第65話「それぞれの帰路-2」
ガンショップには行かず、ベルクートは喫茶店を訪れていた。
東地区にある建物の2階。この喫茶店は、夜中もずっと営業している。
今日はめずらしい夜景が見えているため、深夜であるにも関わらず、店内は賑わっていた。
「疲れてんだけど」
「知るか。売上は?」
喫茶店の隅の席で、ベルクートとガンショップのマスターは、テーブルを挟んで向かい合わせで座っていた。
周りに客はいない。窓際に行っている。夜景を見に行っているか、それとも皺まみれで頬に大きな傷がある白髪の男に近づきたくないか。どちらかだ。
「売上は?」
無駄に厳つい顔のマスターは、同じ疑問を投げた。
ベルクートは肩をすくめた。
「宣伝活動が終了したし、明日から飛ぶように売れるだろ」
「宣伝? タンザナイトのガーディアンと一緒に任務を行うことがか?」
マスターのにやけ面を見て、鋭い舌打ちをした。
「見てたのかよ」
「サボってないか監視くらいはするわ」
「クソジジイが」
「そのクソジジイに、お前は部屋を借りているんだ」
挑発するような顔に、ベルクートは苛立ちを隠さずに頭を掻いた。
「お前、ガーディアンになれ。ベルクート」
真剣な声でマスターは言った。表情も真剣そのものだった。
まっすぐに見つめてくる眼差しは太陽のように眩しく、ベルクートは顔を背けた。
「んだよ、突然」
「そっちの方が金稼げるだろうが」
「もういいんだよ。どうせ、裏切られて終わるんだから」
しかめっ面でベルクートは言った。
マスターは吐き捨てるように「はん」と笑う。
「全身黒野郎がそんなタマか? 今年で60になる俺はよ、色んな奴を見てきた。そんなかでも、あいつはとびっきりのお人好しだ」
「あんたもそう思うか」
「見りゃわかる。変なプライドを持っている、面倒くさい偽善者だ。お前によく似てるぞ、ベルクート」
ベルクートは声を上げた。
「どこかだよ」
「困っている奴を放っておけないところと、危険な出来事に首を突っ込みたがる。気づいてないのか、お前」
マスターは「やれやれ」と言うように息を吐き出し、椅子の背もたれに体重を預ける。
「ガーディアンをやっている時のお前、ガキみてぇな面してんだぜ? 新しい遊びを覚えたような、そんな顔だ」
「やめろよ、気持ちわりぃ」
「ああ。気持ち悪いな。だがな、そっちの方がいい。暗い顔で無駄な時間過ごすより、よっぽど有意義だ」
そこまで言って、マスターは服の内ポケットから封筒を取り出し、テーブルの上に置いた。
ベルクートは横目でそれをチラと見る。
その封筒の形に見覚えがあり、次の瞬間大きく目を見開き慌てて手に取った。
「な、なんで!!?」
「お前、本当に騎士団だったんだな。正直見直したぞ」
それは、ギルバニア王国の騎士団しか使えない、特別な封筒だった。白色の枠がある以外、これといった特徴がない真っ青な封筒だった。
差出人の名は「アリシア・マクスウェル」。
もはや懐かしさすら感じる名を見て、ベルクートは自然と頬を緩めた。
「なんであんたが、これを持ってんだよ」
「一昨日来たんだよ。お前に渡そうと思ったら全然帰ってこねぇしよ」
「中身見てねぇだろうな」
「見るわけねぇだろ」
マスターが鼻白んだ。
べルクートは封筒を手に取り、封を切って中身を確認する。マスターが「ここで開けるのか」と怪訝そうな顔をしたが、構わなかった。
中には手紙と写真が入っていた
ベルクートは、写真よりも先に手紙を取り広げようとして、動作を止める。
「何してんだよ」
「うるせぇな。心の準備があるんだ」
「ガキかよ」
マスターは鼻で笑って、目の前にある自分のコーヒーカップを手に取る。
「ココア飲んでるあんたが言うな」
「ココアの何が悪い」
「その面でココアはねぇだろ!」
「くだらないツッコミしてねぇで、さっさと見ろよ」
悔しいが言う通りだ。ベルクートはぐっと押し黙り、手紙を広げる。
『ベルクート・テリバランス様。突然のご連絡、失礼します。ギルバニア王国戦闘特化部隊「騎士団ヴァイスリッター)」、6番隊隊長、アリシア・マクスウェルです』
「業務連絡かよ」
もっとくだけてもいいのにとベルクートは思いながら、次の文章を見る。
『今回は、ベルクート様に大切なお話を伝えたく、こうして筆を執らせていただきました。
早速ですが、お聞きします。騎土団に戻る気はありませんか。
現6番隊は、ある危険なモンスターを討伐した功績から、組織内でも上位の立場に位置するようになりました。ベルクートがいなくなってから、隊のみんなが必死になって働いたおかげです。
ひとえに、あなたを迎え入れたい一心で。
