!!」
「い、いぇ~い」
傍には助手であるロゼがおり、リビングからビオレがキッチンをのぞいている。
オーロラが出た日から、2日が経った。ビオレも傷が癒え、ようやく調子を取り戻したようだ。
「もうすでに卵一個無駄にしているが、元気にやっていこうと思う」
「幸先いいですね!」
「いや悪いでしょうよ……」
能天気なふたりを見て、ビオレは不安になる。
さっそく調理に取り掛かったゾディアックはチョコレートを手に取る。
「前はこれで失敗したからな。もっと細かく砕かないと」
ゾディアックはそう言って板チョコを重ねて皿の上に置くと。
「セイヤッッ!!!!」
勢いよく手刀を振り下ろした。斧の如き一撃は、4枚重ねのチョコを真っ二つに砕いた。
続けてもう一撃。
「フンンンーーーー!!!」
拳を振り下ろしてチョコを粉砕した。
「って、チョコ割るだけでそんな掛け声いらないでしょう!!」
「チョコ割ってるゾディアック様可愛いですねぇ」
「……ああ、もう、駄目だこのふたり」
ビオレは額に手を当てて、もうツッコむまいと心に誓った。
「生クリームを温めて」
ゾディアックはボウルに生クリームを入れ、手に魔力を流す。火の魔法で一気に加熱し、沸騰直前まで温める。
ロゼがチョコレートの入ったボウルを置くのが見え、そこに生クリームを注いでいく。
あとはゴムベラでかき混ぜるだけ。前回と違い固形物が無いため、一気にドロドロになっていく。
ユタ・ハウエルの動画でやっていた、ゴムベラを持ち上げてチョコレートを垂らす仕草をしてみる。
黒茶の液体がトロトロと流れ落ち、ビターな匂いが充満する。
ゾディアックは口元に笑みを浮かべてグラニュー糖を入れさらに混ぜる。
次にあらかじめ割ってかき混ぜておいた溶き卵を加え入れようとする。
「あ、ゾディアック様。数回に分けて入れるらしいですよ」
本を横から見ていたロゼは、一気に流し込もうとするゾディアックに制止を促す。
「え、ユタ・ハウエルで見た時は一気に入れてたけと」
「どっちでも上手く行くんですかね?」
「……怖いし本の通りにやる」
動画は詳細な作業工程が見れないことが多い。誰かに監修されているわけでもないため、独自にアレンジしている場合もある。
無難に行こうと、ゾディアックは本の指示通りに作業を進める。
溶き卵を使い切りよく混ぜたあと、薄力粉を入れた。
ふるいもせずに。
「あ」
バサッと、無造作に注いでしまい、ゾディアックが声を上げた。それを見ていたロゼとビオレが目を開いた。
「だから雑にやるのやめましょうよ!」
「りょ、量が少ないから大丈夫だって」
「そういう間題なのかなぁ?」
ただこれであと残された作業は、クッキングシートを敷いた型に入れるだけになった。
零さないようボウルを傾け、チョコレートを垂らしていく。流れ落ちる液状のチョコレートは、紙が折り重なるような痕を見せ、厚みを増していく。
ゾディアックは思わず声を上げた。動画や写真の見たままの光景だったからだ。
流し終えると、あとは魔力製品の“オーヴァン”で焼くだけだった。
魔力製品はその名の通り、魔力を使用することで機能する。
オーヴァンは食品を蒸し焼きすることに徹した調理器具のことであり、子供の怪我防止用で、多めの魔力を消費しなければならないのが特徴である。
型を天板に乗せ、ロゼがあらかじめ予熱してあったオーヴァンに入れようとする。
170度で焼くらしい。
「直で温めたら駄目か?」
「ゾディアック様、魔法の調整下手糞じゃないですか。ちょっと力出すだけで金属溶かしてしまいますし」
ゾディアックは何も言えなくなった。
完成までは26分ほど。
オーヴァンに入れて、アンバーシールのタイマーをセットし、ガトーショコラの完成を待つことにした。
1分後。ゾディアックは扉越しに、じっとオーヴァンの中を見ていた。型はピクリとも動かない。当たり前だが。
5分後。まるで変化なし。
「ロゼ〜……これミスったかも」
「大丈夫ですよ〜。ほら、こっち来てヴィレオンでも見ましょ」
「⋯⋯わかった」
ゾディアックはオーヴァンから視線を切り、ソファで手招きしているロゼに近づいた。ヴィレオンは、先日のオーロラについての話をしていた。まさかゾディアックが発生させたものだとは、夢にも思うまい。
それから5分後、ビオレが中を見る。
「もょっと膨れてきてる」
「マジか」
ゾディアックが隣に来てのぞく。確かに膨れ上がっていた。
「おお! やった、出来てるかも!!」
子供のようにはしゃぐゾディアックを見て、ビオレは自然と笑みを浮かべた。
10分後。甘い香りが部屋に充満し始めた。
「いい匂い」
ロゼがオーヴァンの中を見る。ガトーショコラは膨れ上がっており、完成間近といった様子だ。
そして5分後、アラーム音が鳴り響いた。
扉を開けると、漆黒の小手を装備したゾディアックは天板を取り出す。
「小手もこんな使い方されるとは思ってなかったでしょうね」
ロゼがボソッと言うが、ゾディアックの目には完成されたガトーショコラしか映っていない。
型からはみ出しているクッキングシートを持ち、取り出すと、ガトーショコラは下までしっかりと火が通っていた。
「「おお〜!」」
ゾディアックとビオレの声が重なる。あとは冷ますだけだった。
「すごいすごい! 写真撮りましょ!」
ロゼがはしゃぎ、アンバーシェルでガトーショコラを撮る。
「どれくらい冷ませばいいんだろう?」
「ん〜10分くらいですかね?」
今回は上手く行ったらしい。ゾディアックは自分の作ったお菓子を、満足げに見つめていた。
★★★
ロゼは冷ましたガトーショコラをナイフで切り分け、フォークを使い、一切れ口に運ぶ。
口の中にビターチョコの旨味がフワッと広がり、ほろほろとした生地がまた合っている。少し苦味を感じるが、凄く濃厚で、優しい味がした。
若干固形のチョコレートの粒があったが、これがまたいいアクセントになっている。
「ん〜〜〜!!」
頬を押さえて両眼をぎゅっと閉じる。
「最高です!」
「やった!」
「わ、私も食べたい!!」
ロゼは領くと一切れをフォークで刺し、ビオレの前に出す。
「はい、あーん」
「あ、あの、恥ずかしい、んですけど」
「あーん、してください。ビオレ」
圧をかけられ、ビオレは口を開いた。そしてガトーショコラを食べると、ロゼと同じ反応を示した。
ロゼは新しいのを突き刺し、ゾディアックの前に突きつける。
「はい、ゾディアック様も。あーんしてください」
「あ、あーん……」
ゾディアックは前届みになって頬張る。まるで餌付けされているようだと思うと、苦味と一諸に甘味が少し感じられた。
味は申し分ない。
「大成功ですね!」
ロゼのはじけるような笑みを見て、ゾディアックは笑みを返した。
そうだ、この笑顔が見たくて、お菓子を作り始めたのだ。
ゾディアックは、自分の心が満たされていくのを感じた。
それからしばらくして、身支度を整えたゾディアックとビオレは、セントラルに向かおうと玄関にて靴を履いていた。
「ああ、そうそう」
なにかに気づいたようにロゼは両手を合わせると、一度リビングに戻り、綺麗にラッピングされた一口サイズのガトーショコラを持ってきた。
「全部で6個あるんですけど、誰かにお裾分けしてみてはいかがでしょうか?」
「……食べてくれるかな?」
ゾディアックは不安になる。以前まで嫌われていた自分のデザートなど、食べてくれる者がいるかどうか。
ロゼは微笑んで、ゾディアックの顔をのぞきこむ。
「だいじょうぶ! です! お世話になった人がいっぱいいるでしょう? きっと受け取ってくれます!!」
「そうですよ、マスター。きっと、マスターが渡したいと思った人は、受け取ってくれるはずです」
ふたりに勇気づけられ、ゾディアックは頷きを返した。そして、ガトーショコラをビオレの「エスパシオボックス」と呼ばれる小さな布袋に入れた。
持ち主の思想に合わせて形状や内部容量が変化するため、実質的になんでも入れられる袋だ。
準備を終えたゾディアックとビオレは、ドアを開けて外に行く。
空は雲一つない青空が広がっていた。
「行ってくるよ、ロゼ」
「行ってきます!!」
「はい、行ってらっしゃいませ!」
笑顔で言うと、頭を下げてふたりを見送る。
ふたりの背中が見えなくなるまで、ロゼは扉を開けて、見送っていた。
綺麗な太陽が、可憐な吸血鬼を照らしていた。
お読みいただきありがとうございます。
次回は本日、7月17日(金) 12:45更新予定です。
15分後です。
次回で本当に第2章が終了します。お楽しみに。
よろしくお願いします。