組織としては我が隊の声を無視することはできません。私が口添えすれば、6番隊に戻ることは充分可能だと思われます。
返信は不要です。この話が魅力的に思えたのであれば、ギルバニア王国に来てください。
私が迎えに行きます。
心よりお待ち申し上げております。私の愛弟子。
追伸:彼女は元気ですよ。写真を、良ければ見てあげてください』
ベルクートは手紙を置いて、写真を取り出した。
6番隊の集合写真だった。見知った顔が大勢いる。めずらしいことに、アリシアが笑顔だった。
そして気づいた。
ぎこちない笑みを浮かべている、サレンがいることに。
写真の裏面を見ると、短い文が書かれていた。
『一から出直してます。あなたに、少しでもおいつけるように。
また、会いたい。許してもらえなくても、あなたに謝りたいと思っております。
あなたのおかげで、私は生きてます。
ありがとう、ベル』
写真をテーブルに置き、ベルクートはため息をつく。次いで腕をテーブルに置き、視線を下に向けた。
マスターは黙ってその様子を見続けている。
「報われた気がするんだ」
ベルクートが言った。小さな呟きが、知らず知らずのうちに口から零れ落ちていた。
「俺は別に、ガーディアンの地位だとか、騎士団での活躍だとか、そんなのどうでもよかったんだ」
両手でひとつの拳を作る。
「ただ、あの子に、認めてもらいたかった。それだけなんだ」
「なんて書いてあったんだ?」
「また組織に戻らないかって」
「よかったじゃねぇか。戻れよ」
ベルクートは頭を振った。
「戻らない」
「あ? なんで」
「言ったろ? 報われたんだよ。だから、過去に縛られることも、もうない」
それに、と付け加え、言葉を紡ぐ。
「あんたが言ったんだぜ? ガーディアンやっている方が楽しんでいるって」
視線を床からマスターに向けた。
「その通りだよ」
ベルクートはそう言うと、コーヒーが入ったカップを持ち、マスターに突き出す。
「乾杯しようぜ、マスター」
「何に乾杯すんだよ?」
「そうだな……」
この手紙に? 新しくできた仲間に? この夜景に?
決まっていた。
全部にだ。
「最高の夜に」
ベルクートは言った。
マスターは片眉を上げ、鼻で笑った。
「お前にしちゃ、シャレてんな」
そう言うと、カップを手に取った。
「ビールじゃないのが残念だな」
「あとオッサン同士って点だ」
ふたりは笑い合って、カップを当てた。
★★★
自室に戻り、封筒をテーブルの上に置く。その際、精神安定剤である薬の束が、無造作に置かれているのが見えた。
ベルクートはそれを掴み、じっと見つめる。
もう、過去の声は聞こえなくなっていた。
ガーディアンとして働いたせいか、魔力が減って疲れているせいか、理由は定
かではない。
だが、声は聞こえない。
――また、明日、会おう。
かわりに聞こえてきたのは、新しい仲間の声だった。
ベルクートは持っていた薬を、ゴミ箱に叩きつけるように入れ、ベッドに倒れた。
頭がスッキリと冴えわたっており、心も穏やかだった。
よく眠れそうだと目を閉じると同時に、ベルクートは心地いい眠気に身を委ねた。
★★★
「ふんふ~ん♪ ふんふん~♪」
上機嫌で鼻歌を歌いながら、ラズィは東地区を歩いていた。
あまり今日は活曜できなかったが、いい物を見ることができた。やはり、ガーディアンとして活動するのは楽しい。
ラズィは、ほうと息を吐く。だんだんと冬寒季が近づいているせいか、息が白くなっていた。
真夜中であるため、気温が低いのだろう。そろそろ厚手のローブを引っ張り出す頃か。それとも、新しく買ったコートを着ようか。
袖を口元に持っていき、気分を良くしたラズィはムフフと笑う。
その時だった。
ポケットの中にあるアンバーシェルが振動した。長く振動しているため、着信だと判断する。
アンバーシェルを手に取り画面を見たラズィは、さきほどまでの楽しさが消え失せていく感覚に襲われた。
無表倩のまま、ラズィは画面に人差し指を這わせて通話に出る。
『仕事だぞ。"ホーネット"』
野太い男の声だった。ラズィはため息を押し殺した。
「……かしこまりました」
『次の標的の画像は通話を切り次第、メールテラで送る。この履歴は消去しろ。消さなくてもこちらかはわかるからな』
男は言い切ると、ラズィの返事を待たず通話を切った。
ラズィは耳元からアンバーシェルを離すと、再び振動した。写真付きのメールテラが送られてきたらしい。
ラズィは写真を見た瞬間、糸目をゆっくりと開き、柳眉を逆立てる。
「ゾディアック……」
新たな“殺し”の標的の名を、ラズィは小さく呟いた。
お読みいただきありがとうございます。
次回もよろしくお願いします。




